第19話

 EAM国際空港まではおよそ四時間のフライトであった。沖縄の少し先にあるのだから、それぐらいの時間で到着するのか——などと考えてしまったら、あっという間だ。

 当然国際便である以上、機内食はついてくるのだけれど、大した量ではないことを言っておくこととしよう。国内線に毛のはえた程度だからあまり期待はしていなかったけれどね。でも、いざ見るとちょっと残念というか、がっかりというか、そんな感じだ。

 預け荷物で大きなキャリーケースを受け取ると、わたしは空を見た。

 何というか、数時間前に居た場所とはあまりにも温度がかけ離れている。じめっとした暑さではなく、カラッとした暑さとでも言えば良いか。即ち、全くもって気持ち悪さを感じないような、そんな天気だったという訳だ。


「さて……。これからどうするかな」


 待ち合わせ時間まで少しある。ともなれば観光でも優雅に楽しもうか、などと思っていたけれど、そんな簡単に物事が進むほど、楽な人生を送ってはいない。


「よう、ここで何をしているんだ?」


 わたしの前に立ちはだかったのは、明らかにガラの悪い二人組だった。

 タトゥーを右腕にして、アロハシャツを着ている。小麦色の肌は、そのガラの悪さを二段階ぐらい上げている感じに見えた。金髪というのも、それに与しているのだろうけれど、残念ながら小麦色の肌以上にそれに貢献しているかというと、また微妙なところ。


「何、って」

「ちょっと良いことしない?」


 おおかた、わたしのことを観光客とでも思ったのだろうか?

 だとしたら、あまりにも滑稽だな。

 わたしは、そんな人間の最極端に位置する存在だっていうのに。


「あー、悪いが、今そんなことをしている暇はなくってな」


 わたしは適当にあしらおうなどと勝手に思っていたのだが——。


「何が、そんなことをしている暇はない、だ? 随分と強情の張ったことを言っているじゃねえか?」


 マズイ。

 何か火をつけてしまったような、そんな感じだ。

 とは言え、言ってしまったことはもう戻ることはない。時が戻ることがないのと同じ理屈だ。

 あまりにも面倒臭いがどうやってここを乗り切るべきか——少し考えねばならないだろう。

 そんなことを、思っていた矢先だった。


「ちょっと、そこのお二人さん」


 声がした。

 凛とした、はっきりとした声だった。或いは、ハキハキとした声とでも言えば良いのかもしれない。


「あ?」

「ん?」


 二人はそれぞれ言って、振り返る。

 それと同時に、片割れの男がわたしの視界から——消えた。

 これは、適当なことを言っている訳ではない。

 文字通り——されど事実を述べているだけに過ぎない。

 消えた、というのは少しだけ解釈としては間違っているかもしれないが、正しい。視界から消えた、ということだ。つまり、これが何を意味しているかと言えば——。


「あ、アニキぃ!」


 アニキと呼ばれた男は、地面に突っ伏していたのだ。

 それも、華奢な女の子に投げられて。


「あらあら、二人がかりで言い寄るから予想はしていたけれど…‥、こうも弱いだなんてね。少しばっかり、体力をつけた方が良いと思うけれど?」

「き、貴様あ……! よくも、アニキを!」


 もう一人が殴りかかろうとするが、それを寸前で躱す。

 まるで氷の上を滑っているかの如く、滑らかに、されど隙がなく。


「……如何したのかしら? もう、限界?」


 男は気付けは肩で息をしている程度には疲弊していた。

 一方の少女は、全く息が上がっていない。


「それじゃ、お終いね」


 少女はそう言って、二人の腕に手錠をかけた。

 それを終えると——少女はわたしを見た。

 今までの氷のような冷たい笑顔から一転し、まるで太陽のように明るい笑顔を見せていた。

 今までにあれやこれやと格闘を繰り広げていたそれとは、まるで見た目が違う。


「……お姉様! 怪我はありませんか?」


 そう。

 彼女こそ、わたしの妹でありEAM広域警察に勤めている警察官、マリだった。



 ◇◇◇



 マリは、わたしとは違って出来る子だ。大学では首席をキープし、飛び級で何人もの先輩を差し置いてさっさと卒業していった。そして面白そうだからという理由だけでEAMに渡航し、気付けば警察官を勤めている。


「……元気そうで何よりだよ、全く。でも、少しは女性らしく過ごしてみては如何かな」

「あら? この格好を見てもそう言えるの?」


 確かにマリの格好は女性というよりは少女そのものだ。飛び級で卒業したからか、まだあどけない表情さえ残っている。白いワンピースに白いハイヒール、それに麦わら帽子を被っている。青い髪はポニーテールにしていて、ちょうど麦わら帽子に隠しているような、そんな感じだった。


「まあ、確かに女性というか……」

「良いじゃない。どんな格好をしていたって。ここは自由の街。どんなことだって出来るし、どんなことだってやっても良い。けれども最低限のルールは守らなくちゃいけない。そのためにわたし達のような広域警察が居るって訳だけれど」

「……そうだったな。それにしても、待ち合わせ時間よりは早いんじゃないか?」


 待ち合わせ時間までは、あと三十分ぐらいはある。

 色々な問答さえなければ、一時間以上前には来ていた計算だ。


「……そうかな? まあ、正直ちょっとばかり楽しみにしていたからかもしれませんね。お姉様とお会い出来るのを」

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