第7話 『SOCIUS』の脆さ


 ノース市OSDG地元最強のイケ親父が負け騒然とする会場。


「お前さんたち名前は?」


「……自称だけどプロで活躍している『SOCIUS』」


「なるほど。魔宮ダンジョンをクリアした『SOCIUS』か。まさかとは思ったが本物だったとは……最も公認プロに近いとされるお前さんたち相手なら何度やっても結末は変わらないか……俺の完敗だ」


 イケ親父の敗北宣言に湧き上がる会場。

 檀上を降りて金髪で明るい女の元に行く二人。

 近づいてくと隣にはピンク色の髪をした十代中頃の少女も一緒に居ることに気付くいた田村が二人に手を振る。


「お疲れ様! ここで見ていたけど余裕がある攻略だったね!」


「まぁな。結構前にやり込んだDG(Dungeon Game)の一つだからな」


「それにしてもお嬢さん。射的の腕前超凄いんだね!」


「ありがとうございます」


「お母さん見てて感動したよ」


 ぎゅ~と田村に抱きつく女に野崎は「いいなぁ~」とボソッと呟く。

 それを横で眺める少女の顔は引きつっている。


「お姉ちゃんいつからそんなおばさんキャラになったの?」


「今日から☆」


「えっ!? お姉ちゃんだったの!? あといい加減離れて苦しい……から」


「あぁ~ごめん、ごめん、うっかり首絞めてたね」


 反省の色が見られない笑みを浮かべる女。


「うっかりで首絞めるな! 後離れ際に胸揉むな!」 


「アハハ! バレたぁ? ってことで立ち話も何だし近くのカフェでお茶しながら話そうじゃないか! この子の仇取ってくれたお礼に私が奢るよ!」


 そう言われ目と鼻の先にある”スターカフェ”に案内される野崎と田村。

 適当にキャラメルラテを頼む野崎とカフェモカを頼む田村。

 どちらもアイスだ。

 親子ではなく年が離れた姉妹はブラックをそれぞれ頼み四人席に座る。

 ブラックの一つに女は砂糖と何かを入れてマドラーで混ぜて妹に渡す。


「自己紹介がまだだったね。私は高橋愛奈。それでこっちは妹の椎名だよ」


「初めまして。先ほどはありがとうございました。妹の椎名です」


 座ったまま頭を一度下げる椎名は愛奈とは真反対の性格なのか礼儀正しくて大人しい印象が特徴的。


「お二人はOSDGを離れたと噂で聞きましたがまだやっていたのですね。おかげさまでノース市で有名なおじ様に黒星が付いて良かったです」


「そもそもなんで椎名ちゃんがOSDGの大会に出てたの?」


「得失点差のポイント制で順位が決まる大会がちょうどあるからと言われ今後OSDGの経験も必要だと思うし参加していったら? 相手を知るのも勉強だよ! と言われスタッフに成りすました人に半ば強制的に参加させられました」


「半ば?」


 ん? その言葉に心辺りが生まれた野崎の視線と、


「強制?」


 あれ?

 その言葉って……。

 私たちにも当てはまるようなと確認の意味を込めた田村の視線が、


「んっ? どうしたの急に私を見て~?」


 同時に愛奈の方へ向けられた。


「はい。お姉ちゃんです」


「「やっぱり……」」


 二人の予想は見事に的中した。

 詳しい話しを聞かなくても状況がイメージできてしまうために二人は心の中で椎名に同情する。

 ちらりと野崎が向けた視線に気づき愛想笑いをする椎名。


「でもなんで妹をOSDGに参加させたんだ? 経験だけなら大会じゃなくても良い気がするけど?」


「そうです。見た所椎名ちゃんは運動苦手そうですし」


 野崎と田村が椎名を庇う発言をしたことにわざと驚いて見せる愛奈。


「そっかぁ……二人にはそう見えるんだ。まぁ本物のプロじゃないし仕方ないか」


「どういう意味ですか?」


「ん~まだわからないかな? もし私からアドバイスをするなら……そうだね~本当にプロを目指すなら情報収集は念入りにした方がいいかな~。でないと今日のあの親父のように突然の黒星が付いちゃうかもだよ~」


