第2話 アリス
「こ、この国、広すぎる……」
世界で最も栄えている国。そう呼ばれるほど活気に満ち溢れている。そのおかげで、世界中から人は集まって、王道とか自由に動き回れなかった。俺は人混みも平気なタイプだったはずだけど、今回で少し苦手になりそうだった。
休憩したい。そう思って路地裏に入っていく。太陽が当たらないのか、夏だというのにジメジメしている。暑さを紛らわすには最適の場所だな。
とりあえず散歩がてら路地裏に入っていく。辺りには散乱したゴミがあり、掃除が行き届いていないことが分かる。
「袋でもあれば、いいんだけど……」
俺が所持している物は刀と財布、そして先程発行した冒険者カードだけだ。田舎で貧相な村から持っていける物なんて、これぐらいしかなかったのだ。
とりあえず探索を続けるか、何か面白いものでもあるかもしれない。そんな好奇心から路地裏を通っていく、すると面白い店を発見した。
「これって……謎店主おじさん!?」
謎店主おじさん。ランダムで生成されるショップだった。能力値が上がる薬だったり、身体を回復させるポーションだったりを売っている。
普通じゃない。そう思うかもしれないけど、問題は料金なのだ。駄菓子屋の値札でも貼っているんじゃないかと言われるほど安い。
そのため材料とか怪しい物で作ってるに違いない。そんな偏向で謎店主と呼ばれている。
「こ、こんなの入るしかない!」
中に入ると暗めの石材が使われているようで、朝なのに物凄く暗い。窓が一つもない、本当に怪しさしかないお店だ。
「……いらっしゃい、何をお求めかなぁ?」
めっちゃねっとりボイスで店主は言った。顔は紫色のローブで隠しているけど、声だけで男とは分かる。どこかインチキ占い師のような気配も感じるが、とりあえず商品を見てみよう。
「……破壊力上昇の薬に、魔力上昇のポーション、状態異常完治の薬。更には欠損すら治す上級ポーションまで……?」
や、やばすぎる。品揃えもそうだけど、値段が今の俺でも買えるレベルだ。
とはいえ俺の財布は雀の涙、この中から一つしか選べない。こんな禁断の洗濯を迫られるとは思いもしなかった。
どうする『ステイタス』は迷宮でも上げれる。問題は三つのポーションだ、上級ポーションは命綱になるし、状態異常の薬も今後の保険になる、魔力上昇のポーションは俺が魔法を得るきっかけになるかもしれない。
「……ええい、こうなったら店主さん。どちらが良いと思いますか!?」
「へへへ……君なら、これだね」
そうして店主が選んだのは魔力上昇のポーションだった。店主の言う通りにして、俺はポーションを購入した。謎店主おじさんを俺は信頼しているのだ、後悔はない。
それに魔法とか使ってみたかったんだよな。剣技にはある程度自信はあるけど、遠くから砲台のような魔法を放ってみたい。
「……へへ、毎度」
次はお金がたんまりある状態で見つけたいけど、今回のチャンスは早々ないんだよな。ゲームでも二、三回くらいしかお目に掛からなかったし。
お店を出る。そして所持金を確認した。安い宿で泊まれるか怪しい、そんな所持金だった。
「……不味いな、もしかしたら今夜は野宿になるかもしれん」
俺は絶望した。異世界生活初日から野宿生活とか、洒落にならないぞ。どうしようか悩みながら路地裏を歩いていく。
どこか足音が聞こえてくる。一つじゃなくて、複数の足音だ。しばらくすると、路地裏から姿を表したのは少女だった。
瞳に涙を溜めて、恐怖に満ちた表情。さらに驚いたのは、完成された容姿だった。雪のような白髪と
「──アリスぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「えっ!?」
「いやいや、なんでなんで……確かに主人公のルートは多すぎて予測が出来ないとはいえ、既に学園に通っていると思ってたのに……」
「あ、あの?」
一人で呟く俺に、困惑したような声が聞こえる。間違いない、容姿も声も主人公のアリスで間違いない。
『七色の冠』の主人公。娼婦の娘として産まれ、貧乏の環境でも母親から愛を注がれた少女。誰よりも優しい性格と容姿から、前世でも人気だった。
だが母親が病気で亡くなって、紆余曲折あって学園に入学して物語は始まる。
勝手に学園に入学していると思っていたけど、どうやら原作は始まっていないらしい。
「おい、さっさと捕まえろ!」
「ひっ……やだ……」
様々なことを考えていると、奥から男達が現れた。顔に傷がある異世界風のヤクザみたいな風貌だった。その手には剣が握られており、明確な殺意を感じる。
「へへ、兄貴。殺す前に楽しみましょうよ。コイツは娼婦の娘ですぜ……」
「ははっ、確かにな。殺すには勿体ねえ美貌だ、奴隷にでもして売っちまうか!」
下衆発言にアリスは怯えて、涙を流し始めた。これからの未来でも想像したんだろう、というかコイツら俺のこと眼中にすら入れてないんだけど。
「もしかして、こいつら借金取り?」
俺がアリスに問いかけると、首が取れそうな勢いで頷かれた。おそらく病気となった母親のために借金したのだろう、それが返せなくて今に至るって感じか?
