第11話
わたしは今まで誰にも語ったことはない——されどいつかは気付かれてしまうような、そんなことについて語り始めた。
難しい話ではない。
ただ単に、追いかけているだけに過ぎない。
或いは、忘れられない——ってだけなのかもしれないけれど。
◇◇◇
小さい頃、わたしは孤独だった。
今も一匹狼なところがあるけれど、所謂小学生の頃もそんな感じでね。まあ、友人を作ろうともしやしなかったのだから、当然と言えば当然ではある。
そんなわたしであっても、一人ぐらい友人と呼べる存在が居た。
それがクロサキだ。クロサキは、変わり者だった。いつも機械を触っているかと思いきや、自らのしたいこと・やりたいことを色んな人間に伝えようとする——残念ながらその考えは小学生からしてみれば高尚過ぎて、彼女もまた孤立していた。
孤立していた者同士、今思えば傷を嘗め合っていたのかもしれない。
嘗めたところでその傷が癒えることは、ないのだろうけれどね。
彼女はいつも一歩先を考えていたような気がする。現実を憂い、その現実を如何していくべきかを常に考えていた。考えはあったとしても、当時は小学生だ。行動力があったとは言い難い。行動には、何しろ財力が付随する必要性も出てくるからね。さりとて、それが永遠に続いていた。未来に向けた途方もない、しかし現実に起こり得そうな予想を散々語り尽くして、それをどう実現していけば良いかという具体的なプランまで話をしていた。
今思うと、本気でそのプランを実現しようと——今は動いているのかもしれないな。
◇◇◇
「……クロサキさんとは、未だ交流が?」
「いや——行方不明だよ。戸籍上は、死亡しているがね」
わたしの解答に、イブは何も言わなかった。
解答を聞いて思考を停止してしまったか、、或いは長考に入ってしまったかもしれない。
そう思うのは当然のことだ。わたしだって、聞いたときはそう思ったさ。
「行方不明というのは、一定の期間を過ぎれば死亡扱いになるだろう? 五年だか十年だか——何年かかるかは明確に覚えていないけれど、つまりはそういうこと」
「……状況を詳しく聞いても?」
イブが何故そこまで気になるのかは定かではなかったが、別に言わなくても良いことではないし、説明することとした。特に疑問を抱くことでもないからね。
「……いつも遊ぶ秘密基地があったんだよ。公園の、奥にひっそりと佇む廃屋だったと記憶している。そこもまた持ち主が行方知れずになっていたのだろうが、長らく壊されずにいた。だから子供たちにとっては、うってつけの場所だったという訳さ。肝試しで訪れる人も居たには居たらしいが、しかし大抵は夜にやってくる。子供が遊ぶ時間とは、基本的には交わらない」
秘密基地は、今となっちゃ作るのは難しいだろうな。
どんな些細なことであっても、スマートウォッチに搭載されたヒューマニティが連絡してくれる。例えば彼氏彼女の部屋で良い気分になったとしたとて、無機質に通知を出すんだろう。脈拍が高まっていますだとか、そんなヘルスケアアプリの通知を。
ムードも何もあったもんじゃないね、全く。
「秘密基地に行けば、必ず彼女は居た。どんな日であろうともね。それが雪の降る日だろうが雨の降る日だろうが……だ。まあ、台風が来ている時は流石に行ったことはないだろうけれど、多分その日も来ていたんじゃないかなと思うぐらい、彼女はいつもそこに居た」
家が何処にあるかだなんて、知らなかった。
秘密基地で会うだけの関係だった。
二人だけの秘密の場所で遊ぶだけ――ただ、それだけだった。
「ところが、ある日——わたしが行った日に、居なかった。最初は偶然居なかっただけかな、なんて思っていたのだけれど、その後ずっと行ったって居なかった」
「それだけでは、行方不明とは言い難いのでは?」
言うねえ。
「まあ、確かにその通りかもしれないね……。けれども、それしか手段がなかったんだよ。だって、わたしとクロサキの接点は、そこしかなかったんだから」
「では、彼女に会いたいと?」
「——見つけたのは、偶然なのだけれどね」
◇◇◇
警察に入った理由は、食いっぱぐれがないと思ったからだ。
ヒューマニティの導入が決まりかけていたのも、確かこの頃だったか。あの頃は未来の見通しが不明瞭で、より選択の重要性が重視される時代だったと思う。結果的には、有難いのだけれどね。やはり権力側に居ることで、ヒューマニティを除外出来るメリットがあるというのは、随分と素晴らしいことだったね。流石に予想していなかったけれど。
でも、多分頭の片隅には、クロサキの幻影があったのかもしれない。
公的に行方不明者を追跡出来る立場に居れば——クロサキの行方を捜せるかもしれない、と。
「……見つかったのですか?」
「結論から言うと。でも、姿を見ることが出来た訳でもないし、何処に何をしているのかさえも分かっていない。分かっている断片的な情報を纏めれば——」
——彼女が、ヒューマニティに関する何かを画策して、裏の社会で動いているということだ。
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