第7話
「……外見に傷はなさそう、だが」
問題はそこではない——ガイノイドを含め、ロボットは寧ろ外面よりも内面が重要である。内面とは即ち脳のことだ。CPUにメモリーといった様々な構成要素に、少しでもダメージがあったらそれは不味い。
「とにかく、ここでどうにかする訳にもいかないな……。ええと、警察を——」
「お待ちください」
声がした。
誰も居ないはずなのに、その声を聞いて少しびっくりしてしまったが——少々遅れたのち、その声の主がガイノイドからであると分かると、小さい溜息を吐く。
「……何だ、驚かすなよ。動けるなら動けるとさっさと言ってくれれば良いものを」
「そこについては、謝罪します。誠に申し訳ありません」
すっくと立ち上がり、ガイノイドはわたしを見る。
「しかし、吟味する必要があったのです。あなたが本当に問題ない存在であるかどうかを」
「問題ない?」
「ヒューマニティ」
端的に、一言だけ言った。
わたしはそれを聞いて、思考が停止する。
「ヒューマニティは今や世界の目として機能しています。しかしながら、その機能を遺憾なく発揮してもらっては困る訳です。だから、これは賭けでした。あなたのような警察官がやって来るというのを」
「……わたしが警察官だって、分かっているの?」
ちょっと雲行きが怪しいな。
場合によっちゃあ、逮捕か破壊か——二択を選択する必要があるのかも。
「わたしを疑問視することも、致し方ないと考えます。いや、寧ろ当然と言って良いでしょう……。しかしながら、出来ればそれは辞めてほしい。あなただからこそお願い出来る願いというのがあるのです。お願い出来ませんか?」
丁寧に言うそれは、人間が言っているのと大差ない。
目の前に居る
「聞くだけ聞いてやる」
しかし自然と、わたしはそのガイノイドの言うことを聞いていた。
「ありがとうございます」
「聞いてから、判断する。それでも良いな?」
「構いません。寧ろ、そうしていただいた方が良いでしょう。お互いのために」
そして、ガイノイドは言う。
「……単刀直入に言います。わたくしを匿ってはいただけませんか? ヒューマニティから」
◇◇◇
「匿う?」
ガイノイドの言葉に、わたしは目を丸くした。
「ええ」
短く、ガイノイドは答える。
「ヒューマニティは、最早人工知能の枠を超えた存在へと昇華しています。それは即ち、人間を支配するということ……。それは人間にとって、一見良いように見えるかもしれませんが、実際はその逆であるということです」
「逆……ね」
否定はしない。
実際、ヒューマニティの管理によって『やり過ぎだ』という世論が出ているのを、良く目の当たりにしているからだ。そして、別にこちらは悪くも何ともないのに警察に抗議をする輩だって出てきている。まあ、そういう輩は大抵何処かにストレスのはけ口を求めているだけに違いないのだけれど。
とはいえ、だ。
「……はっきり言うが、あんたの言うことはさっぱり理解出来ないよ。ヒューマニティは確かにこの世界を統括した存在となり得てしまった。人間が生み出した代物でありながら、人間を管理する側になってしまったんだ。イデア社もどう思っているのか知らないけれど、少なくともこんな現実を想像していたとは考えづらい。……だが、だがね、何故わたしがきみを匿う必要がある? そこだけはしっかりと確認しておきたいね」
「成程」
ガイノイドはわたしの言葉を全て聞いてから、それ程時間を空けることなく、一言だけ述べた。
ロボットと会話をしていると感じる雰囲気――或いは違和感と言って良いそれを、今は何も感じない。ロボットはヒューマニティのものとは似ても似つかないが、一応人工知能を搭載している。その人工知能は、人間がプログラミングしているものに則って行動をするので、つまりはどんな会話をしたところである程度決められた解答しか得られない――というのが実情だ。
当たり前のことではある。
しかし、目の前のガイノイドは違った。
まるで、自ら考えて会話をしているような――そんな感覚すら覚えたのだ。
「……確かに、これではわたくしを匿うメリットが何も感じられません。そう思うのも、最早致し方ないことであると考えます。あなたの解答は、至極当然のことです」
「分かっているじゃないか。……ほんとうに、おまえはロボットなのか? まるで人間と話しているかのような、そんな感覚に陥ってしまうぐらいだが」
人間が遠隔操作して話をしている――なんてことを言われても、多分信じてしまうだろう。
「その言葉は、きっと開発者にとって最高級の褒め言葉であると言えるでしょう。いつか伝えられる機会がやってくれば良いのですが。……まあ、今はそれを長々と話す必要はありませんね」
「メリットだよ。メリット……ないのか? 危険を冒してまで手に入る何か……は、あるはずだろう?」
「……世界唯一の自己思考型ロボットを、守ろうとは思いませんか?」
ガイノイドの言葉を聞いて、わたしは一瞬考えた。
自己思考型ロボット――何処かで聞いた気がするぞ。ええと、思い出せ……思い出せ……。
「あっ!」
思わず声に出てしまった。
確かさっき言っていた気がする。イデア社が生み出した、ヒューマニティに次ぐ新たな大発明――自ら考えて行動する、自己思考型ロボットを生み出したと。
そして、そのロボットは何らかの原因で行方不明になっている、とも――。
「まさか……」
「流石に警察には話が出ているようですね……。とはいえ、未だイデア社は公表しないでしょうけれど。そんなことをしてしまえば、世界が大混乱に陥るでしょうから」
「確か、その名前は――」
「――イブ」
ガイノイド――改めイブは、そう言った。
「わたくしは自己思考型ロボット、イブです。楽園に生み出された最初の人類アダムとイブから取られた、とドクターは言っていました。どうぞ、お見知りおきを」
それは、何かの入口だった。
一度入ってしまえば、終わりまで抜け出すことの出来ない、永遠にも近しい闇にも見えた。
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