第6話 迷宮の殺し屋

玄関で靴を吐いて帰宅の準備を始めていた。ご飯もご馳走になり、もう助けたお礼は十分してもらった。


「また、ご飯食べに来てください」

「いやいや、もう十分お礼はもらったから」

「いえ……まだ全然足りません!……それにまた会いたいです」


潤んだ瞳で言われたけど、この子は本当に魔性の女だな。男心を擽るような仕草と言い方を心得ている、それはおそらく隣にいる母親の影響だったりするのかもしれない。


隣ではニコニコと俺たちの会話を微笑んで見ているリリスさんがいた。この人はどこか不思議な人で、いい人だとはわかるけど掴みどころのない性格をしている。


初対面ということを考慮に入れても、謎めいた女性だったな。


「アルクさんとの雑談、楽しかったわ」

「いえ、俺も楽しかったです。ありがとうございました」

「明日も来てくれるかしら?」

「いやー……迷宮に潜る予定なので、ちょっと分からないかもです」


その上目遣いの攻撃を回避するべく、俺は視線を晒して会話する。大人の女性には弱いため、こうして防御を取るしかないのだ。そんな俺の態度を見て、アリスは少し頬を膨らませた。


「私たちより、迷宮を取るのね……」

「いやいや、お金稼がないと宿屋代とかね!」

「……家に泊まればいいじゃないですか?」

「女性二人の家に泊まれるかい!」


アリスに突っ込みをいれる。その容姿は自覚している癖に、こういうところは危機感がないらしい。男と屋根の下で暮らせば、襲われるぞ。まあ、意識されていないんだろうけど。


「それじゃあさよなら」

「また、会えますよね!」

「……機会があればな」


最後まで名残惜しそうに手を伸ばすアリスを見て、苦笑を浮かべて俺は玄関から出た。彼女は本来の性格は寂しがり屋だっけ、母親が死んだことで性格が変わったんだったな。


でも今の彼女はゲームで見てるより、生きてる感じがした。気のせいかもしれないが、俺はそう感じたのだ。


ここはゲームの世界だけど、現実だ。もう一度だけ、それを頭に刻み込んで俺は階段を降りた。


「明日の探索準備しないとな……」


暗闇に染まった空を見上げて、俺はつぶやいた。次が黄金の光を放っているのを見て、微笑みながら宿屋に帰ったのだった。


⬛︎


迷宮攻略にはパーティが必須だった。理由は戦闘の戦力強化と保険のためだった。一人で迷宮を潜る馬鹿など、冒険者ギルドにはいないらしい。


いるとすれば迷宮自殺を図ろうとする人間か、未知に狂わされた破滅願望を秘めた人間だろう。つまり何が言いたいかというと、迷宮って一人じゃ厳しいってこと。


魔物の群れが通路を塞ぐ。視界一杯に魔物で埋まり、今にも俺を食い殺したいと羽音が耳朶に焼きつく。


地図に書かれていた情報によれば、蜂の魔物の『キラービー』と呼ばれるものらしい。毒性の針と数で押し潰してくる迷宮屈指の殺し屋。


新人の冒険者を一番殺している魔物とまで言われていた。そんな魔物から俺は必死に逃げていた、毒性の針を喰らえば動けなくなって死ぬ。


狭い通路でエンカウントしてしまったのだ。逃げの選択しか取れなかった。


(こんな狭い通路じゃ、どう足掻いても逃げ場ないもんな…!これが初心者殺し、迷宮だと怖すぎる敵だな!)


愚痴を吐きながら、俺は急接近してくるキラービーを反撃で斬り殺して、先に進む。こうして無謀な攻撃を仕掛けてくれたらありがたいんだけどな!


『グググググググググッッ!』


歯をカチカチと鳴らせたような音が響く。俺が今いる場所は四階層だ。地図のまま進んでいったら、サクサクと進んでしまった。そして四階層の推奨レベルは20と、なかなかに高レベルだ。


この魔物を仕留めないと話にならない。なので俺は奥に進んでいってるのだけど、下に続く階段を発見してしまった。


後ろから迫り来る羽音。仕方なく、俺は階段を飛び込んだ。深く暗い階段は青い不気味な松明に照らされている、冒険者が設置したものではないな。おそらく迷宮が生成したもの。


というかそんなことを気にしてる暇はない。今すぐ開けた通路に出て、戦わないと。そう思って奥に進む、すると見えてきたのはたくさんの鉱石が存在する地形エリアだった。


『ググググググググググッ!』

「反撃だ、散々追い回してくれたな……!舐めんな!」


キラービーは群れで行動する。そして毒性の針を持っているが、攻撃力と速度はそこそこだ。先程までは狭い通路でエンカウントしたため逃げを選択したけど、この開けた場所なら問題ない。全部殺せる、抜刀術は使わない単純な斬撃。


それだけで魔物を引き裂いていく、十秒ほどでキラービーは全滅した。


俺はようやく息を吐く。正直追われてる時は心臓がバクバクと鳴り止まなかった。毒を回復するポーションなどもあるけど、値段は高額でなかなか手に入らない。


キラービーに刺されて、生き残ったとしても初心者はポーションを買えずに借金を背負うことになるとか。もう少し冒険者に優しく、とも思うけど実力主義なんだよね、


冒険者には等級がある。五級から一級まであって、その等級によってギルドからの支援が違う。


今の俺も五級冒険者で、ギルドからは地図などを購入する時の割引と魔物の本などの無料配布。といった感じで、意外としっかりしているのだ。


等級が上がっていくと、さまざまな冒険者の施設で優遇される。装備品の割引などは当たり前にしてくれるらしい。


なので俺はとりあえず等級を上げることを目標にしている。ちなみにどうやって等級が上がるのかというと、冒険者の実力が明確になった時である。


ギルド側に売却したドロップアイテムが一定量を過ぎだ場合とか、『ランクアップ』を果たした時とかね。大事なのはギルドへの貢献ってところだな、クエストなどを行えば冒険者の評判があがる。


評判が上がると、その冒険者を管理しているギルドまで名声が広がる。そのためクエストを行って、等級を上げる人間も少なくない。


その場合はレベルとかが上がらないため、実力はそこまで向上しないのが難点だな。


、外の冒険もまだ楽だと思う。


「……そういえば、この地帯エリアは鉱石が採掘できるのか?」


光り輝く鉱石が至る所にある。周りには冒険者の姿が見えないから、試してみるのもありだけど俺の武器は刀だけなんだよな。


「だいぶ、切れ味が落ちてきたな。そりゃそうか、一瞬でも魔物の血を浴びてるもんな」


育ての爺さんから貰った刀。軽く取り出しも速い、雷流派の俺には馴染む刀だった。とはいえ手入れする道具もないのも問題だな。


武器は俺の命を救う道具だ。体術も習ってはいるけど、魔物相手に素手で戦う気にはなれない。鍛治士を見つける必要がある。


「……よし、とりあえず地上に帰ろう。バックパックもいっぱいだし」


俺はパンパンに詰まったバックパックを見て、帰還の準備を始める。五階層までに掛かった時間は四時間くらいか、迷宮にいると体内時計を狂わされるな。


「地図のおかげでだいぶ進んだな。先人の冒険者に感謝」


前回は最短ルートで探索できなかったため、二階層で終わったけど、地図があると全ての道が書かれているので楽だ。


俺は地図の通りに地上を目指した。

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