「あん、お前……いつ現れた!?」
「いやいや、最初からいましたよ〜ボケるには早いんじゃないか〜?」
「なっ……舐めやがって!」
男は剣を俺に向けてくる。簡単に挑発に乗ることから実力が垣間見えるな、俺は腰を深く落として戦闘準備に入る。
「……その動き、もしかして
「ご名答、まあ明らかな居合だし分からない方が難しいか」
「はっ。最弱の流派の使い手かよ」
剣士には流派ってのがある。数は大きく分けて三つあって、一つ目は
二つ目は
そして最後に雷流派。使い手が少なく、他の流派と比べて技が少ない。そのことから最弱の流派と呼ばれている剣術だ。
「……残念だったな、俺は炎流派だよ!」
剣を大きく振りかぶる男。肉体は鍛えられていて、剣士としてはまずまずといったところ。
さて、雷流派は速度を極限まで追求した剣技だ。技も少なく、難易度の高さから誰からも選ばない。
ゲームでも最弱の剣術だった。連続で攻撃が出来る水と一撃が強大な炎が強すぎた。
でも転生して、爺さんから技術を学んで思ったのだ。
──この流派、極めたらどうなるんだろうと。
俺は浪漫に焦がれている。極端な攻撃とか大好物なのだ、一撃必殺の攻撃とか格好いいと思わないか?
「雷流派、一の技、雷霆」
素早い踏み込みからの抜刀。男が振り下ろすより早く、男の手首を斬り裂いた。切断まではしないけど筋は切った、そのまま落ちる剣を奪って男の首に添える。
「はい、死にたくないなら、この子から手を引け」
「……な、何か起こりやがった!?」
「そんなこと気にする暇ある?……死ぬかもしれないのに」
男は手首を斬られたことに困惑して、首に添えられている剣に顔を青くする。忙しい男だな、横にいるチビの男も怯えている。
「て、手を引く。だから命だけは……」
「りょーかい。じゃあ忘れんなよ、手を出したら殺すから」
「あ、ああ……わかってる……」
剣を手放す。地面に落ちる音と同時に男たちは路地裏を駆け出していく。ただのゴロツキのようで助かったな、冒険者とかが相手だったらキツかったかもしれない。
「……あ、あの。助けてくれてありがとうございます!あの、お、お礼ですけど!」
「いやいやいや、いらないいらない。俺が勝手に助けただけだから」
お礼目的で助けたわけじゃない。アイツらが気に食わなかったのと、主人公に何かあったらバッドエンドになるからだ。魔王討伐とか、そこらへんは主人公の覚醒した魔法がないと困難なのだ。
王国でも唯一の属性の光属性ね。これがあれば、魔物も魔獣も余裕で倒せるチート魔法だ。原作では大切な人を守ろうとして覚醒するんだっけな。
「あの、私はアリスって言います……」
「……アルク。とりあえず、路地裏で話すのやめない?どっか休憩できるところでも」
「きゅ、休憩!?……わ、わかりました。行きましょう」
アリスは顔を真っ赤にして、俺の手を引き始める。どこか休憩できる場所を知っているらしい、その手に導かれるまま俺は付いていく。路地裏を抜けて、しばらく歩き続ける。
すると歓楽街に出た。人通りは少なく、気味が悪いほどに静寂が漂っている。
そのままボロボロの建物の最上階に連れてこられた。周りを見渡すと、ボロボロのソファーやらベッドなどが置かれている。
「わ、私のお家です」
「……うん?」
「か、覚悟なら出来てます。あの人たちに汚されるより、よっぽどいいです!」
「……ああ、なるほど。酷い勘違いされてるわ」
