第10話
「——ネオワールド」
わたしが言うよりも先に答えたのは、イブだった。
「何だ、知っているのか」
「知っている——というのは正確に言えば嘘になるのでしょうが、わたくしの持つデータベースにはそれも登録されていました。従って、『知っているのか』という疑問については、是と答えるべきでしょう。……しかしながら、ネオワールドが如何してわたくしを狙っていたのでしょうか?」
「アルフレッド・ロイゼルは、人間を管理する人工知能を作り上げた。しかしながら、計画は途上だろうと推測する——完全な人工知能による管理が成立していないからだ。何故だと思う?」
「……実際には、人間が管理・処罰を行っているから——ですか?」
ご明察だ。
人工知能『ヒューマニティ』からの命令は、その人工知能で完結するものではない。例えばこないだのように自殺志願者が出現したとして、それを現実世界で食い止めるのは人工知能でもロボットでも何でもない——人間だ。警察官である我々がヒューマニティからの命令を受けて、行動する。そういう意味では、人工知能が人間を管理する社会というのは、既に成立しているのかもしれないのだけれど、しかしながら人間が介入出来るというポイントだけを抜き出せば、それは百パーセントの統治であるとは言い難い。
「つまり、それさえも人工知能に置き換えれば良い。けれど、それを具体的に置き換えることは、不可能と言って良い。人工知能はあくまでも仮想的なデータに過ぎない。全て紐解けば、0と1の羅列に過ぎず、人間のそれとは違って現実的に肉体を保持している訳ではない」
「……つまり、わたくしが開発されたのは」
「大方、ヒューマニティの移植だろう。ヒューマニティの意思を継いだ、或いは受け取った人工知能が、彼だか彼女だか分からんが、そいつの意思に従って行動をする。そうなれば、未来は最早暗いね。少なくとも、我々人類にとっては」
「…………成る程」
「ネオワールドは確か我々警察もマークしていたはずだ。それに、もっと上の組織も、ね。確かに、まあ……言い分は分からなくもない。ヒューマニティ含め人工知能に統治される以前、もっと人間は自由に暮らすことが出来たはずなのだから。自室で煙草一本吸えやしない時代だ。アルコールは多少許されてはいるものの、それでも厳格に一日の上限摂取量が決められている。確かに、それで人間は健康になるのやもしれない。管理することを辞め、管理されることの快感——或いは優越感を得られるのだから」
だけれど。
「だけれど、それは間違っているのではないか? そう思う人間が出てきても仕方はないだろうね。かつて人類は、世界を冒険し、未踏の地に到達することもあった。けれど、今は如何だろうか? 惑星の全てとは行かなくとも殆どを知り尽くし、探究心は宇宙にも広がった。さりとて、宇宙への進出が難しく時間が掛かることを悟った人類は次のアプローチに目を付けた。……それが人工知能だ」
「ネオワールドはそれを破壊しよう、と?」
「彼らの目的は確か『人類が考え、自ら行動し、自ら結果を出す社会へと回帰する』だったはずだ。スローガンも『Be think.』だったか?」
考えろ、とね。
まるでブルース・リーの映画のようじゃないか。
「……ネオワールドは何がしたいのでしょうか?」
「さあ? 我々にもさっぱり分からない……それだけは分かるよ。しかしながら、彼らが言うのは、解放という一つのキーワードが重要になっている。わたしはそう思うよ」
「解放……」
「ヒューマニティの統治からの解放。それが彼らの一番の目的だ。ということは狙われるのはヒューマニティ本体でもあるが、それを開発したイデア社も標的になる——ということだ」
「……そうなるのでしょうね」
イブの言葉は、少しだけ遅れてやってきた。
彼女も何かしら考えながら発言している——ということだろうか。
「ネオワールドは、何かを知っているのでしょうか?」
「さあね」
わたしは言い放つ。
だって、知らないことは知らないのだし。
「……会えないでしょうか」
イブからの唐突の提案に、わたしは耳を疑った。
「何だって?」
「彼らに会うことは叶いませんでしょうか? 彼らに会って……直接話を聞きたいのです」
「自分自身を破壊または誘拐しようとした存在に、会いたいのか?」
あまり人間では出てこないようなアイディアだ。
まあ、正義感が強かったり何かしらの次の手を考えている人間ならば、そういう提案をしてくるかもしれないが――とはいえ、イブの提案には驚いた。
「会うことで何が分かる?」
「何故ヒューマニティを破壊したいと思っているのか。彼らの意思を聞きたいのですよ……」
「意思、ねえ……」
何かしらの崇高な使命はあるんだろうけれど、それを他者が聞いたところで理解できるかは非常に怪しいがね。
「意味は理解した。しかしながら……、ネオワールドに会うのはそう簡単ではない。反政府組織だ、そう表舞台に姿を見せることはないからな。ただ……」
「……ただ?」
イブは首を傾げる。
ほんとうに、彼女は態度も含め――まるで人間のようだ。
「ついてこい」
誰にも話してはこなかった。
しかし、ロボットならば良いだろう――自らの地位のために誰かに告げ口をしたり、それを交渉材料とすることは、恐らくないのだろうから。
わたしがイブを案内したのは、廊下の突きあたりにある小さな部屋だ。扉の前で、わたしとイブは立っている。
「……ここは?」
「仕事部屋みたいなものだよ。或いは、資料室とでも言えば良いのかな?」
「?」
ここは、誰にも公開したことはない――ある意味で言えば、わたしの一面だ。
それをまさかロボットに――自己思考型ロボットに公開する日が来るだなんて思いもしなかったし、当然予想もしなかった。
まあ、ともかく。
先ずは見てもらうこととしようか――わたしはそう思って、扉を開けた。
◇◇◇
部屋の中には、壁一面に写真なり文書なりが画鋲で無数に貼られていた。
薄暗い部屋ではある。窓のない部屋だからだ。この部屋が気に入って借りているのもあるが、電気を点けなければこのぐらいの暗さなのである。
「……ここは?」
「わたしの趣味、或いは野望……かな。一言では表現しきれない、ありとあらゆる何かが詰まっている部屋だよ」
電気を点け、机の前にあるリクライニングチェアに腰掛ける。
煙草代わりのスティックタイプのお菓子をつまみながら、わたしは話を始めた。
「……クロサキ、という少女が居てね。まあ、今は、わたしと同い年だから女性と表現した方が良いのだろうけれど」
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