第2話 The dungeon(地下牢)の秘密


「……やる気うせた……あとヨロピコ~」


「ちょちょちょっと待ってぇ! 勝手に付いてきてそれはないだろ?」


 新作ダンジョンと聞いてワクワクしていたのは過去の話し。

 既に期待外れと言う評価を付けやる気をなくす田村を止める野崎。


「……だってこれ武器集めてボス倒してクリアのお決まり……」


「まぁ……気持ちはわかるけど……せめてここまで来たら最後まで付き合ってくれない? 流石にここに置いて行く身にもなって欲しいんだが?」


 今まで数多くのダンジョンを攻略してきた二人。

 そんな二人はダンジョンを見た瞬間に、これは面白そうやこれは微妙そうと言うのがなんとなくわかる。

 熟練者の域に達したからこそ抱える悩みの種だけに共感はできる、が。


「なんとなく雰囲気が今までと違う気もするから頼む、な?」


 その言葉になにを思ったのか田村の目に僅かばかりの光が宿った。


「ふ~ん、なら後ろ付いて行くだけね」


 田村が頭脳型とするなら野崎は直感型。

 理屈が通じるダンジョンは田村の得意分野であり理屈が通じない賭けに似たダンジョン攻略は野崎の得意分野と二人のダンジョン攻略適正は真反対の所に位置していた。


 そんなわけで、ダンジョン攻略開始。




 ごつごつとした岩で作られた部屋をトーチの火が暖かく照らす。

 耳を澄ますが人の気配はない。

 部屋は狭く使えそうな道具はない。

 あるのは古びた椅子二つと長方形のテーブルが一つ。

 壁には”巡回報告書”と書かれたファイルが棚に入れられているが中身を見ることはできない。

 同じく”五十を超えた先に”と書かれたファイルもあるが同じく中身を見ることはできない。

 他には”Vinculm rangⅤ”や”arcusの極意”や”答えは天にあり”と言った全く持って意味がわからないタイトルのファイルがあった。


「ちぇ~暇つぶしに読もうと思ったのにこれ全部見れない装飾オブジェクトなんだ」


「みたいだな。とりあえず行ってみるか」


 部屋を出るため扉に手をかざすと勝手に開き道が出現する。




 部屋を出ると湿気が多くジメジメとした環境が待っていた。

 洞窟を照らすトーチと一本道。


「ん? なんだこのHPゲージ(百)と攻撃力零の表記は?」


「私も出たよ。どうやら部屋を出たのとリンクしているみたい。それになんだろう絆五と残四って……不気味?」


「と、とにかく進むか。制限時間は特に今は気にしなくていいだろう」


「……だね~」


 緑色のHPゲージは体力。

 これがなくなるとゲームオーバーなのはすぐに予想が着いた。

 当然制限時間三十が零になってもゲームオーバーだろう。

 問題は残四と言う謎の表記。

 死んでもコンテニューできる回数だろうか?

 そもそも攻撃力零ではダメージが与えられないため無駄死にするだけ?

 なら絆の意味は?


 歩を進めていくと壁部屋に幾つものカタコンベの跡。

 足枷と骸骨……そして武器。


「長剣+三?」


 ふとっ、足を止め中を確認すると武器が見えた。

 出入口は既に壊れている。

 野崎が身体の方向を変え牢屋の中に一歩入ったタイミングで「待って!」と田村が手を掴み止めてきた。


「……まだ敵がいる感じはしない。探索優先にしよ?」


 反論することなく、気になる長剣を無視して他の地下牢屋を見て回ることにした。

 それは田村に対する信頼から。つまり田村がダンジョンの仕掛けに興味を持ったわけだ。頭の中で独自の数字が弾かれあらゆる角度から情報分析が行われる。


 ダンジョン攻略において冷静な判断力と空間把握能力は大きな武器である。

 一つのミスが命取りになるダンジョン攻略において。

 正攻法で初見百パーセントクリアは存在しない。

 だけど初見クリアを可能な限り百にすることはできる。

 ゲーム。

 それが人が作り出した物であるなら制作側の人間は攻略法を知っている。

 言い方を変えれば――攻略法が存在する。

 先日の魔宮ダンジョンのクリアも田村の力あっての物だった。

 あれは野崎だけでも田村だけでもクリアできなかった。

 二人の長所と信頼関係が可能にした努力の結晶でもある。

 そんなわけでここは田村に譲る野崎。


「不規則な数字……統一性がない……」


 牢屋の中には先ほどと同じく武器や防具が落ちている。

 そこに表記された数字は+二、-三、+六、×三、-十、/四、×一、+二、/六、……とよくわからない。

 集中して歩いていると視野が狭くなる。

 人間である以上仕方がないことだ。


 逆に集中していない者は視野が広い。

 なにやら違和感に気づいた野崎……数秒後。


「理紗! HP!」


 野崎が叫び、ようやく気付く事実。


「歩く度にHPが減っているぞ」


「えっ!?」


「これは気づきにくいな……」


 だけど。


「私減ってないよ?」


「マジ? 俺半分近く減ってんだけど?」


 どうやら野崎だけにダンジョンギミックが発動したらしい。


「…………」


 腕を組み集中する田村の瞳が閉じられる。

 ぶつぶつとなにかを言っている。

 モンスターの気配はまだない。

 野崎と田村はずっと一緒に居た。

 それなのに野崎だけに発動したギミック。


「時間制か?」


 と、一瞬考えたがそれなら自分だけは可笑しいと野崎は田村の答えが出るのを静かに待つ。制限時間は残り十とかなり減っている。普通に考えてゲームの半分以上の時間を経過していることから時間制の場合は既に発動していないと可笑しい。


