第五話

「宮本くん、学校の……それも殺害をする場所で最も適しているところはどこだと思う」


 杉山と高橋と別れたあと、坂本と宮本は中庭にやって来てきた。

 向坂は先ほど教員に呼ばれ、その対処を済ませた後に合流するとのことだった。

 井上と高坂が死亡していた現場を観察する中、坂本は宮本にそう問いかけた。

 坂本は頻繁ひんぱんにこの手の質問を投げかけてくるので、宮本は慣れた様子で淡々と答えた。


「さあ、草むらとかですかね。死体が見つかりにくそうですし。……答えはどこなんですか?」

「トイレだ。場所はそうだな……人通りが少ないところならなお良い」

「トイレ……? 何でトイレなのかよく分からないんですが……」


「簡単だよ」と坂本は人差し指を立てて見せた。


「トイレはブラシもあるし、ホースだってある。血を流すには最適だし、死体処理が楽なんだ」

「……? はあ、そうなんですか」


 突然何故その話をしたのだろうか、というのが宮本の素直な感想だった。


「よく分かっていない顔だな。今は事件の話をしているんだが」


「……え? つまり……」宮本は上目遣いで坂本に聞いた。


「今回の事件の殺害現場はトイレである、と?」

「いや、それは知らん」


 坂本の発言に、宮本はガクッと膝を折った。


「なんなんですか。からかってるんですか?」

「いや、あくまでも可能性の話だ。学校での殺人であるなら、殺害現場として使われるのはトイレの可能性が最も高いだろうと考えただけだ。……というわけで、今からトイレに行くぞ」

「……え、あ、はい!」


 突然校舎に向かって行った坂本のあとを、宮本は足早に追いかけた。



* * *



 A棟にある全てのトイレをまわり終え、坂本と宮本、そしてつい先ほど合流した大平はB棟四階のトイレにたどり着いた。

 A棟のトイレには別段おかしな点はなく、それはB棟のトイレでも同様のようだった。


「ほら、やっぱり何もないじゃないですか。ていうか、やっぱり現場はトイレじゃないんですって。空き教室とか、ほかにも色々あるじゃないですか」

「教室はまずないだろうな。飛び散ってしまった血を処理するのが大変なんだ」

「はいはい、負け惜しみもここまで来ると清々しいですね」


 遠慮なくイジってきた宮本に、坂本はジト目を向けた。

 そんな中、大平は首を傾げて呟いた。


「……なんで床が濡れてるんだ?」

「……はい? どうかされたんですか?」


 よく聞き取れなかった宮本が聞き返すと、大平は内心おかしいと思っていることを口にした。


「いえ、トイレの床が濡れているのを不思議に思いまして。通常、トイレの床を掃除するのは金曜日だけなんです。今はまだ木曜日なのに、と思って……」

「……なるほど」


 坂本は顎に手を当てて何事かを考え、やがてトイレの奥にある窓を開けた。

 そうしてニヤリ、と口元に笑みを浮かべた。


「宮本くん、この下を見てみろ」


「何なんですか……」そう言いつつ、坂本の言う通り窓の外に目をやって。


「あ、ここって……」

「そうだ」


 窓の下は、先ほど宮本たちがいた場所だった。

 その場所とはつまり、井上と高坂が死亡していた場所だ。


「ここで殺害されて、窓から捨てられた、と?」

「井上と高坂に関して言えば、十中八九そうだろうな。でも、もう一人の、廊下で死亡していた外林に関しては全く分からない」

「共通点って、同じクラスってことだけですからね」


 坂本はふと、腕時計に目を向けた。


「っと、今日はこの辺にしておくか。暗くなってきたからな」

「はい……あれ?」


 ふと、宮本は便器の近くに丸まった紙が落ちてあるのに気がついた。

 それを拾い上げて中身を開こうとすると、坂本から声がかかった。


「何してるんだ、早く行くぞ」

「あ、はい。いま行きます」


宮本はその紙くずを何となくポケットにしまい、坂本のあとを追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る