#3

 結局夕方から続いた刺激に目が冴えて上手く寝付けない俺は、うつらうつらとする意識の中でも翔太や哀に襲われる夢を見た。


 お陰で人生初の夢精を体験し、草木も眠る丑三つ時に着替えを持ってそそくさと風呂場へ向かう。


 恥ずかしさ半分と不甲斐なさ半分で頭を抱えてシャワーを浴び、普段自分が使っているボディソープを隈なく体に刷り込んで気を紛らわせる。


「本ッ当、最悪……」


 髪から体を伝う水滴にすら肩を震わせる俺は、触れられた場所の全てが性感帯にでもなったんじゃないかと錯覚するほど軟弱に成り果てていた。


 ──勘弁してくれよ。


 溜め息混じりにやっと自分に返ってきた身体を清めた後は、汚れた下着を風呂場で水洗いして、母に気付かれないようにそっと洗濯物の中に潜り込ませる。


 隠すために漁った洗濯の中から哀の下着が出てきてギョッとするも、強制的に賢者になっている俺は見て見ぬ振りをしつつ、煩悩を振り払うように深呼吸をして風呂場を後にした。


「……分かってるって」


 コソ泥よろしく抜き足差し足で自室に向かおうと廊下に出ると、微かに人の声が静かな室内に聞こえる。


 ──哀?


 は別に聞き耳を立てたい訳ではないけれど、聞こえてしまったら気になるのも無理はない。少しの罪悪感を膨れ上がった好奇心が押し除けた時、俺は息を殺してその会話に生唾を飲む。


「ちゃんと約束は覚えてるって……うん……問題なく進んでるよ……」


 随分と親しげに話す様子からして、電話の相手は間違い電話の類いではないらしい。


「そうだね、それが私達の契約だったし……多分3ヶ月後ぐらいかなぁ」


 約束、契約、3ヶ月──。


 全く見に覚えのない単語がつらつらと並び、俺はまだ見ぬ3ヶ月後の11月に想いを馳せる。


「……もうそろそろ父も黙ってないだろうし、気を付けておかないと……うん……」


 ──義父が関わってくるなら、相手は前妻とかだろうか?


 確かに両親が何かしら問題があって別れた筈の夫婦なら、哀が父の知っている所で電話を掛けづらいのも納得がゆく。


 俺の父親は家庭内暴力の酷いクズで、離婚の時も弁護士やらなんやらが介入しての事だったから今更連絡を取る気なんて微塵もないが……彼女の両親は、一体何が理由だったんだろう?


 ──アレ、確か前妻さんって……?


 初めて哀や義父に会う前に母から聞かされた朧げな記憶の奥底に触れる瞬間、電話口の彼女は「ふふふっ……」と楽しそうに笑う。


「……じゃあまた明日……お兄ちゃんの事、頼むね」


 まるで現実に引き戻すような哀の声から出た「お兄ちゃん」という単語に、自分とは遠い話と考えていた俺は心臓を鷲掴みにされるような気がした。

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