第6話
車を運転しながら、わたしはマキモトの言ったことを思い返していた。
——まるで、ヒューマニティが自殺を誘導したかのような。
そうは言っていたが、しかし、有り得ない。
ヒューマニティはあくまでも人工知能だ。そして、それは人間がより良い方向に進むことを第一の目的としている——ならば、それを遮るようなことは、自らが望むことはないはずだ。そのように、人間がプログラムをしているはずなのだから。
ヒューマニティの開発者がそのように仕向けたと、仮定しよう。
しかしながら、実際それは現実にはならないと考える。
ヒューマニティそのものの開発は一人の科学者によるものであったとしても、運用に当たっては一人では成し遂げられないはずだ。
「……とはいえ、」
開発者の情報は、誰にも開示されていない。
当たり前ではあるが、今や世界経済の根幹に関わるシステムとなってしまっている以上、たとえそれにより世界がどうなっていったとしても、開発者は保護されなくてはならない。
開発者が何処に住んでいて誰であるか——即ち個人情報に該当する情報は、国家機密だ。
致し方ないことは間違いない。
何せ、開発者は
「……とはいえ、困るものだよな」
実際、誰も開発者の詳細を知らないのかというと、そうではないと考える。
もし誰も本当に知らないのであれば、本来の目的——開発者を保護することという目的さえも達成することは叶わないはずだ。
さりとて、現実にはそれが成立していると言われている。少なくとも、警察の中ではそれは共通認識だ。
であるならば、上層部やそれに近しい一部の人間は、開発者の素性を知っているはずだ。
「……ダメもとで署長に聞いてみるか……?」
上層部、という概念に署長が該当するかは分からない。
しかしながら、わたしがコネクションを持っている人間が一番上に近い存在であるとも言えるだろう。
わたしは、頭を掻きむしる。
「……やることがまた、増えてしまった」
そう独り言を呟いた、その瞬間だった。
カーナビがけたたましいサイレンを鳴り響かせて、急にブレーキを利かせた。
あまりの衝撃に、わたしの身体そのものがフロントガラスを突き破って飛び出してしまいそうだった——まあ、そんなことが起きないために、シートベルトというものがあり、それを必ず装着するように命じているのだけれども。
そして、ドンと何かがぶつかったような衝撃も遅れてやってきた。
同時に、冷や汗をかく。
「おいおいおい……自動運転技術は世界最高だったんじゃなかったのか?」
運転手は最早自らの技量によって運転をしなくてよくなった。
これもまたヒューマニティが世界に根づいたことによる結果の一つであると言えるだろうし、運転手は普段はハンドルに手を当てるだけで良くなったのだ。それ以上のことは、何一つとしてしなくて良い。それぞれの乗用車用に調整がなされた人工知能が、的確な運転モードを設定し、最適かつ正確に目的地へと運んでくれるからだ。
しかしながら、安全性が絶対であるかと言われると、未だそうではなかったりするらしい。
だから、あくまでも予備として——何かあった時のバックアップとして——運転手はハンドルに手を当てておく必要がある、という訳だ。
まあ、わたしもこの車にしてから、手動運転をしたことは一度もなく、まさかこんな事故を招くことなど考えてもいなかったのだけれど。
とにかく。
現状を確認せねばなるまい。
ドアを開けて外に出る。気づけば、外は雨が降っているようだった。時折わたしの車の横を、別の車が通り過ぎていくが、しかしながら彼ら——性別についてはどうだって良いのだけれど——は、わたしの異変に誰も気づくことなく走り去っていく。
当然といえば当然だが、自動運転技術が発達して以降、運転手は脇見運転をすることが常となった。言い過ぎかもしれないが、実際そういう運転手が多いのは間違いない。一応、未だ道路交通法は自動運転技術が発展する以前のルールも書き記されていることがあるのだけれど、大半はその発展に伴い形骸化しているのが現状であった。警察官にとっては面倒臭い問題だし、甚だ信じ難いことであるのは間違いないし、しかしながらルールを正確に提示して運転手に罪を背負わせる警察官が、今やどれぐらい居るのかということも疑問になる。
案外、大半の人間が、それを無視してしまっているのではないだろうか?
法を守るべき、警察官でさえも。
車の前に横たわっていたのは、ロボットだった。
正確にはガイノイドとでも言えば良いか。違いははっきりと覚えていなかったけれど、所謂女性のアンドロイドだ。大抵ロボットというのは中性的に設計されることが多いと聞いたことがある。それはエンジンの出力なり実際の見た目によるものが多いらしいのだけれど、しかしながら、かつてはそれを性行為に用いることもあったという。まあ、今はロボット関連法律が整備されてきていて、
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