第三話

 大平おおひら源蔵げんぞうが都内の探偵事務所を訪れたのは、午後一時を過ぎてからのことだった。

 はたから見れば一軒家と変わりない探偵事務所は、所々黒ずんでいてどうにも古臭い。

 躊躇ためらいながらもチャイムを鳴らすと、すぐに「はーい」という返事が届き、ほどなくして扉が開けられた。


 現れたのは二十代半ばくらいの男性だった。

 先ほどまで眠っていたのだろうか、ボサボサの頭に、真っ黒のジャージという出で立ちだった。

 

「あの、昨日電話させていただいた、向坂というものなのですが……」

「ああ、話は聞いてますよ。どうぞ」


 すんなりと招き入れられ、向坂はそのままリビングへと案内された。

 だだっ広い空間に、机、そして椅子が二つずつ。

 部屋の奥の方にはガラクタだの何だのが押し込められていた。

 そんな中、向坂は机の上に置いてあるいくつかのビール瓶に目を向けた。


「お酒がお好きなんですか? 結構な量を飲まれているようですが……」

「ああ、いえ、これはお酒じゃないんです」


 そう言って、男性はビール瓶を自身の頭に叩きつけた。

 大平は予想外の出来事にギョッと目をいた。

 瓶は粉々に砕け、破片を床にばらまいていた。

 その突然の寄行に驚いた大平だったが、しかし男性は悪びれるわけでもなくただただ瓶の破片を見つめていた。

 ここで一つ、またも予想外のことが起こった。甘い匂いが漂ってきたのだ。

 この匂いは、と大平は男性に聞いた。


「……お菓子、ですか?」


「ええ」と男性は頷く。「ビール瓶の形をした飴です」


「何故こんなものを? というか、痛くはないんですか?」

「痛くないですよ。飴細工だからなんでしょう。最近、こういうものを集めるのにハマっていましてね。あの奥にあるガラクタも……まあ同じようなものです。助手は文句を言うばかりですがね」


 男性に促され、大平はきしむ椅子に腰掛けた。


「自己紹介が遅れました。私、この探偵事務所で探偵をしております、坂本さかもといつきと申します。以後お見知りおきを。助手の方から、今日依頼主が来るという話だけは聞いているのですが……」

「ああ、電話したのは助手さんだったんですね。今日は助手さんは……」

「外出してます。探偵事務所とは言っても、毎日依頼が来るわけではないですから、バイトをしないと生計を立てられないんですよ」


 そうした他愛のない会話のあと、坂本は腕を組んで身を乗り出した。


「それでは早速。依頼というのは?」

「ああ、はい」


 それに応えるように、大平も背筋をピンと伸ばした。


「私は、この近くの高校で校長をしているんです。ここから歩いて数分の……向ケ丘高等学校という場所です。そこで昨夜……生徒三名が亡くなっているのが発見されまして」

「ああ、今朝新聞で読みました。生徒が亡くなられたのは創業以来初めてのことだとか……」

「ええ、そうなんです」


 そうして、大平は事件の詳細を話し始めた。


 死亡したのは女子生徒三名。

 被害者の名前は井上いのうえ日和ひより高坂こうさかかおる外林そとばやしさくら……いずれも高校二年生だった。

 井上と高坂は中庭で、外林はB棟四階の廊下で死亡が確認された。

 犯人は未だ捕まっておらず、逃走中とのこと。

 

「井上と高坂の二人は屋上から落下して死亡した、と記事には書かれているのですが、そうするとおかしな点が出てくるんです」

「おかしな点?」

「ええ、この二人の頭部には、傷が二つ確認されています。もし落下して死亡したのなら、傷は一つだけのはずなんです。でも、二人には傷が二つ……前頭部と後頭部に深い傷があったんです。だから……」

「二人には落下してついた傷と、意図的につけられた傷がある、と」

「……はい」

 

 久遠は少し考える仕草をした後、向坂に問うた。


「ちなみに、外林という女子生徒は? こちらは他殺で間違いない、と新聞で読んだのですが」

「はい、彼女は他殺でまず間違いないでしょう。警察によると、轢殺れきさつだそうです。脳天に、他の二人と同じような傷が確認されています。外林の死体のそばに、犯行に使われたであろう金属製のつちもあったそうです。その槌で頭を殴られた、ということらしいのですが……」


 大平の言葉は少しずつ尻すぼみになっていった。

 大平の言いたいことを察して、坂本はその後の言葉をつむいだ。


「……つまり、あなたは三名を殺害した犯人は同一人物であると考えているわけだ」

「……その可能性もある、と私は思います」


 その言葉を聞いて、坂本は椅子を引いて席を立った。


「分かりました。この依頼、引き受けましょう」

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