「うん?」


「椎名? 見せてあげて」


「でも……」


「隠してもいずれバレる。なにより私たちだけ知っているのは不公平だろうからね」


「……わかった」


 二人の目が突然青と赤色に光り出す。

 通称青眼ブルーアイズ赤眼レッドアイズ

 ダンジョンマスターゲームこのゲームで多くのプレイヤーが憧れる特殊効果を持つユニークスキル。

 色によって効果は異なるがアイズを今持つのは公認プロ即ちセントラルパーク社が管理するセントラルダンジョンランキング入りを果たした者であることを証明する。年収1500万以上で社会的地位が現実世界とゲーム世界のどちらにもあり勝ち組の証拠でもある。


「端的に言えばExtraArticulusシリーズの対戦相手だよ☆ SODG中に対戦相手依頼承認したからもうそろそろ連絡来るんじゃないかな~。ちなみに今二人が見てる私たちサブ垢だから容姿が違うとかはなしね♪」


 満面の笑みでブイサインを見せる愛奈。


「一週間後是非お手合わせお願い致します『SOCIUS』の野崎さん田村さん」


「うん! 二人共ヨロピコね~。私たち『アイドル』の得意分野はArticulusシリーズと繋がりがあるrexシリーズだから対策も忘れずにね。でないと今日の二人みたいに圧倒してすぐ決着が着いちゃうかもだからさぁ~」


 rexシリーズの総合大会で二年連続優勝。

 大会中黒星を付けることなく優勝した彼女たちは『アイドル』とは別に『アイドル彗星』の異名を持つ。


 ようやく大空があの時詳しい情報をすぐに教えてくれなかったのかがわかった。

 彼女たちに試されていたから。

 もっと言えば勝負するに値する実力があるか試されていたからと結論を出した。

 そう考えれば色々と納得がいく半面まだまだ世間的に見れば弱者であることに軽い苛立ちを覚える二人。


「まぁ~気持ちはわからなくもないけどね」


 負けず嫌いの田村を見て諭すように愛奈が言う。


「私も若い時は知らず知らずのうちに感情が表に出て勝てる試合も負けたさ」


 なにかを懐かしむように遠くの方に視線を向けて続ける。


「でもね。その経験があるから今があるんだよ。ごめんね、駆け引きのつもりだったんだけど君たち相手にはまだ必要ないみたいだね」


 その言葉を聞いて机の下で握られた拳は震えていた。

 野崎は言い返せなかった。

 過去の実績も今の実力も対戦しなくても相手の方が格上だとわかるぐらいに実力がかけ離れていると直感でわかってしまったから。

 公式サイトで見るのと実際に会ってだと相手の雰囲気が全然違う。

 逆にこの状況を利用してぎゃふんと言わせてやる!

 と、意気込んでいた自分は遠い過去の自分となってしまった。


「ごめんなさい、お姉ちゃんが酷いこと言って」


 崩れかけたポーカーフェイスを必死に取り繕って答える田村。


「ううん。大丈夫だよ」


 その声は震えている。


「私たちの眼も相手の力量を正確に測れる実力はまだないんです。あくまで相手の様子や態度言葉遣い後は実際にゲームをしている場面を見てそれらを脳内で補完し統合しているに過ぎませんから」


