Chapter.02: NEO WORLD

第8話

 わたしは車を走らせていた。

 目的地は当然我が家だ。そろそろ流石に疲れを癒やさねばなるまい——そう思っていたからね。

 ただし、先程までとは少し違う点がある。


「しかし、警察の車というのはもう少し法規を準ずるものとばかり思っていましたが」


 助手席に座っているのは、自己思考型ロボット、イブだ。

 勝手に座ってきた挙げ句にそんなことを言われてしまっては、溜まった物ではない。


「別にこちらは直ぐにそちらの言うことを聞いている訳じゃない。こっちだって疲れが溜まっているんだ。だから、少しは休める場所に行って——」

「——そこでわたくしの話を聞いて下さる、と? それはそれで有難いことではありますが」


 イブと話をしていると、ほんとうにこいつはロボットなのか? と勘繰ってしまう。

 実は、ロボットに似せた装甲を被ったただの人間なのではないだろうか、と。そうして騙すことでわたしを試しているんじゃないか、って。

 まあ、何を試しているのか——って話ではあるけれどね。


「何を気にしているのか分かりませんけれど……、ただ、一言言えることはわたくしはロボットですよ。紛れもなく。ただ、一つ違うのは人間の命令以外ではなく自らで考えて行動することが出来る、世界最高の人工知能を搭載しているだけです」

「自分で考えることの出来るロボットが、人間からの脱走を図った——って? 面白い話だな、全く。出来ることなら、関わりたくなかったよ」

「詭弁ですよね?」


 イブは言う。


「詭弁、かもしれないね。確かに。けれど、それぐらいは考えたくなる。ツマラナイ日常を少し味付けするためにもね」

「ツマラナイ日常……」


 雨が降ってきたのか、窓は濡れていた。

 クリアになっていた窓の向こうの世界は、次第に雨粒に侵食され、曇り硝子のそれとなっていく。


「それは、ヒューマニティが存在するから、ですか?」

「……否定はしないね」


 わたしは、ポケットからシガレットを取り出す。煙草の形をしたお菓子だ。昔から販売されており、子供達はそれを模して煙草を吸っている振りをしていることがあったのだけれど、今や喫煙者が口寂しさを忘れさせるために使っているのが多いらしい。販売実績も今や大人の方が多いのだとか。

 まあ、ヒューマニティによる監視社会だ。見つからずに違法行為をすることは、最早不可能と言える。


「それは?」

「ヒューマニティは人間の健康を害するものを許可してはくれないからね。けれども、寂しいものだからこういったものを食べるって訳だ」

「人間も大変ですね」

「そうかね? 寧ろ嗜好が何一つ存在しないロボットの方が、わたしは息苦しいと思うけれどね。そんなことを考えようともしないのかもしれないが」

「考えるか考えないかで言えば、考えますよ。人間のそれにも興味はあります」

「興味ね……」


 つくづく、人間みたいなロボットだ。

 全く、これを考えた人間はどういう奴なのだろうね。あまりにも人間そっくりで、これはこれで気味が悪い。

 住んでいるマンションの駐車場に車を入れる。

 比較的道が空いていたから、案外早く到着した。ここまで来れば、雨に濡れずに済む。


「着いたよ」


 契約しているスペースに車を止めると、イブは周囲を見渡した。


「ここは?」

「わたしの家だよ。元々家に帰るつもりだったんだ。落ち着いた場所であれば、色々と話が出来るからね」

「成る程。そうでしたか」


 車の外に出て待機するイブ。

 わたしが降りるのを待っているようだ。そりゃあまあ、わたしの家の場所なんて分かる訳がないから、当然と言えば当然なのだけれど……。


「さて、それじゃあ家に向かうとするか。色々と話しておきたいこともある」


 そう切り出して、わたしはイブを家へと案内するのであった。



◇◇◇



 お世辞にもわたしの住む家は広いとは言えなかった。一人暮らしなのでワンルームで充分なのだ。

 玄関を開けると廊下があり、左側にはトイレとお風呂へと続く扉がある。さらに進むと右にキッチンがあり、奥の扉をあければリビングがある。リビングにもクローゼットがあるから、洋服やら何やらは大抵そこに仕舞い込むことが出来る。

 リビングにはソファがあるので、一先ずイブをそこに座らせることとした。存外本人も気に入っているようで何よりだ。これで色々と文句を言われてしまったなら、溜まった物ではない。こちらとしてもきちんと対策を取る必要があるだろうし、もしかしたら感情的になってしまうかもしれない。


「……さて」

「何からお話ししましょうか?」

「何故アンタが逃亡したか、ってことだよ。理由は聞いていないと思ったが?」

「そうでしたね」


 人間的なやりとりも若干慣れてはきたが、しかし現実目の当たりにしているのはロボットなのだからそれはそれで錯覚してしまうのも間違いではなかった。


「先ず、何故わたくしが逃げ出したのか……簡単に言ってしまえば、生命の危機を感じたからです。ガイノイドであるわたくしが言うと、それは破壊されること——を意味すれば良いのでしょうか」


 生命の危機。

 世界に一体しか居ない自己思考型ロボットが、生命の危機を感じた?

 これからロボットの新しいスタンダードになる可能性も十二分に有り得ただろうに、それを破壊しなければならない——消去しなくてはならない理由があるというのか。


「何故、そうなった? 教えてほしい」

「そうですね、どうしてそうなったのか——ということは非常に言いづらいです。何故なら、わたくしでさえもそれがどうしてこうなったのか、はっきりと明言出来ないのですから」

「明言出来ない、と?」

「はい。言い方は悪いかもしれませんが、としか」

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