#2

 乱暴に自室の扉を開けた俺は、後ろに続く俺もどきが部屋に入ったのを見計らって腕を引くと、そのまま壁に押さえつける。


 この体格差で壁に追い詰めたところで力量諸々違いすぎることは承知の上だが、それでも色々と納得がいかない俺の怒りの矛先はここにしかない。


「体、元に戻せよ」

「えー、気に入ってたのに」

「ざけんな!……どれだけ苦労したと思って」


 自分の言葉で翔太との時間を思い出した俺は、言い足りない文句を頭の中に何個も思い浮かべて口を動かすと、哀は俺の顎をそっと掬い上げて唇を重ねた。


「ごめんってば」


 緩やかに目を細めて見下す彼女に一瞬でも心臓が跳ねたのが憎らしく、俺は「ちゃんと謝れ」と語気を荒くする。


「ねぇお兄ちゃん……翔太さんのキス、上手かったでしょ?」

「なッ……はぁ?!」


 添えられた手が顎の輪郭をなぞり首筋に降りると、哀はある1箇所だけを愛おしいそうに撫でた。


「私の体なのになぁー」


 触れているかどうかも曖昧な触り方で揶揄う彼女が鬱血を微笑ましく眺めるせいで、俺の頭は今にも可笑しくなりそうだ。


「……いつもあぁやってるのか?」


 俺が捻り出した声は心許なく、まるで哀をやっかんで突っ掛かっているようにも思えてくる。


「そうだって言ったら、私のことも好きになってくれるの?」


 さっきまでの楽しそうな声色をひっくり返して見つめる彼女は、俺の返事を促すように爛々と瞳の奥を輝かせ、壁に追いやった俺の脚と脚の間を割るように自らの脚で俺の内腿を撫でた。


「馬鹿……やめろ……って」


 体の芯に残る熱を呼び戻すような刺激に思わず膝を窄めた俺は不本意にも哀の脚を太腿で挟むと、彼女は「……えっろ」と口の端を持ち上げる。


「本当さぁ、お兄ちゃんは罪な人だよねー」


 余裕の表情を浮かべる俺の顔にワンパンぐらい入れてやりたい気分のはずなのに、体が疼いて言うことを聞かない。


「哀ー、お風呂沸けたわよー?」


 一向に降りてこない哀を心配した母の声が階段の下から響くと、俺は体をこわばらせて「今、今行くから」と声を震わせた。


「あーぁ、楽しかったのに……」


 名残惜しそうに拗ねてみせる彼女は、不平を溢しながらもう一度俺の頬に触れて視線を絡ませながら「舌、出して」と笑う。


 意味が分からず拒もうとするもの、何かの暗示に掛かったように引き寄せられた俺の意識が恐る恐る舌を伸ばすと、哀は柔らかい唇で啄むように甘く扱いてみせる。


 経験のない快楽に溺れそうな俺の理性が途切れそうになるのが怖くて、防衛本能で強く目を閉じると、舌先の感覚が変わった。


 まるで唇で何かを挟み込んでいる違和感に目を開けた俺の目の前に、惚けた顔を晒す哀が不敵に笑う。


「うわっ!」

「妹の顔を見て悲鳴を上げるなんて酷いなぁ……おかえり、お兄ちゃん」


 肩を揺らして笑う彼女は一段と色っぽい声を喉の奥から鳴らすと、「じゃあ、本日2回目のお風呂に行ってきまーす」と意味深な言葉を残して俺の部屋を出ていく。


「……ふざけやがって」


 怒り心頭のまま自分の机に視線を落とした俺は、見慣れない帳面を見つけて首を傾げると、パラパラと乱雑に開く。


 そこには古新聞の切り抜きが散りばめられており、俺はその関連性もよく分からないまま持ち主として心当たりのある淫乱悪魔を思い浮かべる。


 ──忘れてくヤツが悪いんだよ。


 小さな仕返しにと本棚にそれを隠した俺は、暫くしてから返してやるか──などと上から目線も良いところでマウントを取ると、大きくフン……ッと鼻を鳴らす。


 1人部屋に取り残された俺の体から、動くたびにふんわりと哀が使っているボディーソープの香りが揺れた。

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