都内に事務所を構える名探偵はどうやら極端な気分屋らしい〜とある共学校で起こった女子生徒数名の殺人事件〜

伏見ダイヤモンド

第一話

 外林そとばやしさくらは永遠にも思える長い廊下をただ懸命に走っていた。

 普段運動をしていないせいだろう、少々の走りでこの息切れだ。

 額、背筋など、身体のあらゆる毛穴から冷や汗が吹き出した。

 走っているから、というのだけがこの汗の理由ではないだろう。

 現在、外林の感情は、恐怖心と焦りで埋め尽くされていた。

 肩で息をしながら、外林はひたすらに手を振り続けた。

 目に涙がにじみ始めた。


 あれはきっと見間違いだ。そうに決まってる。

 そう何度自分に言い聞かせても、先ほどの光景がなかなか頭から離れてくれない。

 トラウマになるほど鮮明に、外林の脳裏に焼き付いていた。


 ふと背後を見た。

 視界の端でそれを捉えて、外林は「ヒッ……」と短い悲鳴を上げた。

 そして恐怖で足がもつれ、その場で転んでしまった。

 慌てて立とうとし、しかし何故か足は動いてくれなかった。

 まるで血が流れていないかのように、何の感覚もない。

 そこにある足が自身のものでないかのような、誰か他人のものであるかのような、そんな錯覚まで起こした。

 

 「なんで……どうして!? こんなときに……ッ」


 何度叩いてみても、外林の足は微弱に震えるだけで全く機能はしてくれなかった。

 スカートの下から、真っ赤になった脚が見えた。


「……ッ」

 

 殺気、とでも言うのだろうか。

 言葉ではとても表現できないような何かを感じて、外林は思わず背後を振り返った。


 するとそれは、既に外林の真後ろに立っていた。


 振り上げているそれが手に持っているものは、金属製のつちだった。

 先ほども目にした、あの槌だ。

 思い出したくもない記憶が再び蘇ってきて、外林は表情をグニャリと歪めた。


「……なんで、どうして……」


 どこで間違えてしまったのだろう、と外林は危機的な状況でさえ呆然として考えていた。

 いや……こんな状況だから、なのかもしれない。

 確かなことは、それを見つけてしまったこと自体が間違いだったのだ。


 後悔が溢れ出たかのように、目元に溜まった涙が頬を伝った。

 槌が振り下ろされると同時、外林の意識は完全に途絶えた。



* * *



 岡崎おかざき慎太郎しんたろうは大口を開けて欠伸あくびをしながら、気だるげに校内を回っていた。

 警備員の職について、来月で十二年になる。

 この仕事にもいい加減飽きてきていた。

 

 一つずつ教室を見回り、残っている生徒の有無を確認する。

 そんな単純作業が退屈でないはずがなかった。


 A棟の見回りを終わらせ、岡崎はB棟にたどり着いた。

 そうして四階まで上がってきた時、何やら嫌な予感が岡崎を襲った。

 これまでに感じたことのないような……そう、違和感のようなものを岡崎は確かに感じ取ったのだ。


 これは……臭いだ、と岡崎は思った。

 鼻をつんざくような悪臭。思わず顔をしかめたくなるような、強い刺激臭。

 

「……鉄の臭い、か? なんでこんな臭いが……」


 ワケもわからぬまま歩き続けていると、やがてベチャリという音が聞こえた。

 右手に所持していた懐中電灯で照らすと、上履きが真っ赤に染まっていた。

 そしてそれは、床も同様だった。

 このあたり一面が、真っ赤な液体の海と化しているのだ。

 周囲を照らすと、その液体はどこかへ一直線へと進んでいた。

 

「……」


 恐る恐る、岡崎は血の跡を辿っていった。

 やがて発見したものは___。

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