第四話

 坂本と、その助手である宮本みやもと七海ななみは、事件が起こった向ケ丘高等学校へとやって来てきた。

 目的は現場検証のためだ。

 B棟の四階……外林という女子生徒が死亡したという廊下を、坂本は入念に観察していた。

 それで何が分かるのか、宮本にはいまいち分からない。

 私は情報収集に徹しよう、と宮本は一緒にいた大平に声をかけた。


「今日、生徒たちはどうされたんですか? 教室には誰もいないようですが」

「しばらくは休校、という形を取ろうと思ってます。まだ犯人が捕まっていないんじゃ、誰も来る気にはなれないでしょう。それに、通常通り登校させてまた誰かが事件に巻き込まれでもしたら、責任なんて取れませんから」

「それじゃあ、事件が解決するまでは休校にするんですか?」


「そうしたいところなんですがねぇ」大平は分かりやすく顔をしかめた。


「つい先月まで、コロナウイルスって新種のウイルスが流行はやっていたじゃないですか。それで長い間学校を休校にしていたので、これ以上生徒たちを休ませるわけにはいかないんですよ。休校になるのは、最長であと一週間くらいだと思います」


「そうなんですね」と宮本は適当に相槌あいづちを打った。


「そういえば、凶器に使われた金属製の槌は、どこから購入されたものか分かったんですか?」

「それもまだ分かっていません。インターネットで購入したのかも、どこの店で購入したものなのかも、特定なんてできませんからね」

「出どころが分かったとしても、いつ購入したのか分からないなら、どうしようもないですもんね」


 宮本は大平と事件についての会話をしながらも、先ほど事情徴収をした教師のことを思い出していた。



* * *



「事件に巻き込まれた生徒について、ですか」


 職員室の応接室。

 室内にあるソファに、坂本と宮本は腰掛けていた。

 対面には、今回死亡した三名の担任教師である山崎やまさき和真かずまが座っていた。


「ええ」宮本は頷いた。「彼女たちについて、何か知っていることはありますか?」


「知っていることと言われましても……」

「どんな些細なことでもいいんです。彼女たちは何が好きだったとか、誰と仲が良かったとか……」


「ああ、それなら」と山崎は得心が行ったかのように話し始めた。


「中庭で見つかった、井上と高坂は仲が良かったと思います。いつも一緒にいて、同じグループでした。いつも派手な四人組でね」

「同じグループ……」

「外林さんは? それほど接点はなかったと?」


 宮本が聞くと、山崎は「うーん」と腕を組んでうなった。


「あくまでも僕から見てですけど、仲が良いという印象はありません。もちろん、仲が悪いというわけじゃありません。外林さんはクラスでも大人しい方だったので、彼女らとは話すこともそんなになかったんじゃないかな」

「つまり、クラスが同じであること以外に接点はなかったんですね?」

「そういうことになりますね」


 宮本は隣に座る坂本に目を向けた。

 坂本は無言で首を振っていた。

 これは「もう聞き出せることはない」という意味である。


「お時間を取らせてしまってすいません。今日はありがとうございました」

「あれ、もういいんですか?」

「はい、もしまた気になることがあれば、こちらから尋ねますので」


 坂本と宮本は席を立ち、山崎に向けて一礼した。



* * *



「……あの、すいません。少しいいですか?」


 山崎との会話を脳内で反芻はんすうしていると、突然聞き覚えのない男性の声が聞こえ、宮本は反射的に振り返った。

 そこには、男子生徒と女子生徒が一名ずつ立っていた。

 運動部なのか、やけにがたいのいい男子生徒。

 怪我の原因は分からないが、顔にいくつかの絆創膏ばんそうこうが貼ってある女子生徒。


 ふと坂本の方を見ると、彼は床を撫でていた手を止めて、中腰のまま彼らに向き直っていた。

 そんな中、大平は驚いたように声を上げた。


「君たち、今日は休校だぞ。何で登校しているんだ」

「僕は今日、野球部の練習があって……。大会も近いので、部活だけは通常通りなんです」

「だからって、それなら何で校内まで入ってくるんだ。こうして現場まで来られると、休校にしている意味が……」


 そう言って叱ろうとする大平を、坂本は肩を叩いていさめた。


 男子生徒は杉山大翔、女子生徒は高橋たかはし麻衣まいと名乗った。

 杉山は、中庭で死亡していた井上と高坂の第一発見者なのだと大平が教えてくれた。

 部室に戻っている途中に発見し、警察に通報してくれたとのことだった。

 杉山が死体を発見したのは彼女らが死亡してからすぐのことだったらしく、彼のおかげで死亡推定時刻が十八時から十九時の間だと断定できたのだという。


「何か用事でもあるようですが……どうされました?」

「……はい。実は、話しておきたいこと……というか、頼み事があって……」

「頼み事?」


坂本の問いに杉山は頷いて、隣にいる高橋の肩に手を置いた。


「こいつ、中庭で死んでた井上と高坂と仲が良かったんです。四人グループで、いつも一緒にいて……。その二人がこうして殺されて……今度は、こいつの……高橋の番かもしれないと思ったら怖くて……」


 杉山は坂本を正面から見据えた。


「だから、何があっても犯人を見つけてください」


 聞き終えた坂本は、杉山に一言。


「……君はその子の恋人かな?」

「はい、先月から」

「そうか……なら、早急に犯人を見つけ出さないとな」


 そう言って、坂本は今度は高橋の方に向き直った。

 そして今気がついたのか、高橋の顔に貼ってある絆創膏を見て、キョトン、と首を傾げた。


「君、その傷はどうしたんだ?」

「……少し、転んだだけです」


 高橋は、悲しげに顔を背けた。

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