「しばらくここに居て。一本道だから私が動ける間に少し遠くの方まで見てくる。もしかしたら回復アイテムや解毒薬があるかもしれない」


「頼む」


 背中を見せて田村が走ろうとした瞬間だった。

 野崎の背中に悪寒が走った。


「やっぱりその前にゆっくり歩いて離れてくれない?」


「えっ? うん。まぁいいけど……」


 一歩、一歩、一歩、とゆっくり離れる田村。

 その時だった絆の数字が五から四になった。

 二人の距離は丁度二メートル程度。


「あっ……」


「だな……」


 これで一つの疑問が解決した。

 絆は二人の距離。

 恐らく二人が離れてもいい距離だろう。

 それ以上離れたら強制ゲームオーバーの可能性が高そうだ。

 それともう一つ。

 時間が一減った。

 体感にして一分。

 つまり一分で一減ると考えた場合二人に残された時間は九分。


「なるほど。俺たち宛てのURLだったのはこういうことか」


「……絆が私たちの距離。となると、……」


「試しに一度取ってみるか?」


「うん。どれでもいいよ」


 右の壊れた牢屋には短剣+二、左の壊れた牢屋には弓+四、がそれぞれ落ちている。


「なら男らしく短剣だな!」


 意気込む野崎。


「やっぱり弓にしてくれない? もしかしたらこのダンジョンの攻略ギミック分かったかも」


「ふむっ……そういうことなら合点承知の助だぜ!」


 冷たい視線は無視して余計なことはこれ以上言わないように気を付けて左の壊れた牢屋から弓+四を拾う。

 残四が残三になる。


「おっ! 攻撃力が四に上がったぞ!」


 残り制限時間は七。

 喜んでばかりはいられなかった。


「やっぱり……arcusは弓なんだ。なら次に必要なのが五十……」


 ――残り五分。


 ――……田村はここに来るまでに見た牢屋の中にある武器は全て暗記している。

 長剣、短剣、ランス、弓、ハンマー、盾、ハンドガン、ライフル、ロケットランチャー。


 そして武器が綺麗な状態ほど+や×の四則演算の記号が付いており劣化や破損している物ほど-や/が付いていた。四つの記号しかなく、野崎が弓を手にして攻撃力が上がったことから不等号の持つ意味はそれしかありえない。

 答えが最初に用意されていたとするなら、さり気ない最初の時間が全てだと言うなら……答えは簡単だ。


 ――――……。


 時間だけが経過していく。残り二分弱。


 自慢の記憶力を頼りに最小限の歩みで田村が野崎を弓の武器が落ちている牢屋部屋に案内する。×(かける)三そして+(ぷらす)三最後に×(かける)四。田村の狙い通り野崎の弓が攻撃力六十まで上昇した。

 野崎のHPは残り二割と少し。

 田村は扉に触れていないからか牢屋に入っていないためかわからないが満タンである。後はボスがいるまで行くだけ。

 それともボスがいるまで行くだけと言うのが正解だろうか。


 最初の部屋。

 そこの棚にあったファイルの名前に答えはあった。

 野崎が天井に向けて矢を放つとダンジョンの崩壊に合わせて天井からボスモンスターが落ちてきた。残り制限時間は一分。HPは五十。ミノタウロスと表記された横にプレイヤー攻撃残り回数一とある。ミノタウロスの出現に合わせダンジョン崩壊が止まり、攻撃してくる気配はない。退路は崩壊した岩に埋め尽くされ存在しない。既にカウントダウンの数字はいつ零になっても可笑しくはない。

 勝利を確信して野崎が再び弓を使って矢を放つ。



 ――制限時間零。



 どっちが早かったか。



 カウントダウン……それとも……攻撃?



 …………。



 さぁ、どっちだ…………。



 息を呑み込みジャッジの結果を待つ野崎と田村。



 そして、決着の刻が訪れる。


 ダンジョン全体から聞こえる『congratulation』と言う機械音に二人の緊張の糸がほどけ顔に笑みが宿った。


「「やったー! クリアだ~!」」


 思わず抱き合う二人はその場で何度も跳ねる。

 顔には出さなかったがお互いに制限時間の心配は常にしていた。

 その緊張の糸が功を報いて切れたことで嬉しさが全面的に表に出たのだ。


「ほら~見なさい! 私を連れて来て正解だったでしょ!」


「勝手に付いて来たくせによく言うよ、まったく」


「もぉ~! 少しは褒めてよ! 誰の笑顔が見たくて頑張ったと思ってるのよ!」


「わりぃ~、わりぃ~、でもありがとうな」


 野崎が田村の頭を優しく撫でると無邪気な女の子の笑みがそこにあった。


「えへへ~、やっぱり刹那が言うように未知のダンジョン攻略って楽しいね♪」


「だろぉ? これこそ――」


 と、攻略の余韻に話しが弾む二人の笑顔に水を差すように。


『攻略おめでとう! 流石は『SOCIUS』だ。名前の通り語学には知識があるらしい』


 いつの間にか再構築されたダンジョンの奥から声が聞こえてきた。

 二人の心境が喜びから警戒に変わる。

 暗闇を照らすトーチの灯りが教えてくれる。

 人影がゆっくりと近づいて来ていることを。

 ゴクリ……。

 思わずゲームの世界だと言うことを忘れてしまいそうになる二人は直感でわかってしまった。

 これからなにかとんでもないことが起きると。

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