第六話

 坂本と宮本が斎藤さいとう真奈美まなみという女子生徒の自宅を訪れたのは、事件から三日目のことだった。

 斎藤は廊下で死亡していた外林と仲が良く、いつも一緒にいたのだと担任を務める山崎から教えられた。

 向坂から住所を聞き、聞き込みのためにこうして遥々はるばるやって来たのだ。往復の電車賃の五百円も、バカにはならない。

 しかし……。


「……留守、ですかね」

「……留守、だろうな」


 チャイムには応答もなく、誰も出てくる気配がなかった。

 

「仕方ない、今日のところは出直すか」

「そうですね、いないんじゃ仕方ありません」

「あの……」


 背後から誰かにおずおずと声をかけられ、坂本と宮本の二人はビクついて振り返った。


「うちに、何か御用ですか……?」



* * *



「すいません、土曜日の午前中はバイトがあって……」


 そう言う斎藤にリビングへと案内され、坂本と宮本は椅子に腰掛けていた。

 運ばれたレモンティーを啜り、二人してほぅっと息を吐く。


「それで、用事というのは?」


「ああ」と坂本は返事をして、カップを机の上に置いた。


「あなたの高校で起きた事件のことはご存知ですね。担任の山崎先生から、外林さんとあなたは仲が良かったと聞きまして」

「はい。桜とは、幼稚園からの付き合いだったので」

「そこで、何か彼女について知っていることはありませんか? 何でもいいんです」


 その言葉を聞いたとき、斎藤の表情には確かに陰りが見られた。

 宮本はこの表情を何度か目にしたことがある。

 主に、後悔をしている人間に見られるものだった。


「実はあの日……事件が起こった六月十九日、私と桜は一緒に帰宅していたんです」

「えっ?」


 その言葉に反応したのは宮本だった。


「でも、外林さんは確かにあの日、殺されて……」

「そうなんです。あの日、一緒に帰っている途中、桜が忘れ物をしたと言って、一人で取りに戻ったんです。私はバイトがあったので、先に帰宅したんですが……」


 斎藤は拳を握りしめ、そこにいくつかの涙を落とした。


「今思えば、あの時一緒に取りに行ってあげればよかったと思います。……もう、遅い話ですけれど」



* * *



 斎藤の自宅を出た後、宮本は外林の死体の写真を眺めながら歩いていた。

 これは昨日、大平から貰ったものだった。

 事件の取り調べのために必要になるだろう、とわざわざ探偵事務所まで届けに来てくれたのだ。

 その写真では、頭から流れた血液が一直線上に進んでいた。

 初めて見た時は、どうしてこんな血液のつき方がするのだろう、と思っていたのだが。


「何かから、逃げていたんでしょうね。何から逃げていたのかは、もう分かります」


 宮本は悲しげな表情で呟いた。


 井上と高坂は、B棟四階の女子トイレで殺害された。

 そして忘れ物を取りに行った外林は、ふと立ち寄ったトイレでその殺害現場を目撃してしまった。

 逃げ出した外林は、口封じのため、犯人に殺されたのだ。


 そんなのって……と宮本は外林に酷く同情した。


「そりゃあ、共通点も見つからないわけだ。理由があって殺されたわけじゃないんだからな」

「……はい」

「犯人、見つけないとだな」

「……はい」


この瞬間だけは、宮本は明確な意思を持って頷いた。

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