第3話

 自己思考型ロボット『イブ』。

 世界最高の人工知能を開発したイデア社の創業者であり最高責任者である社長のアルフレッド・ロイゼルによると、次に開発すべきものは、自らが考えて行動する——ゼロから一を作り出すロボットであった。

 そもそも、アルフレッドはイデア社を創業する以前から、自らの研究ノートを書き記していた。そこには世界のために様々な研究開発をする計画が練られており、具体的な年までも記載されている。そして、アルフレッド曰くそのノートの精度は概ね二パーセント程の誤差しか生み出されていないのだといった。

 最早予言の書に近しいそれに記載しているものの一つとして挙げられていた、自己思考型ロボット。

 アルフレッドがイデア社を立ち上げてから、ずっと株主に掲げ続けていた計画の一つに記載されていた。

 しかし株主や多くの科学者は、それについて嫌疑を抱いていたとされている。

 何故ならば、ロボットは人間が書き示すプログラムに則って行動する——それが世界のスタンダードであったからだ。人間がプログラムを作るということは、人間が考えること以上のことは出来ない。例えばロボットに平泳ぎのプログラムを読み込ませたからといって、それだけでクロールやバタフライも出来るかと言われると、そうではない。

 今まで、ロボットは人間の命令に従い、人間の考えつく結果を導き出すことだけを忠実に実現していった。

 つまりは、人間の補佐であり、人間と同じメインで動けるようなフェーズまでは辿り着くはずがない。

 それが、世間の評価だった。

 しかし、イデア社が人工知能『ヒューマニティ』を開発してからは、風向きが変わった。

 人工知能により、人間の生活は事細かに管理され、そして人間はそれに忠実に従えば良いだけの生活を送ることとなる。

 まるで人間とロボットの立場が逆転してしまったかのような、そんな感じだ。

 イデア社とヒューマニティは共同で、『彼女』のプログラムを公開しないようにした。リバースエンジニアリングをしたとしても、その機能が開示出来ないよう、様々な細工をすることにしたのだ。

 天才的な思想と、その実現精度。

 アルフレッド・ロイゼルは彼女の完成を持って、その評価を大きく上げることになった——。



◇◇◇



「……読んでいて、欠伸が出てしまうね」


 わたしは、インターネットで適当に調べたら出てきたニュースサイトの記事を見ながら、こう呟いた。

 あの後、署長はわたしに自己思考型ロボット『イブ』の行方を探るべく命令していった。

 誰にも教えることの出来ない、いわばシークレット・ミッションである。ゲームの中であれば興奮の一つはするのかもしれないが、ここは現実だ。現実は面倒臭いという評価一つで終わってしまう。


「しかし、署長もどうしてわたしにこんな命令を……」


 ぼやく余裕があるのは、オフィスに誰も居ないからだ。

 二〇二〇年前半に発生した大規模な感染症の影響で、世界はリモートワークに大きく舵を切った。それにより様々な当たり前が見直されていったのだが、その一つがこれだ。

 フリーアドレス、とでも言えば良いのかな。今や警察でさえ、自分専用の机や椅子は存在しない。オフィスに入ると、半個室になっているスペースが幾つか置かれていて、そこで自由に仕事をすることが出来る。データは全て署内のサーバーに保存されていて、暗号化された通信で外からでもアクセスすることが出来る。……これもまた、イデア社が開発に絡んでいるとも言われているのだが。


「自己思考型ロボット、ねえ」


 自分でどんなことでも考えることが出来て、ゼロから一を作り出すことが出来る。

 それって、人間と何が違うのだろうか?

 わたしはぼうっとそんなことを考えていたところ——けたたましいアラーム音を聞いて我に返った。

 アラーム音を鳴らしたのは、仕事用のスマートフォンだ。ヒューマニティに連携するスマートウォッチはあくまでもプライベートだけであり、それを仕事にまで拡大させることは出来ない。とはいえ、プライベート用である以上常に持ち歩くことは当たり前であるのは間違いないのだけれど。

 画面を見ると、メッセージが来ていた。

 近くをパトロールしていた警察官からの連絡らしい。

 そして——そのメッセージ内容を見て、わたしは目を丸くする。


「……自殺志願者が居る?」



◇◇◇



 どんな時代であっても、自ら命を絶つ者は現れる。

 自然の摂理と言うと言い過ぎな点はあるのだろうが、とはいえ無理に止めてしまうのもいかがなものかと考える。そりゃあ道徳的には助けてあげるのが良いのだろうが、中途半端に自殺を止めてしまっただけで後はお終い、という扱い方をしてしまうと厄介だ。


「とはいえ、」


 車を走らせながら、情報を整理する。

 スマートフォンをカーナビに接続しており、通報の情報は自動音声によって読み上げる形で聞いている。こうであれば一応ルールに則っているし違反はしていない。日頃法令を守れと言う警察官がルールを守らないのは不味いことだからね。

 話を戻す——最近、あまりにも自殺者が多い。

 いや、正確に言えば全て警察が未遂に終えているから、志願者或いは未遂者とでも言えば良いのだろうか。しかし実際には未遂で終わらなかった——自殺そのものを完了してしまった事件もあるらしく、警察も悩みの種となっていることは間違いなかった。

 ヒューマニティが厳格に人間を管理しているのに、どうして自殺志願者が後を絶たないのか。

 そもそも何かしら病気の可能性がある場合は、ヒューマニティが自動的に病院と連携してオンライン診断や投薬を進める。つまりは、病状が悪化することはそう有り得ない——とされているのだ。

 にも関わらず——。


「分からないな」


 一言呟き、わたしは音声の読み上げを止めた。

 目的地までは、そう遠くない。考えてから、最高時速ギリギリまでアクセルを踏み抜いていった。

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