第12話

「……、」


 わたしの言葉を聞いて、イブは何も答えられなかった。

 当たり前と言えば当たり前なのだろうけれども、そりゃあいきなりこんなことを言われてしまえば、普通の人間であっても納得はしてくれないだろうし、仕方ないことだとは思う。今頃きちんと話を噛み砕いて理解しようと試みているのかもしれないし、別にそれぐらいロボットだって人間だって大差ないような気がする。


「まあ、何も言わなくたって良い。何か結論を見出してほしいだとか、意見を述べてほしいだとか、そんな小難しいことを言いたい訳でもないのだし」

「いや、そういうことでは……。ただ、裏の社会というのは——」

「ダークウェブという概念を知っているかな?」


 ダークウェブ——一言で言えば、インターネットの奥深くに存在する闇、或いは澱に均しい概念のことだ。法を犯してはならないという概念を知らない——簡単に覆してしまう程だ。そんなことはしてはいけない、という自制心があるならば、そもそもそんなサイトにアクセスしようなどとは、誰も考えないのだけれど。


「一応、警察が入れないようになっている。簡単に言えば、いたちごっこだ。見つかったサイトを直ぐに潰し、新しいサイトを作る。そこへの導入も、既に上客には済ませた上で、だ……。全く、困ったものだよ」

「それで、そのダークウェブとやらが……」

「一応、個人でアクセスするのは非常にリスキーでね。そういう専門の端末からアクセスしたのだけれど……、見つけたんだよ、そこで」

「——クロサキさんの姿を?」

「……確か、反ヒューマニティを掲げるサイトの記事だった。この時代では、反ヒューマニティを掲げるだけでも警察による捜査対象に挙げられている。だから、こうやって隠れた場所で活動しているようなのだけれど」


 わたしはそれを見つけた時——意味が分からなかった。

 でも、勝手に死んでしまったと思い込んだだけで、本当にクロサキが死んでしまったかどうかなんて、分かりやしなかったはずなのにね。

 勝手に思い込んで、勝手に困惑していた——ただそれだけのことだった。


「……手がかりはあるのですか?」

「あるとしたら、どう思う?」


 意地悪だよな、この解答って。

 だって質問に質問を重ねているのだから——人間が聞いたら嫌悪感を抱いても、何らおかしくはないし、そうあるべきだとも思う。それでも優しく問いかける人間など出てくれば、そいつは神様の生まれ変わりやもしれないね。


「あるとすれば……この沢山のスクラップ記事、ですか。壁一面にあれやこれや貼られているのを見ると、色々と分析されているのでしょうけれど……」

「ああ、そうだよ」


 つまらないな、しかし。

 もう少し考える時間ぐらいあるべきだと思うし、余韻の一つや二つぐらいあっても良いのではないだろうか? 或いはそんな機能は、ロボットには搭載されてはいないのか。


「探しているんだよ……、わたしは。何処に居るかも分かりゃしない、幼少期の黄金の思い出と言っても良いだろうし、その幻影を未だに追いかけていることに失笑を覚えるやもしれないけれど……、見つかる日が来るとは思えないけれど……、それでも探しているんだよ」

「……憧れ、という奴でしょうか?」


 イブが言った言葉に、わたしは目を丸くする。

 憧れ?

 まさか、人の心を持たないロボットがそんな概念を口にするとは、思いもしなかった。

 或いは、そうインプットされているのだろうか——幾ら自己思考型ロボットが、完全に自らの頭脳で百パーセント完結するようなことをしていたとしたって……。


「難しい言葉だよ、全く。人間というのは、良くもこうここまで言葉を生み出したものだと思うけれどね……」

「人間は、素晴らしいと思っていますよ」


 いきなり如何した?


「だって、人間はここまでこの世界を発展させたじゃないですか。人間が居なければヒューマニティや、わたし達が生み出されることはなかった。そう考えるならば……、やはり人間が生み出されて、ここまで技術が発展したということは、奇跡に均しいのではないですか?」

「奇跡——か」


 存外、当たり前のように誰も考えやしなかった概念だったのかもしれない。

 人間がこのようにして生き長らえて、世界を支配するに至ったということは、当たり前ではなく数々の偶然の積み重ねであるということ――。


「クロサキさんを今後も追いかけるのですか?」

「追いかけるさ、当たり前だ。……何故、あの時わたしに挨拶もせずに別れを告げたのか、それだけが気になって仕方がないから」

「それ以外は?」

「何?」

「それ以外は……特に良いのですか? 確認をしなくとも、聞かなくとも、やらなくとも?」

「何というか……」


 本当に、人間らしい。

 本当に、このロボットはロボットなのだろうか? 自らで考え、行動しているのだろうか? 本当に、その結果がこれであるというのなら、厭に人間らしくはないだろうか。

 それこそ、裏で人間が操縦している――そう思われてもおかしくはないぐらいに。


「……唯一の手掛かりは、『ネオワールド』だ」


 わたしは言った。

 長い時間かけて見つけた、唯一の――クロサキに近付ける手掛かり。


「最後に彼女と親しく交流を続けていた組織でもある。もしかしたら、今はクロサキはそこに所属しているのかもしれない――それすら思えてくるぐらいには、ね」

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