第5話 首飾り

「アルク、さま?」


夜の街に飛び込もうとしたら、俺の名前を呼ばれて動きを止めた。壊れたおもちゃのように横を向くと、歓楽街の光に照らされた少女がいた。


彼女は自分の容姿を理解してるようで、フードを被って外出していたようだ。手には食材がたくさん入っている紙袋を持っていた。


「昨日ぶりだな……」

「はい、昨日ぶりです。アルク様はどうしてここに……?」

「い、いや……アリスの母親は無事かなってさ」

「……それでしたら、家にいらっしゃってください。ちょうどご飯も作る予定でしたので!」


歓楽街の光を美しく纏った微笑み。俺がゲームで見慣れていなければ、見惚れてしまっていただろう。


というか先程から触れなかったけど、様付けされてるんですがどういうことだろう。


歓楽街の中央道で話していると、何かしら絡まれそうだし、母親の無事も確認したいのでもう一度家に案内してもらうことにする。


ボロボロのビルのような場所。そこの最上階の階段を登っていく、会話はないけどアリスはどこか楽しそうだった。


「ただいま……お母さん」

「あら、アリス……おかえりなさい、その方は?」

「お母さんを助けてくれた、恩人だよ。アルク様……こちらが母のリリスです」

「えええええ!?めっちゃ回復してる」


昨日の紫色の肌はどこに行ってしまった。そう思うほどに、アリスの母親のリリスさんは艶やかな肌を取り戻していた。


さすがアリスの母親というだけあって、隣を並ぶ姿は姉妹のように見える。というか、美人すぎて驚いたのだが。


綺麗な灰色の髪。海宝石アクアマリンの瞳はアリスと同じだが、雰囲気が全く違った。


「アルクさん、本当にありがとうございました。あなたのおかげで、私はこうして娘と生きています」

「いや、そこまで畏まらなくても……俺はポーションを飲ませただけですから。というか回復速いですね?」

「昔から体力には自信がありまして、それにアリスが料理を振る舞ってくれるからかしら……」


体力とかそういう次元じゃない気がするけど。腕とかも枝のようだったけど、今は少し細いぐらいに回復していた。


「お料理作るので、部屋でくつろいでください」

「……じゃあ、お邪魔します」


アリスは料理を作るためにキッチンで、食材を机に置いた。俺は奥にある、病室だった部屋に向かった。部屋はそこそこの広さといったところか、少しボロいけど工夫でどうにかしている感じだ。


さてリリスさんと部屋で二人きり。初対面だし、凄い美人な人なので身体が緊張した。


「もう、助からないと思っていました。せめてアリスが成人するまでは生きたい……そう願っていましたけど、現実になるなんて……」

「……良かったですね」


アリスの母親を救ったことで、何かしら原作に影響が及ぼすかもしれない。そんなことも考えていたけど、この笑顔を見たら使って良かったと心の底から思った。


母親が無事なら、アリスも安心して学園に通うことが可能だろう。俺の仕事はもう終わったといっていいだろう。


アリスを借金取りから助けて、謎店主おじさんから購入した魔力増加ポーションでリリスさんを救えた。本当なら関わるつまりはなかったが、結果的にはいい方向に変化したのではないかと思う。


「アルクさん。お礼として、これを受け取ってください」

「───はっ!?」


リリスさんが首から取り外したのは、銀色のネックレスだった。手入れされていることから、彼女の大事な物だと分かる一品。宝石などは付いていないが、十分豪華といえる。


何より俺が驚いているのは、それは主人公のアリスが装備していたネックレスだったからだ。


『七色の冠』ではさまざまなチート道具が存在する。その中でも屈指のチート装備が、この目の前のネックレスだった。


『淡い夢の首飾り』効果は経験値獲得の上昇と『ステイタス』で一部能力の限界突破。これがあれば能力値がSを超えて、SSSまで上げることができる。


「も、もらえませんよ。それはアリスに持たせてください……」

「いえ……あなたに差し上げたい。そう思ったの、確かにこれは遺品としてアリスに残そうと思っていたけど。もう必要ないわ」


主人公のアリスが付けないと、俺には勿体ない代物だ。だけどリリスさんは少しずつ距離を縮めてくる、壁に背中が当たって完全に追い詰められた。


そしてリリスさんは首飾りを俺の首に付けた。


「……これは、アリスの父親の物だったの。冒険者だった彼……アルクさん、あなたに似てるわ」

「……俺に、似てる?」

「ええ、彼は夜空みたいな黒髪だったの。珍しくて、見惚れちゃうような……あなたみたいなね」


ずっと顔に視線があると思ったけど、髪を見られてたのか。ていうか父親の首飾り!?ますます貰えない気がするけど……。


「アルクさんも冒険者なのよね?」

「あっ……はい。今日が初挑戦でした」

「……そう。もしかして流派は習ってるの?」

「雷流派ですけど、流派を知ってるんですか?」


普通に生きてたら流派とか知る機会はない。冒険者の知人でもいたのだろうか。


「あの人も流派を習っていたの。……一度だけ見せてくれたことがあってね、美しかったわ。空を駆け抜ける竜のような速さで……」

「……それって」


雷流派に似ている。速さを追い求める流派は雷流派だけだ。その父親も俺と同じ流派を学んでいたらしい、なんとも奇妙な縁だな。


でもその人を語るリリスさんの瞳は、普段より輝いている。よほど、その人のことを愛していたことがわかる。


彼女は俺に付けた首飾りを慈愛の籠った表情で撫でる。


「迷宮の遠征に出かけた彼は、首飾りを残して死んだ」

「……」

「冒険者は嫌いよ、わざわざ魔物の巣窟に足を突っ込む職業だもの……残された人のことなんて、考えてくれない……」


重い話を聞かされた。でも、彼女の話は初対面の俺をも引き込む何かがあった。魔性の女。そんな言葉が頭に浮かぶような、人の感情を揺さぶる才能に長けている人だ。


「お母さん、アルク様……ご飯ができました!」

「……ごめんなさいね、重い話をして。さて、ご飯を食べましょう。アリスの料理は絶品よ!」


暗い表情から一変して、ひまわりのような笑顔を咲かせる。先程の表情が嘘だったのかと思うのどの変わり様に俺は少し動きを止めて、リビングに向かった。


ボロボロのエプロンを身につけているアリスは、机に食事を並べていた、料理は野菜と肉の炒め物とこの世界では珍しい白米。さらにはデザートにアップルパイまである。


思わず目を輝かせてしまった。一番驚いたのは白米だろう、今世では初めて出会った。


「は、白米はどこで!?」

「近くに、食材を提供してくれる酒場があるんです。ミアさんは世界中を旅してるみたいで、そこで見つけたらしいです。そこからは自分で作ってるみたいですよ」

「嘘だろ……ぜひ、その人に会わせてくれ!」


白米。日本人の食事の全てである。異世界には当然ないと思って、諦めていたのに。やはり俺と白米は惹かれあっているのだろう。


「ふふ、目を輝かせてるわね……それじゃあいただきましょう」

「いただきます!」


手を合わせて感謝しながら、俺は白米を口に運んだ。味に加えて食感まで完璧だ、前世の白米と変わりはない。


思わず涙が出てしまうほどに美味しい。野菜炒めもご飯と良く合って、白米が進む。というか、原作通り料理が上手いんだな。


攻略者にも料理を振る舞うイベントはあったことを覚えている。プロにも匹敵するレベルかもしれない。


「……美味しいですか?」

「ああ、俺の好みに合ってる」

「っ……よかった」

「アリス、美味しいわ。さすが私の子……」


物凄い速度で食事をする俺に対抗するリリスさん。身体が栄養を欲しているのだろうか、大喰らいの自分に付いてきている。


俺も負けじと、食事を口に運び続ける。おかわりを何度もして、最後にはデザートを楽しんだ。


「……はぁ。美味かった」


貰った水を一気に飲んで、俺は一息吐いた。アリスは食器を洗って、たまにこちらを見て微笑んでいる。


「アリス、ありがとう。俺も手伝おうか?」

「いえっ。私に任せて、ゆっくりしててください」

「なんか、悪いな……」

「これは、お礼ですから!」


白米と出会わせてくれた、物凄いお礼をもらってしまった。正直、この世界に来て白米がないと知った時は絶望したよね。


この世界では肉料理がほとんどで、麺類とかも少ない。脳筋のような食事が、全世界共通だったりする。俺も故郷では魔獣を焼いて食べてたな。


野菜も一応はあるんだけど、あまり人気のないようだった。


「あ、首飾り……母から貰ったんですか?」

「ああ、そうだったな。これ、リリスさんにもらったんだけど。帰りに返すから」


食器を洗っているアリスの耳元で話す。リリスさんに聞かれたら、強引に押し返されるだろうからな。耳を真っ赤にするアリスは、高速で食器を擦っている。


「か、返す必要はないです。それは母のお礼なので、受け取ってあげてください……」

「いや、でもな……」

「それに、母は一度決めたことは絶対に曲げないんです」

「……マジか」


いや、別に俺だって喜んで受け取りたいんだけど。問題はこれがなくなって、アリスがどうなってしまうのか心配なのだ。


魔力に目覚めたアリスは最強といっていい。でも首飾りがなかったら、どう影響してしまうのか。


凡人冒険者より、将来魔王を討伐する彼女に持っていてほしい。でも、渡せる雰囲気ではないよなぁ……。


「……じゃあ、貰っておく」

「はいっ。そうしてください」


こうしてチートアイテムを手に入れてしまった。俺の手に余りすぎる代物だけど、いつか返せばいいよね。楽観的にそう考えることにした。

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