 その後の言葉は聞かなくてもすぐにわかった。

 なによりその言葉の裏に隠された意味に二人の自信は打ち砕かれる。


【私たちは『SOCIUS』を過大評価していた】


 ただでさえ格下と思っていたが、それでも過大評価していた。

 そう言いたいのだと知った瞬間、野崎の口から無意識で言葉が出てくる。


「そっかぁ。でもOSDGなら俺たちの方が強いのは事実だから。少なくとも椎名のプレイングを見てそう思った」


 記憶の中の椎名のプレイを思い出しながら。

 強い椎名ではなく苦手分野で弱い椎名に向けて言葉を選んでいく。

 野崎は目を開き驚く田村の手をさりげなく握る。

 お互いの温もりが手を通して伝わり安心感となる。

 なによりすぐ近くに頼りになる味方がいると言う事実が勇気をくれる。


「でもrexシリーズなら俺たちは『アイドル彗星』が言う通り弱者だと思う。だけど勝負するのはOSDGでもrexシリーズでもないArticulusシリーズ。だから――」


 直感。ここで大人しくしていたらダメだと思った野崎は自分をペテンにかける。

 噂通り愛奈が相手の感情を読み取り駆け引きを得意とするプレイヤーなら。

 

「――Articulusシリーズで俺たちがどうかについて正確に判断するのは難しくて当然だと思う。俺は理紗となら一番になれる自信がある!」


 少なくとも相手の期待に応えれるぐらいの弱者では居たいと思ったから。

 それが『SOCIUS』の野崎としての最低限のプライドだった。


「そうだね。私たちが弱いから負けるってわけじゃないよね。確かに私一人だと弱いかもしれないだけど刹那となら『アイドル彗星』に勝てるかもしれない!」


 それが『SOCIUS』の田村としての最低限のプライドだった。

 刺激された感情は静かな闘志となって燃え始める。

 首を縦に動かし共感してくれる田村の言葉に背中を押されて自然と出る笑み。


「あぁ、理紗の言う通りだ」


 お母さんのように暖かい目線でそれを見守っていた愛奈が「うんうん」と頷きながら近くに置いてあった紙ナプキンを手に取って、


「お母さん不器用ながら前向いて歩いていこうとする二人に感動しちゃった」


 涙を拭きながら喜ぶ。


「だから一回だけrexシリーズで勝負しましょう。それでお互いに得意分野のプレイングを直接見たってことで。どうする? 勝負に乗る? 降りる?」


 思いがけないタイミングでの勝負のお誘い。

 普段なら幾らお願いしても相手にすらしてもらえないような存在。

 そんな者からのお誘いは――。

 負けず嫌いで闘志に火が付いたばかりの田村の魂を刺激する。

 弱者でありながら立ち向かう目になった田村の熱い鼓動が手を通して伝わる。

 それを感じ取った野崎は頷くことで同意する。


「面白い。その勝負乗ります!」


「そうこなくちゃ! 椎名もいいよね?」


「うん。てかお姉ちゃん」


「なに?」


「私のコーヒーになに入れたの?」


「おしっこ行きたくなったの?」


 恥じらいながらコクリと頷く。

 羞恥心が高まり周囲の目を気にしてモジモジし始めた椎名の顔は赤面している。


「飲んで欲しいの?」


 椎名の下半身に視線を向けて真面目な顔で言う愛奈。

 その言葉に益々恥じらいを感じてしまう椎名は男の野崎から見ても女の田村から見ても可愛いかった。


「な、な、なんでそうなるの! 勝負の前に普通にお手洗い行かせてよ!」 


「ゲーム中にお漏らししてもお姉ちゃん的にはオッケーだよ?」


「色々アウトだよ!」


「そう? なら一緒に行く?」


「い、行かない!」


 冗談を言っている間も椎名の限界は近づいている。

 様子を見るにそろそろ本当に限界を迎えそう。


「冗談よ~。なら待ってるから行ってらっしゃい」


 再度頷き席を離れる椎名は早足でお手洗いに向かう椎名の背中を見て気の毒に思う野崎と田村。

 会って間もないが愛奈は悪戯好きらしい。

 それも女の子限定で?

 そんな疑惑が野崎と田村の中で生まれた。

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