第4話
その自殺志願者が居たのは、旧市街にある廃ビルの屋上だった。
二〇二〇年代が大きな歴史の転換点である——そう言う学者が多く居るのだけれど、彼らがそれに着目するのも、最早致し方ないことであると言える。素人目で見てもそう感じ取ることが出来るからだ。
感染症の拡大によりリモートワークが定着したこと——これは働き方を変化させていった。かつては首都集中型であったこの国の人口も、場所を選ばずに仕事が出来るようになったので、それがなくなった。ある人間は実家から離れずに仕事をし、ある人間は毎日ビーチで泳ぎたいが故に南の島へ移住し仕事をしている。
その結果が、市街地の分散化だ。
かつて存在していた市街地は、旧市街と呼ばれるようになり、やがて忘れ去られていった。
新市街と呼ばれる街々を新たに建設し、少なくなった人口やインフラ、その他諸々を集中させるようにした。至極当然なことではあると思う。
人々は移住していき、空き地となった旧市街は、自ずとして治安が悪くなっていった。
警察も警備は行っている。しかしながら、住んでいる人口の違いで、掛けられる予算も変わっていく。当たり前ではあるが、次第にパトロールの回数も減っていった。
ヒューマニティが搭載されているからあまり問題ないだろう、と上層部は高をくくっていたらしい。
確かに、全員が全員ヒューマニティを搭載していれば、中央の人工知能によって完全かつ安全な治安が維持されることだろう。
ただし、旧市街にその前提条件が成り立たない、とすれば?
「……ご苦労様です」
廃ビルの入り口に立つロボット型警察官が、わたしに敬礼をする。
彼らロボットは、人間がプログラミングした行動のみ実施する。つまり、今の行動は目上の人間がやって来たから必ず敬礼をして挨拶をする、といったプログラムが組まれているのだろう。
それはそれとして。
ヒューマニティの統治は全世界に及んでおり、それを導入することは最早人類の義務としてなっているのだけれども、それでもヒューマニティを導入するのを拒む人間だって少なくないはずだ。
そういった人間が、自ずと治安の悪い旧市街に集まるようになるのも、半ば自然のことなのかもしれない。
階段を上っていくと、シャッターばかりが目立つ。廃ビルだからか致し方ないのだろうけれど、しかしながらこんなビルにも住む人間は居る。いつ崩落してもおかしくない、耐震基準なんて知ったことかと宣うようなビルであっても、だ。
ビルの屋上に辿り着くと、またも警察官が居た。
しかし今度はロボットではない、血の通った人間だ。
「ご苦労様です、シキガワさん」
彼女はマキモトと言った。確か未だ入って間もないはずで、配属された日からわたしとペアを組んでいる。
新人警察官とバディを組むのもまた、先輩警察官の仕事の一つだ。
「……ご苦労だったな、マキモト。それにしても、わざわざここまで足を運ばなくても良いんだぞ? ロボット警察官に出来ることはあいつらにやらせてしまえば良い。人間しか出来ないことを、
「それは、分かるのですが……。やはり、わたしも警察官ですから現場を一通り見ておきたくて!」
「まあ、良い。それも若さだからな……。自殺志願者は何処に?」
「今、ロボット警察官の取り調べを受けています。お会いになりますか?」
「ここで会わなかったら、何のためにわたしが来たのか分からなくなるだろう」
そう言って、わたしはマキモトと一緒に自殺志願者の居る場所へと向かうことにした。
自殺志願者の簡単なプロフィールについて、わたしは道中マキモトから聞き出した。
高校二年生である彼女は、ヒューマニティの健康管理機能でも、特に異常は見られなかったらしい。
しかしながら、今日になって突然自殺を図る行動を取り、ヒューマニティにも心拍の一時的な増加が記録されていた。
「つまり、だ」
わたしはマキモトから聞いた情報から推察する。
「ヒューマニティは、自殺する可能性があることを予測出来なかった、というのか?」
「ええ。まあ、引っかかりはしますけれど、人間のことを百パーセント理解していないのでは、と言うと正しいのではありませんか? 人間は突発的に行動することだって十二分に有り得ますから」
「そりゃあ……」
言いたいことは分かる。
でも、一応ヒューマニティは人間の思考を完全に読み取り、理解し、それをベースとした行動を人間に提起する——そういった人工知能ではなかったのか?
そうでないというのなら、ヒューマニティにエラーが発生した、という話になるのか?
「……そうであったとしても、いきなり自殺衝動が発生した訳でもないだろう。確実に、予兆はあったはずだ。それも?」
「イデア社に情報開示を要求していますが、ご存知の通り——」
イデア社は、ヒューマニティの開発・運営によって全世界の人類の様々なデータを入手することが出来た。当然、それを手に入れることで世界を統治することだって大いに可能であるから、その使用には大きな制約が課されることとなった。
つまり、イデア社の持つヒューマニティのデータは、プログラムこそイデア社独自の管理だが、それ以外のデータは国家機密に相当する。
幾ら国家権力の一つである警察であったとしても、そう簡単に手に入れることなど出来やしない。
「……致し方ない。あんたが頭を下げることでもないからね」
項垂れるマキモトに、わたしは慰めの言葉をかける。
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