idol

田中ソラ

本編

「美優たん今日も可愛かったぁ!」

「あんた相変わらずだね……今月何本行くの」

「無限に! お金が湧き上げるほどに私は美優たんに会いに行くの」


 雪野水月ゆきのみづき今月で18歳になる現役JK。私は18年生きて来た中で切り離せない大好きな人がいる。

 斎藤美優さいとうみゆ。通称美優たん。地下アイドルの5人グループDreamに所属するセンターであり桃色担当。笑顔が可愛くて一目で好きになった。顔も可愛いし歌もうまい。

 そんな彼女のことが大好きで、私はバイトを何個も掛け持ちして親に必死で頼み込んで扶養を抜けてまで働いていた。月に何本も行われるライブに行くため、チェキ会に行くために必死でお金を稼いでいた。


 そんな私の唯一と言っていいほどの友達 由紀ゆきちゃんは雪野の雪と彼女の名前の由紀がきっかけで仲良くなった。特にオタクなどしていない彼女だが私の推し活によく付き合ってくれた。美優たんが行ったカフェ、美優たんが着てた服。SNSにあがる全てのものをピックアップして何でも美優たんとお揃いにしてきた由紀ちゃん曰くガチオタらしい。


「バイトもいっぱい詰め込んでるんでしょ? 体壊さないようにね」

「分かってる! でもね、最近バイトよりもしんどいことがあるの……」

「どうしたの?」

「掲示板にね、美優たんが枕営業だって叩かれてるの」

「なにそれ」


 Dream含めた地下アイドルにはプライベートからファンのことまで色々なことが乗っている掲示板というものが存在した。私もよく掲示板を見るんだけどひとつのスレを見つけた。


 〝Dreamのセンター斎藤美優。枕営業説〟


 私は正直ショックだった。美優たんが枕してるかしてないかなんて別にいい。そんなことを思う下衆な奴がいることがショックだった。今月も沢山ライブに行くのにファンの中にそんなスレを立てた奴がいるかと思うと気分が悪かった。


 大好きで大好きでたまらない美優たんが傷つく姿なんて見たくないもん。


 必死にしていたバイトもそのことに引きずられて店長に珍しいとまで言われる始末になってしまって。由紀ちゃんに思わず愚痴をこぼしてしまった。


「美優たんより可愛くて人気メンがいるのにセンターなのはおかしい。プロデューサーに枕してるからだって。美優たんの努力も知らない奴にそんなこと言われるの悔しい!」

「酷いね……でも水月が気にしてちゃ美優ちゃんに伝わっちゃうよ。今度のチェキ会も何周もするんでしょ? ほら切り替えて」

「うぅ……由紀ちゃんお金払うから着いてきてぇ」

「嫌よ。おじさんばかりの空間に行くなんて。水月みたいに推しがいるから耐えれるなんてこと私にはいないのよ?」

「そうだよね……」


 正直気持ちの切り替えはまだできそうにない。スレはどんどん過激な発言で埋まっていくしこのスレを美優たんの目に入るのも多分時間の問題。直近のライブまで残り3日。

 切り替えできるかな……。




 ライブ当日。私は熱気あふれたライブハウスの中で必死に桃色に光るペンライトを振っていた。

 四方八方汗臭いおじさんばかりだけど我慢我慢。美優たんを見れるためなら私は頑張れる。珍しい女オタクってことで最善管理をしてるみゆりんちょさんとは仲良くなれて前の方に入れることも増えたから大男に揉まれても美優たんのことを見ることができた。0ズレでレスを貰えることができた週は最高にバイト頑張れた。


「美優たん!」「レミー!」「レミたーん!」「のんちゃん!」


 美優たんのことを呼ぶ人は少ない。黄色担当のレミちゃんが最近SNSでバズって人気沸騰している。緑色担当ののんちゃんも数はレミちゃんほど多くないけど日に日に増えてる。でも美優たんの魅力を知ってる人は少なくてもいい。私がいっぱいお金落とすから!


