第5話懐中電灯
真夏の捜査は難航した。兎に角、懐中電灯を発見すれば現場が分かる。
150人体制で、付近の道の藪や側溝を捜索した。
「黒井川さん、あの関係者の中に容疑者がいるってホントですか?私には分かりません。事故死が近いんじゃないですか?転落したのですから、打撲痕が複数あってもおかしくないと思うんですけど」
川崎巡査長は、タオルで額と首筋を拭き、ミネラルウォーターを飲んでいる。
「間違いなく、あの店の関係者だ。で、昨日、僕が会った人間の関係性洗ってみた?」
黒井川は、タバコに火をつけた。
「えーと、平岡真美は寺前さんの妹さんですが、お兄さんが使い込みするまでは、一度もそんな話しは聞かなかったそうで、えーと、立神と同期でしたが、仲はそれほど良く無かったみたいです」
「で、先生は?」
「はい。小林千紗は寺前さんの主治医で5年間先生の病院に通ってましたね。都会の精神科では無く、わざわざ立松町まで電車で週末に。松本健一ですが、これは臭いですね。村越デパートの経理部では犬猿の仲だったらしくて」
一瞬、黒井川は空を見上げた。
「川崎君、小林千紗の友達いたろ?あの2人はどうだった?」
「山田貴子は高校時代からうつ病でクリニックに通い、岡田純一は躁鬱病でもう15年も通っていました」
川崎はまた、ミネラルウォーターを一口飲んだ。
「川崎君、これは非常に難しい事件だ。今までの事件の中で五本の指に入るね」
「私は、事故死だと思うんですがねぇ」
「君は、僕の捜査を批判するのかい?」
「い、いえ。申し訳ございません」
ピロロン、ピロロン
川崎のスマホが鳴る。
「はい、川崎。……うん、今どこ?……分かった今行く」
「何だって?」
「発見されたそうです。懐中電灯が」
「どこで?」
「現場から1km先の道路の側溝に落ちていたそうです。今、鑑識に回しています」
黒井川は吸い殻をポケット灰皿に仕舞い、車で発見現場に向かった。
直ぐの距離なので、車の冷房は効かなかった。
現場は立神が宿泊する旅館の、直ぐそばであった。
「一番怪しい、小林千紗の犯行ですかね?」
「いや、立神は体重80㎏だ。女に死体は運べない」
「では、複数犯ですかね?」
「……う〜ん、どうだろう。皆んな、まだ隠してる事があるんじゃないか?と思ってる。あのさ、今回の立神の横領の10年前の寺前さんと松本さんの横領は繫がってるんじゃないかな?」
「どうして」
「多分、立神は10年前の横領を寺前さんと松本さんに擦り付けたんじゃないの?」
「じゃ、犯行は松本ですか?」
「彼は、立神に恨みを持っていたが、親の介護の為に帰郷する男だよ。殺しなんてするかね?それに、平岡真美と利樹の夫婦の犯行とも思えない」
「警部、もう少し関係者を洗い直します」
「頼むよ。犯人のミスリードに引っかかるなよ!」
「はっ」
川崎は数名の部下を連れて、聞き取り調査に出た。
時間は、17時半。
居酒屋「まさき」に向かった。
「いらっしゃい、刑事さん」
「黒井川で結構です」
「黒井川さん。さっき、また、警察の方が来られましたよ。同じ事何度も聞くんですよ」
「すいませんね。生貰えます?」
「はい、真美、生一丁」
「あと、鯛の刺し身と岩ガキ」
「はーい」
いつもの客はいないようだ。もちろん、聞き取り調査をされているのだろう。
「はーい、生と岩ガキ。刺し身はもう少し待って下さいね」
「慌てなくて大丈夫です。僕はもう、仕事じゃ無いんで」
「じゃ、沢山飲んで下さいね」
「ありがとう」
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