第14話

 駐車場に車を止める。とはいえ屋内の駐車場だ。ここでならば人目に付くことはほぼないと言って良いだろう。

 ここに止めたのは、当然理由がある。


「……着いたよ」

「やっとこの狭い後部座席の床面から解放されるのですね。……にしてもここはいったい?」

「閉じ込め続けたことについては、悪いと思っているよ……。けれども、仕方ないことなんだ、少しぐらいは許してほしいものだけれどね」


 わたしの言葉に、イブは頷く。

 まあ、難しい話だろうけれど、さ。


「……ここは?」


 車を降りたイブはキョロキョロと辺りを見渡す。

 まあ、驚くのも自然かもしれないね。何故なら降りた場所には、監視カメラが一切ない、コンクリートで出来た無機質な空間だったのだから。沢山の駐車スペースは確保されているのに、駐車している車両はわたしの車ただ一台のみ。はっきり言って異質と言うのは、当然のことだろう。


「……何なのですか、これは?」

「カモフラージュ」

「カモフラージュ?」

「ヒューマニティの実現によって、人々は完全に支配されるようになったのか——と言われれば、大筋はその通りだろう。しかしながら、百パーセントそうであるかと言われると、また違う」

「つまり、隠れ家ということでしょうか?」


 結論を出すまでの時間が、あまりにも早い。

 まあ、それが人間とロボットの違いかもしれないけれどね。人間にもこれぐらい頭の回転が速い人間は居るだろうし、それに人間というのは、あの小さい脳みそに一ペタバイトとも言われる程の大規模なストレージを有している。仮にロボットなりコンピュータなりに一ペタバイトのストレージを導入するとしたら、どれぐらいのスペースが必要になるのだろうな? あまり、想像は出来ない。


「まあ、そういうことになるね。ここではヒューマニティの保護下から外れる。仮にデバイスが電波を送信出来なかったとしても、ログには残らないし、デバイスをインターネット上から捜索することも叶わない。それについては、何か色々と技術があるらしいけれど、詳しくは分からないね」


 すたすたと歩き、エレベータの前に立つ。


「何の目的で、ここにやって来たのですか?」

「目的は幾つかあるのだけれどねえ」


 でも、それを今ここで言うのもちょっと面白みに欠ける。

 もう少し楽しみは後に取っておかないと、って何処かの誰かも言っていたような気がするし。多分ね。

 エレベータのボタンを押すと、直ぐに扉が開かれた。

 ボタンは幾つもあるけれど、押すボタンはたった一つと決まっている。何故ならいつもここにやってくるのであって、大抵何処に何があるのかぐらい、とっくのとうに分かってしまった。

 エレベータの扉は閉められ、わたしたち二人を乗せて動き出す。

 窓のないエレベータというのも、随分古めかしい気がする。昔はこういうエレベータが多かったらしいけれど、ヒューマニティの台頭で、オープンにすることが素晴らしいみたいな文化になってしまった。だから、多くのエレベータは窓のある開放的なレイアウトにリノベーションされてしまった。今残っている窓のないエレベータは、大半は未更新のエレベータであり、その寿命を今か今かと待っているだけに過ぎない。


「……何処へ向かうのですか?」

「まあ、期待して待っていれば分かるさ。別にこの先にあるのが警察とかそういうことでもないのだけは言っておくけれど。……そう言うと、何だかサプライズの意味がないような?」


 まあ、良い。

 ともあれ、今の目的地だけ言わなければ良いだろう。最大のサプライズ——そもそもサプライズなのかどうかは不明な点が多いけれど、とにかく何も言わずに前に突き進むってのも悪くはないと思う。

 そうこう考えているうちに、エレベータは目的のフロアにたどり着いた。

 ドアが開くと、わたしたちを出迎えてくれたのは、よく見知った顔だった。白く、ボサボサとした髪をしていて、白衣を着ている男だ。右目には大きな傷があり、それがもはや開くことはない。


「……まさか出迎えてくれるとはね」

「そりゃあ、きみが言った言葉が真実ならば疑うこともなく出迎えるだろう。……もしかして、彼女が?」

「彼女?」


 言ったのはイブだった。

 まあ、イブからしてみればその反応は予想外だっただろうな。まさか人間から、彼女呼ばわりされるとは夢にも思わなかっただろう。ロボットが夢を見るのかは知らないけれど。


「……まあ、気になるのも分かるけれど、大丈夫。こいつは敵ではないよ。味方かと言われると——百パーセントそうとは言い切れないけれど」

「酷いなあ。色々と助けてやったことを忘れたのか? それこそ法律に違反しているようなことだって、たくさんしてやったじゃないか。それを一律に忘れてしまうのも、流石に悲しいものがあると思うのだけれどね?」

「とまあ、こんな感じだから。別にざっくばらんに過ごしても問題はない。一応紹介しておくけれど、彼女が——」

「——世界で初めて生まれた、自分で自分のことを考えることができる、自己思考型ロボット。名前はイブ、だろう?」


 やれやれ。

 焦る気持ちは分かるけれど、彼女に自己紹介するタイミングを与えてくれても良いのではないかな?

 とまあ、彼に言ったところでそれは無駄か。


「それじゃあ、こっちの説明を。……彼の名前はドクター。本当は別の名前があるのだろうけれど、わたしやここにやって来る人間はみんなそう呼んでいる。何故そう呼んでいるのかと言うと——」

「——一応、世界の全てを知っているからだ、と言うのも少々こそばゆいような気がするけれどね。まあ、八割は事実かな。放っておいても集まって来るのだから、こればっかりは致し方ないような気がするけれども」

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る