第15話
「……世界の全て、ですか」
イブはドクターが言った言葉を反芻する。
尤も、その言葉の意味を理解できないと言わんばかりの態度を見せていたが。
「凄いね、噂には聞いていたけれど。ここまで『人間らしい』ロボットを生み出せたとは。あまりに恐ろしい。大量生産され、現在のロボットから置き換えられてしまったら、この世界はどうなるのやら。もしかしたら、ロボットがクーデターを起こして、世界諸共終わらせてしまうのではないか?」
「……ドクター、流石にそれは夢を見すぎだ」
ドクターはいつもそうだ。こうやって妄想をしてしまうと突っ走る癖がある――まあ、七割方合っていることが多く、どちらかといえば予知に近いのだろうが、流石にそんな突拍子もない未来は受け入れがたい。
ドクターはわたしからのツッコミを聞いて、少し狼狽える様子――或いは数歩周りを歩きながら考える様子を見せながら、
「ううむ、まあ、確かに否定されてしまう懸念はあったけれどね? 全然、可能性としては有り得る未来だとは思うよ。三十年前の人間が、人工知能に管理される現在を予言できたか? と言われると、多分殆どの人がノーと言うだろうし」
「……そりゃあ、そうかもしれないけれど」
ドクターは話が終わったと思ったのか、踵を返した。
「さて……、何もここで立ち話をすることもない。それに、こんな立ち話で解決するようなことをしに来たのでもないのだろう? であるならば、だ。一旦はここから離れて、ちゃんとしたスペースで話をしようじゃないか。どうだい?」
「まあ、それについては概ね同意するかね……。これからの話をしておきたい。ドクターには色々と協力してほしいこともある」
やってくれるかどうかはまた別だろうが。
とはいえ、警察を頼れない以上、わたしが持っているパイプで頼ることが出来るのは――最早ドクターしか居ない。
「嬉しいねえ、そう言ってくれると。……それじゃあ、向かおうか」
そう言って。
わたし達はドクターを先導として、ビルの奥へと入っていくのだった。
◇◇◇
まるでここに来たことがないような言い回しをしているけれど、そんなことはない。何度もここには足を踏み入れて、その度にそれなりに有益な情報を入手してきている。
ホールの先を抜けると、長い廊下が現れる。廊下には幾つか扉が置かれているが、そこには未だ入ったことはない。
ホールから四つ目の左側の扉、ただ一つを除いては。
「……またいつもの部屋か?」
「いつも、って。そうは言うけれど、別に嫌な空間でもないだろう? いつも使っている空間が同じってだけ。ただそれを理解してくれるかしないかの違いだ」
「まあ、良いよ。ドクターのやりやすい方でやってくれれば。しかしながら、変わり映えがしないのもあまり面白くはないけれどね」
「そう言わなくても……」
扉を、開ける。
そこは小さな会議室だった。折りたたみ式のテーブルが二つ並べられて、大きな一つのテーブルと同義になっている。そこにソファを、テーブルを挟み込むように二つ設置している形だ。テーブルの上にはパソコンが置かれていて、書類も何部か置いてある。
「ここは……?」
「簡単に言えば、ぼくの研究室だね。世界の、ありとあらゆる事象について研究して論文を書き溜めている。溜め込んでいるのは簡単だ——発表する場がないからだ。当然と言えば当然でもある。何せ書いている論文の大半は、政府が隠したくて隠したくて仕方がない、言ってしまえば公表されたら都合の悪い内容ばかりなのだから」
「……そんな内容の論文があるのですか? 正直、あまり理解し難いものがありますが……」
「まあ、言いたい気持ちは分かる。と、同時にその頭脳が検閲されているのかという不安も若干あるがね」
「安心したまえ、ここは少なくとも無線によるインターネット通信が阻害できるようになっている。そして、それを騙すための仕組みも存在している。だから、きみが仮に常にインターネットを経由して何処かのサーバーにデータを送信していたとしても、ここではそれは敵わない。しかしながら、もしその機能が備わっているのなら、今はデータを送信できていないはずだから何かしらのエラーをサーバー側で発信している可能性はあるがね」
今、何と言った?
「だから、常にデータを送信している可能性がある、と……。まあ、少なくともそれはないだろうね。だって仮にそうしているなら位置情報も送信しているはずだろう? 位置情報が分かっているならば、イブが行方不明になったなどと言うはずもない。もしかしたらそれすらもブラフの可能性だって、否定はしないがね……」
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