第2話招かざる客

その晩も、黒井川とワトソン君は居酒屋「まさき」で、美味しい酒を飲んでいた。

そこへ、3人の客が入店してきた。

居酒屋の女将の平岡厚子は、

「あらっ、先生いらっしゃい」

と、女性に声を掛けた。その女性は50代前後の整った顔付きで、2人の男女を共に連れてきた。2人の男女もこの店の常連だ。

「先生〜っ」

と、厚子の娘の真美は女性に抱きついた。

「あっ、黒井川さん。紹介します。病院の先生の小林千紗さんとそのお友達の山田貴子さんと、岡田純一さん」

小林は戸惑い、

「真美ちゃん、どなた?」

それを聴いた黒井川は、

「愛知県警の黒井川です。こいつは検死官の戸川達也君」

「初めまして……、あなた小林先生じゃないですか?僕です。戸川です。大学病院でのインターンのときにお世話になった戸川達也です」

と、ワトソン君が嬉しそうに言う。

「えっ、あの時の戸川君?良く覚えてるわよ

。今、私はこの街の精神科医で開業してるの。黒井川警部、初めまして。何かといいコンビで事件を解決されているようで。愛知県警に知り合いがいるので、何故、この街に?」

と、3人の客は黒井川らの隣のテーブルに座った。


「今、知多大学で特別講義をしています。県警と大学が協力しあい、若年層の犯罪撲滅の為です」

と、黒井川はお猪口を呷った。

「そうだったんですね。こちらの、山田さんと岡田さんは私のお友達だちなんです。もう、10年来のお付き合いで」

「先生、お友達なんて恥ずかしい。私達はただの患者です」

と、山田が言った。山田はまだ20代の独身で、岡田は中年の妻子持ちだ。

1人、カウンターで飲みながら、板場のこの店の主人の平岡利樹と何やら話している。

「トシちゃん、この前もCD売り場で、万引きに遭ってね。警備員をめちゃくちゃ怒ったよ。何の為の警備員だと」

「健ちゃん、出入口のセンサーは付けてないの?」

「それを上手くスルーするやつがいるんだわ」

カウンターの客は松本健一と言ってデパートの管理部に勤務している。元々、東京のデパートで働いていたが、親が寝たきりになり面倒をみるために帰郷したのだ。そのご両親は、今は他界されている。

他にも、学生連中や家族連れが賑わっていた。

22時過ぎ、黒井川は小林と話していたが翌日も講義の為に帰り支度をし始めた。

すると、出入口から新しい客が入って来た。

スーツにロレックスらしい腕時計をして、いかにも金持ちの客に見えた。

その客は、

「ビール。後、あら煮」

と、厚子に注文した。

暫くして、煮付けが出てくると、男は一口食べ、それを床に器ごと落とした。

「何だ、この店は。こんな不味いもん客に出すのか!」

それを聴いた、利樹は板場から出てきて、

「あんた、何やってんだ。器代払って出てけ!」

男は、万札を数枚床に落とし店を出て行こうとした。

「待てよ!おめぇ、謝れよ!こんな夜にしやがって」

と、松本が食って掛かると、男は

「安酒屋には、馬鹿しかいないのか」

と、言うので松本は掴み掛かろうとしたが周りの客が制止して、男は出て行った。

黒井川とワトソン君は、帰るタイミングを失い、もし男が乱暴を働くようなら取り押さえようと思っていたが、その時は黙って観察していた。

翌日。

この店から2km先の海辺の岩場で死体が発見された。

急きょ呼び出された黒井川は講義を延期して、捜査に当たった。

死んだのは、昨夜の居酒屋での、あの男であった。

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