休憩できるところって、確かにそういう風に捉えることも出来るけども。
「俺は別に、身体目当てで助けたわけじゃないって」
「そ、それでも……返せる物はなくて……お金も、ないなら……身体、ぐらいしか」
確かにアリスという少女は美少女だ。服などが汚れていても、全く美しさが損なわれていない。だが、俺は普通に年上のお姉さんが好きなのだ。ガリガリの少女を襲う趣味は全くない。
「なんで借金したんだ?」
「……お母さんの病気を治したくて」
「……ああ、魔欠欠乏症か」
「な、なんで知ってるんですか?」
「まあ、色々あってね」
母親の死亡理由は明かされている。魔力欠乏病、異世界人にとって魔力とは産まれた時から備えているものだ。それがとある理由によって、傷ついたのだ。
その理由はアリスだ。彼女は産まれた時から強大な魔力をその身に宿していた、その影響で母親の魔力回路に異変が起こったという。
最初は大丈夫だったが、徐々に体に現れていく症状。発症してすぐに死んでしまうことで知られている。
「……あ、そういえば」
俺が取り出したのは一つのポーションだった。魔力が増加するという、素晴らしい薬である。効果は『ステイタス』の魔法力増加。でもそれだけではなく、魔力次第で『魔法』を覚えることが可能なのだ。
そのため薬を使って魔法力のステイタスをあげて、魔法を覚えようと考えていた。
もしかしたら魔力欠乏症も治る可能性がある。
「お母さんに会える?」
「……会えますけど、まさか……母の体を!?」
「襲わないから、俺は……そう、医者の息子なんだよ。だから診てみようかってさ」
「そ、そうだったんですか。ど、どうぞこちらです」
明らかに疑ってる。そんな瞳で俺を見ないでください、心が痛みます。奥の部屋に案内されて、部屋に入った。
乱雑な部屋を一生懸命掃除したのだろう。他の部屋とは違って、清潔に掃除されている。ベッドも新品のように真新しい、アリスが母親のために購入したのだろうか。
とりあえず近づいて、布団を被って寝ている女性の容体を見る。
「……予想より、魔力欠乏症って酷いんだな」
青色どころじゃない紫色の顔色だった。身体中が細くなって、何日も食事をしていないことがわかった。その近くの棚にはお粥が置かれていることから、アリスは食べさせようとしていたのだろう。
長くないのは明らかだった。おそらく数日以内に死亡する。隣で母親の姿を見るアリスは痛々しかった、美しい瞳を涙で濡らして今にも泣きそうだ。
「スプーン借りるな」
「は、はい……」
貴重な薬だ。吐き出されても困る、俺はスプーンに薬を移しながら口の中に入れる。飲み込まなくてもいい、吸収さえしてくれれば。
数時間ほどで薬はなくなった。無事に全て飲ますことに成功したのだ、溢さないように必死だったから額に汗が滲んでいた。
「……あ、あの。その薬ってもしかして?」
「魔力増強のポーションだね」
「────え?」
アリスは衝撃を受けた表情で固まった。それよりやばい、宿屋を探さないと泊まるところがない。
「と、とりあえず。薬は飲ませたから、効くかどうか分からないからね!」
「あ、あの……ちょ……」
「じゃあ、またね!」
俺は急いで外に出る。そして歓楽街から抜け出すために走り出した。空は既にオレンジ色に染まっていた。
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