第九話

 5月に入って、同じクラスの杉山大翔に告白された。

 普段から話すことは多々あったし、悪い人でもなかったし……少し気になっていたということもあって、高橋はそれをあっさりと承諾した。

 しかし今にして思えば、その選択が間違いだったのだと分かる。


 その頃から、高橋はグループ内で少しの違和感を覚えていた。

 発言しても三回に一回は無視され、上履きを踏まれることも多くなった。

 彼氏である杉山には相談できるはずもなく、相談相手といえば山崎くらいのものだった。

 担任だったことから山崎とは仲が良かったし、気軽に話せる間柄だったので、彼にはある程度のことは相談することができていた。

 溜まっていた鬱憤うっぷんを吐き出すと、少し気が楽になったように思えた。


 しかしイジメはどんどんエスカレートしていき、ついには暴力まで振るわれるようになった。

 そうして高橋は、我慢できなくなって言い返した。___言い返してしまった。

 吐き出したと思っていたストレスは、少量ながらも確かに蓄積されていたのだ。


 その後、全員からボロクソにけなされ、殴られ……泣いて土下座しているところを動画に撮られた。

 我慢できなかった。ただ泣いている自分自身が情けないと感じた。

 屋上ですすり泣いていると、山崎に声をかけられた。

 そうしてこれまでの出来事を話した。

 話を聞き終えた山崎は、一言だけ言った。


 「殺してしまおう」と。


 精神的に参っていた高橋は、その提案を受け入れた。

 その時は、百合が……イジメてきた連中が自身の前から消えてくれるのならどうでもよかった。

 

 殺害の計画は山崎が立てた。その計画というのはこうだ。


 まず、高橋が三人に向けて匿名で手紙を書く。

 この手紙に書いておくことは主に二つ。


 一つ、一人で誰にも言わずに来ること。

 二つ、絶対にその場所まで来ざるを得ない内容を明記しておくこと。


 だから高橋は、手紙にその人にとって重要な出来事を書いた。

 井上は万引きをしたこと、高坂は煙草を吸っていることを書き、目的地に来なかった場合はこれをバラすと脅して誘導した。そして百合は、杉山の名前を出すことで誘い出した。

 そうしてB棟四階までやって来た人物と高橋が向かい合っている間、個室に隠れた山崎が背後から金属製の槌で仕留めるというものだった。


 もちろん時間はバラけさせてあった。

 同時刻に来られたらたまったものではない。

 井上は十八時、高坂は十八時十分、百合は十八時二十分というように、十分ずつ間隔を開けて呼び出していた。


 そうして二人を殺害したとき、高橋はこれ以上なく胸がすっきりしていた。

 アクシデントがあって百合を殺すことはできなかったが、また同じような方法で殺害すればいい、と高橋は考えていた。

 



* * *



 そんな高橋の話を聞いて、周囲の人間の……杉山以外の視線は自然と山崎のもとに集められた。

 杉山は虚を突かれたかのような表情で「嘘だ……そんなわけない」と呟いていた。

 山崎は肩をすくめ、余裕そうに首を振った。


「今のには、何の証拠もありませんよ。彼女が勝手に言っているだけですから」

「証拠ならあります」

「……は?」


 そう言って、宮本はポケットから一枚の紙切れを取り出した。

 これはトイレの便器近くに落ちていたものだった。


「これ、犯行に使われた槌のレシートです。レシートって本当に便利ですよね、どこで買ったのか、いつ買ったのかが記載されているんですから。このお店、この時間帯に誰が槌を買っていたのか、調べればすぐに分かります。防犯カメラなんてどこのお店にも付いてるんですから」

「……ッ」


 この時初めて、山崎の表情に苦悶くもんの色が宿った。

 やがて、彼の顔には笑みが宿った。

 宮本はこの状況でのこの顔の意味を正確に見抜いていた。

 自暴自棄になった人間が、皆揃ってこの顔をするのだ。

 そうして山崎は、高橋を血走った目で睨みつけた。


「ここまでやってやったのに、恩を仇で返すとはどういうことだお前はあぁぁ!?」


 山崎は高橋を捕まえると、机の上にあった果物ナイフを手に取って後ずさった。

 

「少しでも動いてみろ! すぐにでもコイツを殺してやる!」

「……い、いや! やめて!」


 高橋は助けを求めるかのような目で杉山を見るが、当の本人はショックのせいか動けないでいるようだった。

 そんな状況で、坂本だけは違った。

 一人、悠然ゆうぜんと山崎のもとまで歩いていくのだ。

 これには長年生活をともにしている宮本でさえ驚いていた。

 彼の意図が、全く読めなかった。


「動くなっていってんだろぉ!?」


 山崎はナイフを振り上げると、それを高橋の首筋めがけて振り下ろした。

 誰もが高橋の死を予感した次の瞬間、予想外のことが起こった。

 ナイフの先端が引っ込んだのだ。

 山崎は固まったまま動けなくなり、高橋も何をされたのかよく分からないという表情で硬直していた。

 その一瞬の隙を突き、坂本は山崎の顎に正拳突きを食らわせた。

 脳震盪のうしんとうを起こした山崎は、気絶するようにその場に倒れた。


 恐怖のせいか、フラフラとその場に崩れ落ちていく高橋。

 それを抱きかかえた坂本に、宮本は恐る恐る聞いた。


「あの、樹さん。それ何ですか……?」

「ああ、数ヶ月前に買った面白グッズだ。先端が引っ込む、おもちゃのナイフがあるだろう。通販サイトを見ていたら懐かしくなってな、買ってみたんだ」

「またそんなもの……」

「でも、役に立っただろ?」

「うっ……」


 痛いところを突かれた、と顔をしかめる宮本を見て、坂本は心底楽しそうに笑った。

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