 ライブ終了後は物販とチェキ会。ライブTにタオル。そしてチェキ券。私が通い出した2年前よりも美優たんのチェキ券を買う人はどんどん減ってる。美優たんは基本的に接触禁止だから男性ファンからしたら面白くないらしい。この前の時、隣でレミちゃんの足をべったり触ってる人がいてびっくりしたし、それを止めないスタッフにもびっくりした。

 地下アイドルなんてグループによれば無法地帯だ。正直美優たんが接触禁止で良かった。気持ち悪いオタクに触られてるとこ見ると気分が悪くなる。


「美優たん!」

「水月ちゃん! 今日も来てくれてありがとうね」

「今日もとってもかわいかった! 一番輝いてた」


 何回も通ったら美優たんは覚えてくれた。今日もかわいい、一番輝いてたって言うといつも頬を染めて照れてる。それが可愛くて、本音だけど毎回言ってる。

 だけど今日は美優たんを近くで見ると掲示板に書かれてた枕営業説が脳裏に浮かぶ。本当じゃないって信じたい。でも……。


「水月ちゃん? どうかしたの?」


 チェキを撮った時、写っている私が浮かない顔をしていたのだろうか。美優たんは私の顔を覗き込む。最高に可愛い。


 可愛すぎて堪らない。もうやばい。考えていたことなんてすぐに吹き飛んでしまう。


「なんでもない! また来るね!」


 チェキ券はあと4枚持ってる。今度はもっと笑顔でチェキ撮れるようにしないと。

 少し並ぶのに疲れてトイレに行こうと向かっているとひそひそと何かを話している声が聞こえた。男子トイレの方だ。こっそり聞き耳を立ててみると美優たんのことについて話しているようだった。


「美優ってほんとに枕なんかな?」

「でもレミの方が人気あるのにセンターなのおかしくね? 枕しかありえないだろ」

「去年とかは美優の方が多かったじゃん。これから変わるんじゃね?」

「でもさこれ見て。この裸の流出、ほくろの位置が美優と一緒らしいぜ」

「うわマジじゃん。ファンとか接触禁止なのにやることやってんのな」


 気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い。

 どうしてそんなこと言うの。本当のことみたいに決めつけないで。美優たんの口から声明が出されるまで私は信じない。やだ、絶対にいやだ。



 私はそれからあまりDreamのライブに行けていない。

 美優たんに会いたいのに、美優たんの話を聞く度に気持ち悪くなる。全員が美優たんのことを下衆のような目で見ているような気がしてライブに行けない。SNSだって離れていた。


「水月大丈夫? 最近ライブ行ってないんでしょ?」

「……うん。美優たんには会いたいのに、会いたいのに!」

「そうだね。うん、そうだよね」


 今まで出ることのなかった涙が溢れる。美優たんのことで涙を流すことは嬉し涙しかなかった。

 大きな箱が決まった時、深夜ドラマに出られた時。センター曲が増えた時。ファンが増えて、嬉しそうな顔をしている時。2年間全部見て来た。美優たんだけを見つめて来た。

 こんなことで、こんな形で美優たんから離れるなんてできない。


「私、今度のライブ行ってくる。もう美優たんに2か月も会ってないもん。忘れられてるかもだけど、会わないと」

「……私も、着いていくよ」

「え? いいの?」

「いいよ。その美優ちゃんって子も、一回会ってみたかったしいい機会だよ」

「ありがとう! 美優たん本気で可愛いから惚れてね!」

「はいはい」


 私はいつものようにファンクラブでチケットを取る。整理番号は8番。前の方に入れるだろう。久々に美優たんのために着飾る。メイクをして、髪を巻いて。ライブTシャツを着て。ラババンを手に付けてペンライトを持てば準備万端。

 当日は駅で由紀ちゃんと待ち合わせしている。Dreamのファンは基本ライブTシャツを着ている人が多いので由紀ちゃんにも過去のTシャツを貸した。駅にはめちゃくちゃ可愛い由紀ちゃんがいた。


「え。可愛すぎる」

「水月の推しに会う日だからね。気合い入れてみた。どう? 推し変しそう?」

「それはない」

「即答すぎ!」


 ライブハウスまで誰かと行ったのなんて初めてで新鮮な気持ちだ。

 ライブハウスの近くにはすでにたくさんの人がいて並んでいた。整理番号1から3を持っている人は私が通っていた時から変わっていない。開場時間になって中に入り、いつものようにみゆりんちょさんに声をかける。Dreamは変わってて二列目でも最前管理の許可がいるんだ。


