ナンパより怖いもの


 服の購入だけど。結論を言えば、わりとあっさり終わった。主にボクの尊厳を犠牲にして。

 なあに、文字通りの着せ替え人形になっていただけだ。ボクは心を無にして何も考えないようにしていたら、いつの間にか終わっていた。これが悟り、無我の境地……! これを自由に使うことができれば、ボクはとても強くなれる!

 なお無になっている間に、ボクはいつの間にかスカートをはいていました。淡いピンクのパーカーに黒いスカート。無我の境地はクソだね、役立たずだ。


「もうお婿に行けない……」

「大丈夫だ、弟よ! 私が養ってあげるから!」

「お願いします……」

「あ、やばい、これマジでへこんでるやつだ。女神様! ちょっと美味しいものを与えて元気にさせよう!」

「さ、賛成です!」


 そうしてボクが連れてこられたのは、デパート一階のフードコート。ボクを隅のテーブルに残し、姉とアスティはお昼ご飯を買いにいった。

 ボクの目の前のテーブルには、たくさんの服が入った紙袋がある。もちろん全てボクの服だ。覚えてないけど、今の服装を考えたらきっとろくでもないものが入っているんだと思う。

 そしてあの二人が買っただけで満足するとは思えない。きっと、いや間違い無く、毎日順番に着させられるはずだ。憂鬱だ……。

 ため息をついてテーブルに突っ伏していると、足音が二つ、ボクの方に近づいてきた。この隅の席はボクしか座ってない。アスティたちが戻ってきたのかなと顔を上げると、そこにいたのは知らない男の人たちだった。


「お、やっぱりそうだ」

「ダンジョン配信の子だな」


 軽薄そうな男たちだ。年は二十代前半かな。なんだか嫌な笑顔を浮かべてる。


「なんですか……?」

「いやあ、是非とも君の知り合いを紹介してほしくてね」

「俺たち結構強いからさ。ダンジョン探索の手伝いだってできるぜ?」


 これはあれかな。ナンパってやつかな。すごい、こういうこと本当にあるんだ。狙いはやはり、アスティか。まあボクから見てもかなりの美少女……。


「も、もちろん君が来てくれても、いいよ……?」

「ロリコンじゃん!」

「ろろろろいこんじゃねえしそんなじゃねーし!」


 やばい人だ! この人やばい人だ! あ、しかもその性癖、もう一人は知らなかったみたい。愕然と、マジかよお前、みたいな目で相方を見てる。心なしかどん引きしてる。心中お察しします。


「ち、ちくしょう! そんなに文句があるのかよ! 文句! あるのかよ!」

「はい、ありますねえ」

「ヒェッ」


 そして戻ってきた救いの女神様。男二人の肩に手を置いて、口角をおもいっきり持ち上げてる。なお目は笑ってない。とても怖い笑顔だ。


「そうですねえ……。十、数える間に消えてもらえます? でなければ、まあ、はい。神罰を下しましょう」

「し、神罰とは……?」

「殺す」

「ひぃっ……!」


 なんて分かりやすい神罰だ。なんて個人的感情に従った神罰だ。神様の姿か、これが?

 男たちはあっという間に逃げていって、気付けば姉も戻ってきていた。男二人へと侮蔑の視線を向けてる。


「あんなクソ野郎が近づいてくるなんて思わなかったなあ……。ごめんね、残していって」

「姉さん……とても怖かった……!」

「ああ、リオンさん、かわいそうに……」

「怖かった……! アスティが!」

「なんで!?」


 もしや気付いておられない? 殺すって言った時、すさまじい悪寒がしたんだけど。これが殺気というやつか、と初めて知ったよ。ぶっちゃけ男たちよりずっと怖かった。


「あー……。わかるわかる。さっきのアスティ、めちゃくちゃ怖かったよね」

「ひどくないですか、奏さん!」

「事実だし」


 なんかこの二人、いつの間にかとても仲良くなってる。名前で呼び合う仲になってるし……。何かきっかけがあったのかな。

 いや、言ってみただけ。分かる。分かってる。どうせボクの着せ替えで意気投合したとかそんなやつだ。もう何も信じられない……!


「はい。好物のダブルチーズバーガー」

「仕方ないなあ、今日のことは不問にしてあげる!」

「リオンさん、さすがにチョロすぎませんか……?」


 ダブルチーズバーガー好き。とても好き。とろとろのチーズが最高だよね。


「もぐもぐ」

「リスみたいに食べるリオンさんがとてもかわいいです!」

「シャッターチャンスだアスティ!」

「ですね!」


 なんか同行者二人がスマホとかカメラとか構えてるけど、ボクは気にしない。ダブルチーズバーガー、美味しい。幸せだ。

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