第二話 

 先輩から名前を呼ばれた時、「またか」と杉山すぎやま大翔ひろとは肩を落とした。

 このまま帰宅してしまいたい衝動に駆られながら、しかし先輩からの呼びかけを無視するわけにもいかず、渋々といった様子で要件を問うと、両手を合わせてこんなお願いをしてきた。


「悪いんだけどさ、部室にユニフォーム忘れたから取りに行ってくれない?」


 この言葉を聞いた時、舌打ちをしなかっただけでも偉い方だろう。

 この人は補欠であろうと先輩は先輩。断れば何をされるか分かったものじゃない。


「分かりました。それでは、後で追いつくので先に帰っていてください」


 杉山は笑顔を作り、一緒に帰宅していた複数人にそう言った。

 混じっていた友人の、哀れなものを見る目に杉山は気がついていた。

 クルリと方向転換し、先ほど退出した野球部の部室へと向かった。


 時刻は既に十八時を回っていた。完全下校の時間はとうに過ぎている。

 先輩が自分で取りに行かなかったのは面倒くさかったというのもあるだろうが、大きな理由の一つは完全下校の時刻をすぎているからだろう。

 この学校では完全下校という制度が定められており、十八時までには学校を出なければならない。

 もしこの時間まで残っている生徒がいれば、反省文を書かされるか、部活動停止を言い渡されてしまう。


「そろそろ大会も近いからな……」

 

 反省文の方はまだいい。しかし、部活動停止の方は……。

 杉山としては、それだけはなんとしてでも避けたかった。

 

 誰にも見つからないよう祈りながら校内に侵入し、杉山は足音を立てないよう慎重に歩いた。

 やがて中庭まで来た時、杉山は奇妙なものを目にした。


「何だあれ……。あんなところで寝てんのか……?」


 遠目からだと、そこに何があるのかはよく見えなかった。

 しかし、誰かが横たわっているのだけはシルエットでなんとなく分かった。

 恐る恐る、杉山は近づいていった。


「……ッ」


 そこにいたのは、制服を着用した二名の女子生徒だった。

 頭から出血をし、その血液は現在も勢いよく流れ出している。


「お、おい! 大丈夫か!? 何があった!?」


 女子生徒を抱きかかえ、二人の頬を軽く叩いてみる。

 しかし、返答は一切返ってこなかった。

 携帯電話を取り出し、警察に通報しようとしたところで、突然真上から女子生徒の絶叫が聞こえてきた。

 杉山は驚いて顔を上げた。


 その声の出どころは、確かにB棟の四階あたりだった。

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