第9話

 曖昧な表現ではあるが——それもまた人間らしいと言えばそれまでか。

 わたしはそんなことを考えながら、しかしイブの話をなるべく理解しようと心がけた。

 あまりにも突拍子で、あまりにも唐突な発言だ——そもそも、自分の目の前に世界に一体しか居ないはずの自己思考型ロボットが存在しているという事実——それだけでも理解し難いものがある。

 さりとて、自己思考型ロボットがどんな存在であろうとも、わたしの目の前に居る——それは紛れもない事実だ。


「……曖昧な表現をしてしまい誠に恐縮ではありますが、しかしながらわたくしが語ることの出来ることは、これ以上に存在しません」

「これが全てである、と?」

「ええ。他に何か気になることでも?」


 何というか。

 掴み所がない発言ばかりを繰り返しているような、そんな気分に陥ってしまう。

 目の前に居るそれは、確かに時折機械的な感覚というか雰囲気を醸し出している時はある。しかしながら、言葉のイントネーションや発声、発言内容に至るまで全てが人間のそれに近しいと言っても差し支えはない。


「……破壊されるまでの経緯は? 全く覚えていない等と言い張るつもりはあるまい?」

「ですから」

「全く覚えていない。そう言い張っているが、しかし人間の記憶とは違ってロボットのそれは、完全に記憶が保持されているのではないか? ハードウェアが如何に弱いものであったとしても、パソコンやスマートフォンのそれとは大差ない訳がないのだから」


 確か衝撃に弱かったり熱に弱かったり振動に弱かったりと、その機構の関係上、何かと大変だと聞いたことがある。

 人間の脳だって、どんな風に記憶を格納しているか、明確なメカニズムがはっきりしていないみたいな話を何処かで聞いたような気がするし、そんなものなのだろう。

 存外、ロボットよりも人間の方が隠しブラックボックスが多いと思う。


「そうですね。そうですよね……。確かにそう言われるだろうということは、重々理解していたはずなのですけれども、しかしながらそんな簡単に記憶を紐解くことなど出来ず……」

「本人でさえも、その記憶を読み取ることが出来ない、と?」

「いや、そんなことはありません。わたくしは自己思考型ロボットとして、わたくしの頭蓋にあるメモリーに全てアクセスすることが出来ます。しかしながら、簡単に言えば、靄がかかったような……そんな感じで、アクセス出来たとしてもそれを言葉として表現することが敵わないのです」

「益々、人間らしいことを言うね……。まあ、良い。人間であろうがロボットであろうが、いずれにせよ関係のないことだから」

「随分と冷めた考えの持ち主なのですね」

「そうかい? 今の時代の人間というのは、これぐらいドライな考え方を持っているのが大半だと思うけれどね。ヒューマニティによる完全な監視社会だ。致し方ないというか、社会がこれを構築したのだと考えると、案外当然の結末と言っても良いと思うがね」



◇◇◇



 イブとわたしの会話はある程度の目処がついた。そう言わないと気が済まないって訳でもない。ただ何時までも終わることのない会話を延々と続けて、まるで味が薄くなる一方のフーセンガムみたいな会話をし続けたって、それはあまりにも無駄だ——ということを言いたいだけだ。


「……ちょっとお腹空いちゃったな。ご飯を食べても?」

「構いませんが。わたくしはロボットですから、食事は必要ありませんし」

「……って言うけれど、何も補給しない訳でもないでしょう。オイルになるんだっけ? 確か、ロボット専用のオイルがスーパーマーケットに置いてあったような気がしたけれど」

「あれは安物ですよ。とはいえ、わたくしは色々と工夫を凝らして作られているようですから、そこまで気にする必要はないですが」

「……つまり健啖家ってことで良い?」

「どんなオイルでも補給可能ってことを、健啖家という一言で片付けて良いのかどうかは甚だ疑問ではありますが、まあ否定はいたしません」

「間違っていないじゃない。実際問題、どんなオイルでも良いのなら、お財布には優しいよね。そもそも、そんなロボットを購入したり手に入れたりする人が、お財布事情を気にする程かと言われると疑問符が付くけれど」

「当然、オイルによっては稼働時間が変わりますからね? それをご留意頂いて……。でもまあ、車のエンジンのそれとは違って、そこまで燃費に変わりがないとは思いますよ。一応、わたくしのデータベースに入っているデータも、そう書いていますから」

「……それならそうで良いけれど。わたし、そこまで機械に詳しい訳じゃないから。じゃあ、オイルでも買ってくる?」

「別に今でなくても……」

「あっ、そう。それじゃあ、今度買ってくるよ。それで……その破壊されるかもしれなかった話だけれど」


 本題に立ち返ろう。

 そもそも、自己思考型ロボットという世界唯一の存在など、破壊しようとしたのは存在するのが都合が悪かったから、としか言いようがない。


「開発したのは、ヒューマニティと同じイデア社……。ということは、こちらの襲撃はデコイで、もしかしたらヒューマニティを狙っていた可能性が……?」


 ヒューマニティは、人類の生活に関わる全てを管理・統括する人工知能だ。

 即ち、今の人類は人工知能の管理下で生活していることと同義であり、それについて不平不満を言う人間が多いのも、我々警察は把握している。

 まあ、不平不満を言うだけならば罪には問われない。治安維持法だとかスパイ防止法だとか、そういったことまでは言及されないからね。

 けれども、それを行動に移してしまったなら、また話は異なっていく。

 例えば故意にヒューマニティ搭載のデバイスを取り外したり、ヒューマニティ関連施設の破壊——ヒューマニティは大本のサーバーからそれぞれ中継地点を介して全世界のデバイスを統括している。その中継地点は十カ所程世界に点在しており、場所もある程度周知こそされているが、その警備は当然ながら厳重である——等を働けば、直ぐに重罪になるだろう。

 そして、公にヒューマニティの破壊を宣言している組織等、わたしの知っている限りではたった一つしか存在しなかった。

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