第9話 二つの覚悟
「ほー俺が必死こいて部活してる最中にお前はそんなことしてるのか」
今は学校の昼食中。蓮から誘われた時には正直驚いた。ここ最近蓮は部活動の連中とよくつるんでいる。お互い弁当を突っつきながら久しぶりに蓮と話す機会があったため、俺が今やっていることを相談してみたのだが……
「いいよなー薫は。こっちはむさ苦しい野郎ばかり、唯一の女子のマネジャーもとんでもないゴブリンときた。それに比べてお前は、鷹ノ宮のそれはそれはお可愛いであろう女の子と小さな猫を公園で育てる?ちょっと漫画すぎないか?不公平だ」
弁当の唐揚げを一口で頬張りながら羨ましそうな視線を向けてくる。
さっきからこんな調子だ。
「あのなーさっきから言ってるけど、俺の話聞いてるか?」
「ああ聞いてるっつーの。お前の自慢話は」
「聞いてねえじゃねえか」
俺が蓮にこの話をしたのは他でもない。あの日からずっと心に引っかかっている琴葉の涙の理由を知りたいからだ。情けない話だが俺は女性経験なんてものはこれっぽっちもない。それに比べて蓮は他校の女子から告白されるほどの人気と付き合いのある経験がある。何かしら理由がわかるのではないかと思ったのだが……
「あのなー薫、女の子が特に理由もなく泣くわけないだろ?」
「そんくらいはわかってる。だからその理由を知りたくてだな…」
「んなもん、俺がわかるわけねーじゃねえか」
「なんでだよ」
「いくら俺がお前よりモテて、人気があってかっこいいからってな、女の子全員の気持ちなんて100%理解できるわけないんだよ。知らない人なら猶更な。それなのに向こうは察しろなんて無理難題を吹っかけてくる。何か一つミスれば全部が崩れるんだ。そんなもんなのさ、学生のおままごとみたいな恋愛なんて」
何やら話が脱線しているような気がする。
「なにが言いたいんだよ。お前、本当に俺の話聞いてるのか?」
「残念だけど俺にその人が泣いた理由なんてわからない。それは自分で掴むしかない。つまりな、薫がまじでその人のことを知りたいって思うなら、それを知って全てを受け入れる覚悟と全てを失う覚悟を持たないといけないんだよ」
箸を止めた蓮は俺の目をまっすぐに見てそう言った。
「全てを失う覚悟?」
「そうだ。お前が知りたいって思ってることはもしかするととんでもないパンドラの箱かもしれないんだ。相手にとって絶対に触れられたくないもんかもしれない。お前だってあるだろ? もしもそうだったらお前はこの1か月の全てを失うんだ。その覚悟だよ」
蓮の言葉は珍しく軽くはなかった。
あの時、琴葉さんが自分の涙を隠した理由。もしかするとそれは彼女にとって辛い過去であるのかもしれない。自分が忘れたいと強く願う事ほどはっきりと記憶に残っているものだ。俺にだってないわけではない。
今のこの生活は俺にとって特別だ。さくらの体は少しずつ大きくなっていっている。たまにしか会えない琴葉さんとのあの時間は心地が良い。
だからその全てを失うのは怖い。上辺だけの関係だとしても簡単に手放せるほど安くはない。
ならば俺は、何も知らない、気づいていない、見ていない男を演じてあの世界に再び戻ればよいのか。あの顔をあの涙をあの言葉をなにも見なかったことにして、とぼけ続ければよいのか。
いや、それは違う。間違っている。
俺が見た琴葉さんにあの涙は似合わない。
俺の書いたあの絵にそんな感情は必要ない。
だったら、俺がやらないといけないことはただ一つだ。
「よし」
俺は弁当を片付け、立ち上がる。
「戻るのか?」
「ああ、ありがとな蓮」
「あ?」
「おかげでやることが見えた気がする」
「ふーん…なにする気だよ」
「あれを完成させる。そんでもって琴葉さんに見せる」
「あれってお前、本気かよ」
「もちろん、そんじゃ」
俺はそのまま教室に戻った。
構想を練り直さないといけない。
白紙のルーズリーフを取り出し、作業を進める。
いつもはうるさいと感じる昼休みの周りの雑音が今日だけは全く聞こえず、ただ心地の良いBGMのように聞こえ、俺はいつもの世界に入り込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます