第3話 魔力覚醒

扉を開けて、外にいないか確認する。するともう既に階段を降り切ってしまったようだった。


(魔力増加の薬なんて、普通じゃ手に入らない……)


手に入れようとしても、莫大な金額が掛かることは間違いない。アリスはその場でへたり込んでしまった。


借金取りに追われて殺されそうなところを助けてくれた。黒髪黒目で、アルス王国では珍しい容姿だった。名前はアルクと言っていた、何よりアリスの頭にあるのは剣技だった。


雷を幻視するような一閃。戦いなんてしたことも見たこともないアリスでも、すごい一撃だったことはわかった。そして同時に怖いとも思った、アルクならすぐに自分を殺すことも出来るだろうと。


彼の要求は身体だろうと思っていた。実際彼は自分の容姿に驚いていたし、視線も感じた。いま思えば借金取り達のようないやらしい視線ではなく、観察しているような視線だったけれど。


結果的に彼は身体を求めることはしなかった。全て自分の勘違いだったと知って、アリスは強く自分を恥じた。同時にどうお礼をすればいいのか分からなくなってしまった。


アリスは今の自分にあるのが身体だけと知っている。母親に似て膨らんだ胸と細い腰。そして美しい容姿は男達の視線を集めることを幼い頃から知っていた。


そしてアルクは母親に会いたいと言った。数日前から目覚めていない母親、自分は医者だからとわかりきった嘘まで吐いた。それに縋ったのは奇跡を願ったからだ、もう頼れる人はいなかったからだ。


「……これで、治ったらいいのに」


アリスは理解していた。母親が数日後には死ぬことなど、医者に見せても治療すら出来ないと言われた難病だ。既に覚悟は決めている、それでも諦めたくないと強く思っていた。


もし母親が助かるなら身体などいらない。命だって賭けてやる。そんな気持ちだったが、成人前の幼い少女が出来ることは何もなかった。


母親に恩を返すために頑張っていた勉強も無意味になってしまった。


母親を看病している部屋に入る。治療院などと比べるまでもないが、ある程度は清潔に保たれている部屋だ。そこに紫色の顔をして眠っている母親がいる、はずだった。


「ぁ、りす?」


幻聴だ。疲れた自分が見せた妄想に違いない。目を擦って、もう一度アリスは母親の姿を確認した。紫色の肌が青白い色に戻っていた、僅かな変化だが何より母親は目を開いていた。


美しい海宝石アクアマリンの瞳。その瞳を見ることが大好きだった、アリスは彼女から引き継いだ瞳に涙を浮かべたり


「ぁりす?」

「うん、ここにいるよ。お母さん……」

「ご、めんねぇ」

「私は、わたしは大丈夫だから……大丈夫、だから!」


涙が止まらなかった。夢のようだった、ずっと自分が妄想していたことが現実になってしまった。身体が震えて、嗚咽が止まらない。そんなアリスの背中を母親は枯れた枝のような手でゆっくりと撫でた。


「……おかあさん、ご飯作ってくるね」

「ありがとう……アリス」


しばらくすれば母親の身体は更に具合を良くした。今では身体を必死に治そうと燃料エネルギーを使っているのか、お腹からずっと虫が鳴いている。


キッチンに向かって、アリスは胸をぎゅっと握った。頭に浮かんでいるのは黒髪の少年だった。


(助けてくれた、今日会ったばかりの私を。それも2回も……感謝しても感謝しても、しきれないよ。どうしたら返せるのかな、どうしたら喜んでくれるのかな。何が欲しいんだろう。知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたい)


アリスの海宝石アクアマリンの瞳は深海のように深い黒色に染まっていた。それと同時に身体から溢れ出す、濃厚な魔力。白光が彼女の身を包んでいた。


『七色の冠』では母親の死によって覚醒する魔力。絶望感によって支配されていた彼女の心は、アルクに対する感謝と愛情で埋め尽くされた。その結果、魔力が覚醒した。


「───アルク、さま」


⬛︎


そこは紛うことなき馬小屋である。馬の鼻息が間近で聞こえ、俺は目を覚ました。宿屋は既に埋まっていた、絶望しながら俺は馬牧場の藁を借りて眠っていた。


「意外と寝心地悪くなかったな。とはいえ、馬さんごめんね。人間が近くにいて眠れなかったかな?」


返す言葉は鼻息一つだけだった。『さっさと、行きな』そんな言葉が聞こえてきた。馬の兄貴、ありがとう。今日は迷宮に潜ってお金を稼ぐよ!


そんな茶番はさておき、今日はお金を稼がないといけない。朝ごはんに宿屋、色々と出費は嵩む《かさ》。刀を持って、ギルドに向かった。


だいぶ朝早いと思っていたのだけど、王国の人々は働き者がいっぱいのようで、既に店を開いているところも多々あった。


ここは危険だ。俺の空っぽのお腹を刺激してくる。今の俺にとっては魔物の集団より危険地帯だ、さっさとギルドに向かわなければ。


そしてギルドに到着。王道通りほどではないけど、冒険者が仕事の準備を初めていた。


ギルドの奥に進むと、大きな扉の前に門番らしき人が装備を着て佇んでいる。おそらく王国騎士の人だろう、姿から相当な実力者だとわかる。


「名前は?」

「アルクです、昨日冒険者になりました!」

「カードを拝見する……どうぞお入りください」


セキュリティがしっかりしているな。俺はカードを返してもらって、中に入った。そこにあるのは大きな螺旋階段だった、深々と続く姿に思わず声が出る。


「ここから階段を降りれば、迷宮だ。新人なら忠告だ、絶対に無茶をするな」

「はい、分かりました!」


俺は満面の笑みを浮かべて、螺旋階段を降りていく。どうなら階段も相当頑丈に作られているみたいだ、歩く感じが全然違うな。


さて、迷宮には王国が繁栄するために必要な物資がたくさんあるらしい。鉱石に加えて、魔物を倒すとドロップアイテムまで落ちる。武器に建造物などさまざまな用途で使われる。


ゲームと同じだが、敵の強さも階層ごとに違う。油断はしないけど、ワクワクするのも仕方ない。ずっと憧れていたダンジョン探索がいま始まるのだから。


数分もすれば、螺旋階段は終わった。おそらくだけど、ここが一階層だろう。ゲームの知識では怪物が湧かない領域だったはずだ。


「……あれが二階層に続く穴か?」


不自然に空いているトンネルのような大穴。そこを通って先を進んでみると、迷宮らしく分かれ道となった。


とりあえず地図とかも知らないため、適当に右とかに進んでみることにする。魔物は発生していないようだが、やはり迷宮は禍々しい魔力に包まれていた。


どうやって魔物は出現するのだろう。そう考えながら歩くと、影のような何かが徐々に魔物の姿を形取っていく。その変身は凄まじく早かった、一秒も掛からずに魔物は生まれた。その姿はゴブリンだった。


『────!』


「うわっ……魔物の声って、こんななの?」


人でも獣とも違う。宇宙人の叫び声でも聞いた気分だった、そのまま向かってくるゴブリンを刀で斬り裂いた。


「……まあ、ゴブリン一体だとそうなるよな」


ゴブリンは繁殖力の高い魔物として知られている。それはダンジョンでも変わらないのだろうか、無限に怪物が湧くためよく分からなかった。


足元に落ちた小さな爪を拾う。これが本当に売れるのか、正直信じられないけど、俺の飯と宿が掛かっている。自分のバックパックに大事に直した。


とりあえず先を進んでみることにする。もしかしたら、すごくレアな物とかもあるかもしれないし。そんな欲望全開のまま、奥に向かう。


壁質が急に変わった。白色の壁だったのが、急に青白くなっている。明かりも少しだけ暗くなった気がする、迷宮は結構開けてきた感じがする。


「……うわ、ゴブリンの次はオークですか」


ゴブリンの次にエンカウントしたのは、2Mはあるだろう恵まれた肉体を持った魔物の群れだった。手に持っているのは棍棒で、振り回すだけでも凶悪だな。


この世界でも変わらず迷宮では体格のいい奴が強い。例え圧倒的な技術があっても、筋肉がなければ相手には通用しないと思っている。


俺も幼少期から鍛えてるとはいえ、魔物と張り合えるとは思ってない。経験値を極限まで高めたら、勝てるだろうけど、それも何年の時間が掛かるものだ。


まあ、主人公とか攻略キャラの才能があれば別なんだろうけど。


「……さて、いよいよ雷流派を使う時が来たな」


ゴブリンには使わなかったが、オークの群れが相手なら使わないと危険だろう。それに技術は使っていくことで、研ぎ澄まされていくものだ。


決して巨大な怪物相手に格好いい戦いをしたいとか、そんな欲望はないぞ。


『──ウゴオオオオオオオッッ!』

「めっちゃ分かりやすい攻撃を、ありがとよ!」


雄叫びと同時にオークは棍棒をふり降ろしてくる。凄まじい一撃は風を切ったが、地面に大きな亀裂を走らせる。やばい膂力だ、とてもじゃないが当たれば全身の骨が砕け散りそうだ。


「でも一発攻撃したあとは隙だらけだ」


腰を深く落とす。これが雷流派の基本の形だ、踏み込みから速度を落とさずにオークの首に刀を当てる。肉を両断する音が、右手に響いた。


魔力が霧散して、オークは角を落とした。正直言うと安心した、俺の雷流派は速度を重視した剣術だ。耐久力の高い敵は弱点になると考えていた、でも殺せた。


「あと二体……サクッと終わらせますか」


俺は刀に付いた血を払って発走した。

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