非日常は帰ってください

「あと女神様」

「はい。明日の計画ですか?」

「いえ、ちょっと偉い人が来ていますので対応してください……」

「はい……?」


 ああ、うん。ついにこの家に国の人が来たらしい。そりゃそうだろうな、と思う。昨日からの一連の元凶がここにいるんだから。

 姉とアスティがボクの部屋を出ていく。ボクは必要がなさそうだったけど、一応ついていくことにした。いや、アスティがまた変なことを言うかもしれないし。主にボクのことで。

 リビングに行くと、そこにいたのはテレビでも見たことのある人。正直政治家の顔なんて全然覚えてないからよく分からないけど、えっと……。なんとか大臣さんだ。何の情報もないなと自分で思った。


「お時間を取らせてしまい、申し訳ない。私は……」

「黙りなさい」


 それは、初めて聞くアスティの冷たい声音だった。今までボクの家族と話していた時も、なんならダンジョンの中でギルドにいた時も楽しそうだったのに、今はどこか不機嫌そうだ。


「ダンジョンの中の資源は自由に使って構いません。使い方は自分たちで調べなさい。リオンさんの配信も見ていたのでしょう?」

「つまり、それ以上の情報はいただけないと?」

「子供ではないのですから、自分たちで調べてはいかが?」


 そう言ってから、アスティは続けた。


「これ以上、この家に関わらないように。あなたたちのような非日常には関わってほしくありません」


 とても分かりやすい、明確な拒絶の言葉だった。


「それは……どうしても、ですかな?」

「…………。はあ……。あとでこちらから連絡します」


 ひとまずはそれで満足してくれたらしい。もしくは、自称女神の機嫌をこれ以上損ねたくないと思ったのか。ともかく、なんとか大臣さんはそのまま帰っていった。

 そうして、ようやく落ち着いたところで、ボクは思っていたけど言わなかったことを言った。


「非日常代表が非日常を語るのは滑稽だね」

「ひどくないですか!?」

「ひどくないです」


 むしろ自称女神となんとか大臣なら、まださっきのなんとか大臣の方が日常寄りの気がする。だってあっちはまだテレビで見るけど、アスティがやることは漫画とかでないと見ないことだから。

 母さんたちがようやくといった様子で晩ご飯の用意をしてくれるのを少し手伝いながら、アスティと話す。ちなみに手伝いは配膳程度だけど。


「非日常がなんとかって、本当にそれが理由?」

「一応はそうですね。というより、報道関係、ですか? ああいった人が近づいてこないようにするため、です」


 アスティが言うには、今のところボクの個人情報はほとんど秘されているらしい。政府の調査機関しら調べきれていない、とのこと。このあたりはアスティがちょっと何か仕組んだらしいけど、ボクにはよく分からない。

 ただそうやって隠してるのに、今のように国の人が家に来たら、他の人に情報が漏れかねない。だから来てほしくない、ということらしい。

 なるほど、とちょっと思うけど、明日買い物に行くならどっちみちばれちゃうのでは。そう思って聞いてみたら、アスティがにこりと笑って言った。


「デパートの屋上に直接転移しましょう。ご家族には変装していただいて……。これで大丈夫です!」


 大丈夫とは正直思えないけど……。そう思ったけど、言えなかった。だって。


「まあ最悪、何かあれば適当に改変しますし」


 そんな言葉が聞こえたから。

 やっぱりこいつ、邪神だよ。間違いなく。




 翌日。お昼前に出かけることになった。もちろん服を買いに、デパートへ。アスティと、そして姉も一緒だ。ボクに拒否権はなかった。最近ボクの人権がどっかいってる気がする。


「これでどう?」


 今の姉は、明るい金のウィッグをつけて、顔には黒いマスク。服はなんと姉が以前通っていた学校の制服だ。恥ずかしくないのかな、この姉は。


「制服って……。補導されるよ?」

「なあに、今時さぼってる子なんて珍しくないさ!」

「ええ……」


 珍しくなくても補導はされると思うけど……。いや、いっか。姉が補導されるなら、着せ替え人形の話もなくなるはず。警察がんばれ超がんばれ。

 ちなみにボクの服は、ダンジョンの中で来ていたローブ姿。ボクの場合は隠しても無駄だろうから、いっそ開き直ることにした。

 断じて服はそもそもないというわけじゃない。いや、ないけどさ……。


「お姉さん、いい服ですね……! なかなかかわいいです!」

「そう? 普通のセーラー服なんだけど……」

「なるほどセーラー服……。そういうのも、ありですね……」


 おいこら。待てこら。アスティ、今どうしてボクをちらっと見たのさ。いや待て言うな察しはついてる。どうせボクに着せようとかそういうことだ! 嫌だボクは断固拒否する!


「リオンさん? どうして首を振ってるんです?」

「嫌だよ……。それは、だめだ。スカートはだめ」

「嫌がるリオンさんも……いいですねえ」


 誰かこの邪神を祓ってくれないかなあ!?

 ともかく、出発だ。ちなみに弟は連れて行けない。というより普通に考えて、女の子の服を買いに行くのに男の弟はいらないだろう、という話になっていた。

 なおその理屈にボクの元の性別は考慮しないものとする。解せぬ。


「はい、準備完了ということで。それじゃあ、いきます」

「もうだめだあ……おしまいだあ……」

「元気出せ、弟よ」

「お前が元凶だよバカ姉!」

「てんいー」

「なんか気が抜ける言い方……って……」


 気が付けば。ボクたちはデパートの屋上にいた。

 平日のお昼前。さすがに人は少ないだろうと思っていたんだけど、そんなことはなかった。大学生なのか、若い人だってそれなりにいるし、子供連れのお母さんたちもいる。

 このデパートの屋上はちょっとした遊戯施設になっていて、ある程度遊ぶことができる。これは予想しておくべきだったかも。

 そしてそんな人たちの視線は、その多くがボクたちの方へと向いていた。

 まあ、当たり前だと思う。いきなり人が三人、何もない場所に出てきたんだ。視線が集まるのは当然だね。


「あの子って……」

「ダンジョン配信してる子だ!」

「本当にちっちゃい……」

「ということは、あの金髪の人が女神様?」

「もう一人は誰?」

「確か配信者リオンには姉がいたはず。それでは?」

「なるほど」


 うん。ボクも有名になったものだね。全然嬉しくないけど。


「どうするの、これ」


 ボクが二人に聞くと、二人は顔を見合わせて頷いた。


「女神様。こういう時はどうするべきか分かる?」

「分かりませんね。あなたならどうしますか?」

「それはもちろん」


 二人がそれぞれ、ボクの両手を掴んだ。そして持ち上げた。ぷろんと持ち上げられるボクの体。なにこれ怖い。ボクの意志で身動きできないこの状況、とても怖い。

 そして姉は叫んだ。


「逃げるんだよ!」

「ひゃー!」

「計画性なしかよおおぉぉぉ!」


 いや、ほんと。もう買い物なんて二度と来たくない。

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