Le Bateleur:魔術師
#1
足に力の入らないままフラフラな俺は、翔太に優しく支えられて帰路を急ぐと、日付が変わるまで4時間を切っていた。
「やり過ぎたね」
「……うん」
さっきまで良いだけ絡んでいた体温も離れて仕舞えば物足りず、悪戯がバレた子供のように照れ笑いを浮かべる彼の表情に深いキスを思い出せば、尊さと恥ずかしさで今にも圧死しそうな気分だ。
「じゃあ、また明日」
照れ臭さと名残惜しさを断ち切るように玄関の扉の前で背筋を伸ばした俺は、深く吸った息を肺に溜めて、そのまま静かに外気に混ぜ込む。
──あぁ、好きだ。
鼻腔に纏わりつく夜の香りは微かに彼の熱っぽい匂いを乗せ、夏特有の湿り気を艶やかに帯びていた。
「また明日……おやすみ、哀ちゃん」
爽やかに応えた翔太はしなやかで少し角張った綺麗な手を大きく振ってみせると、緩やかに目を細めて俺が扉をくぐるのを見届ける。
「お帰り。遅かったな」
わざとらしく俺のフリをした哀が玄関で出迎えると、わらわらとそれに続いた義父と母が「お帰りなさい」と少し心配そうに顔を覗かせた。
「遅くなるならちゃんと連絡してちょうだい。私達は家族なんだから」
「……ごめんなさい」
「別に謝ることはないわ……ただ、今度からは約束よ?」
優しい口調の母は眉を下げて笑いかけると、母の肩に両手を置いた義父が「まぁ、何もなくて良かったよ」と言葉を添える。
「さっ、早く哀もお風呂に入ってらっしゃい……修也、お湯の追い焚きしてあげて」
「はいはい」
俺の体に入り込んで応えた哀を疑う様子のない母に少し呆れつつも、家族に根掘り葉掘り訊かれなかったことに安堵した。
──まてよ?
自室に向かおうと身を翻した俺は、自分が哀の体である事を思い出して立ち止まる。
「おい、あ……お、お兄ちゃん」
いつもの調子で声を荒げそうになった俺を見透かしたように振り返る哀は、「どうした?」と笑いを噛み殺すような声で返事を寄越す。
──コイツ、確信犯だな……!
今にも飛び掛かりたい衝動を抑え、俺の体でありながら義妹に弄ばれている事実に呆れつつ自前のTシャツの胸倉を掴み上げる。
「?!」
驚きのあまり固まった哀をそのまま自分に手繰り寄せると、この哀の体では到底届かない俺の耳に口を寄せた。
「お前、ちょっと部屋に来い……」
哀の喉から出たとは思えないほど低く唸る様なその声は、俺がいつも怒る時の癖そのものである。
「ふふふっ……お兄ちゃんは怖いなぁー」
クツクツと楽しそうに俺の声で喉を鳴らした彼女が、こんなにも憎らしく思える日が来るとは想像もしていなかった。
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