「お久しぶりです。ここいいですか?」

「水月ちゃん。最近見なかったから降りたのかと思ってたよ。隣は友達?」

「はい」

「大丈夫だよ。入って」

「ありがとうございます」


 許可を貰い何か分からず戸惑っている由紀ちゃんと共に最前ドセンの後ろに立つ。この景色はいつまで経っても変わらない。わくわく、ドキドキがこれから待ってるんだ。

 いつもならそのまま何も話しかけてこないみゆりんちょさんが、珍しく声をかけてきた。


「水月ちゃんは美優ちゃんが変わったところ知ってる、よね?」

「え? 何がですか?」

「知らない、んだ。そっか」


 含めた言い方をして最前の人と話すみゆりんちょさん。美優たんが変わった?

 どういうことなの。そしてその悲しそうな顔はどういうことなの?


「水月大丈夫?」

「うん……」

「色んなこと考えるのは、終わってからにしようね」

「そう、だね」


 ライブが始まって、私は驚きでメイクが崩れるのに思わず目を擦ってしまった。


「笑って、ない」


 あれだけ輝く笑顔を浮かべていた美優たんが一切笑わなくなっていた。主張するように桃色に光るペンライトを振っても、返ってくるのは無の表情のみ。なんで、どうして。

 私が通ってない2か月の間に何があったの。


 頭が混乱してしまって、隣にいる由紀ちゃんの手を握る。由紀ちゃんはびっくりしてたけど強く握り返してくれた。多分、私が話していた美優たんと全く違うから異変を感じたんだろう。


「レミー!」「のんちゃん!」「あすかー!」「ゆきねー!」


 美優たんを叫ぶ声は他メンを叫ぶ声で遮られる。周りを見渡すと美優たんのファンは私を含めて15人ほど。この箱のキャパは100人。圧倒的に少なくなってる。

 美優たんのセンター曲もほとんどがセトリ落ちしていて、聞いたことない新曲ばかり歌われている。こんなの、こんなDream私は知らない。


「水月。あの美優ちゃんは、どうなの?」

「違う。私の知ってる美優たんじゃない」

「そうだよね……聞いてた美優ちゃんと全然違うもの」


 私は事のあらすじを聞くべく、物販を買い終えたみゆりんちょさんを摑まえる。


「みゆりんちょさん!」

「……水月ちゃんは、どう思った?」

「いつも通り可愛かった……じゃなくて、何があったんですか? この2か月で」

「ごめん僕の口からは話したくない。でも美優ちゃんはもうすぐ解雇されると思う」

「え」


 ゆきりんちょさんの顔に嘘はない。斎藤美優になってからも、その前もずっとずっと美優たんのことを推してきた彼が言うんだ。多分事実。

 美優たんのファンが減ってるのも、美優たんが笑わなくなったのも理由がある。


 チェキ会には、並べなかった。美優たんとどう顔を合わせればいいか分からなかったから。

 由紀ちゃんには後悔しない選択肢を、って言われたけど正直どうすればよかったか分からない。美優たんはあの頃から変わってないかもしれないし変わってるかもしれない。


 でも私の知ってる笑顔の輝く美優たんはもう、どこにもいない。

 この事実が苦しかった。家に帰って過去のチェキを眺める。ハートを作ったりピースしたり。接触禁止の美優たんとのレパートリーは少なかったけどどれもかけがえのない思い出だ。

 私は意を決して例の掲示板を開いた。


「なに、これ」


 斎藤美優と調べると沢山のスレがあった。そして沢山のURLも。

 踏んだら後悔する。見たら後悔する。分かってるはずなのに真実を確かめたくて私は震える指でURLを押した。


「うわぁぁああああ!」


 そのサイトには美優たんの笑顔が消えて行く動画が載っていた。

 私の顔は涙でぐしゃぐしゃになった。




 それから美優たんは事務所を解雇されグループを辞めた。斎藤美優のその後は、誰も知らない。

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