第2話
休日、俺は恭二と待ち合わせをし、とある作戦を実行することとなった。
することとなったのだが……
「ヨッス! 朝早くから悪いね」
目の前に佇む陽気な少女に俺は生気を失ったように啞然とした。
紺色のパーカーに、腿丈のミニパンツ。金髪ポニーテールにまん丸とした紺碧の瞳。
パーカーから垣間見える胸部はほんの少し浮き出ているように思える。
「お前……本当に恭司か?」
俺は恐る恐る目の前にいる彼に尋ねる。この場合、彼女と言ったほうがいいのだろうか。
「あ、まさか恭司と間違えられてる? 違うよ。私の名前はヘクト。本名じゃなくてコードネームね。本名は残念ながら秘密」
彼女はウィンクをしながら人差し指を鼻先へと当てる。
「あー、恭司ではないのか……」
思わず、息を吐く。友人の趣味が『女装』でなくて良かった。
安堵するも、もう一つの疑問が生まれる。
「恭司は今日は?」
「来ないわよ。今日は私と辻くんで飯塚さんを尾行するの」
そう。恭司からの提案は休日に沙織を尾行し、相山との関係を探るというものだった。
ただ、何で言い出しっぺの恭司がボイコットしているんだ。
「ヘクトさんと恭司との関係は?」
「幼い頃からの友達よ。小学時代、ハーフで日本に馴染めなかった私に声をかけてくれて、そこから仲良くなったの」
恭司のやつ、小さい頃からこんな美人な人と一緒にいたのか。そりゃ、クラスや同級生に興味を示さないはずだ。次に会ったときはとことんいじってやろう。
「そういうことで、飯塚さんの家まで案内してもらっていい?」
時間は待ってはくれない。もし、この時間帯に沙織が家を出てしまったら、尾行作戦はあえなく失敗する。だからこそ、ヘクトさんは急かすように俺に言ったのだろう。
俺とヘクトさんは沙織の家まで歩きながら会話をすることにした。
「恭司は何で来ないんですか?」
「彼は飯塚さんからの予定を聞いたがために動けなくなったそうよ。今週の休日、予定があるかどうか。なければ、勉強会に参加しないかって話をしたらしい。そしたら、今日と明日は用事があるって言ったそうよ」
二週間後には期末テストが控えている。それを口実に沙織の予定を聞き出したようだ。恭司がヘクトさんを代理にしたのは、辻褄を合わせるためだろうか。
「それにしても、よく承諾しましたね。友達の友達の元恋仲の尾行なんかに」
「まあね。恭司とは長い付き合いだし、恩もたくさんあるから。それに脳内ハッキングの情報について得られるのだから私にとっては一石二鳥だと思ったの」
「ヘクトさんは何をされているんですか?」
「技術者よ。ハッカーとでも言っておこうかしら」
なるほど。だから恭司はヘクトさんを代理で呼んだのか。
一般人二人よりも専門家がいたほうが作戦はうまくいきそうだもんな。
ヘクトさんと会話を交わしていると、程なくして沙織の家にたどり着いた。
見つかると危険なため、角際で門戸が見える位置に移動する。沙織は出た後に駅に行くことを予想して、駅の方とは反対の方に居座り、待つこととした。
「沙織がいつ出るかは分かっているんですか?」
「いや、まったく。ここからは持久戦だよ。何だか刑事の張り込みみたいで面白いね」
「そう……ですね」
何時間も待たされる可能性があるというのに、面倒くさい様子一つ見せず、朗らかな笑みを浮かべるヘクトさんを羨ましく思った。この人はどんな状況でも楽しめる人なんだろうな。
待つこと数時間が過ぎ、お昼を回り始めたところで門戸から沙織が姿を表した。
白のTシャツに黒のミニスカート。顔には少しお化粧をしている様が窺える。これからデートに行くような感じの服装だ。
「ようやくお出ましだね。可愛い子じゃん」
「……」
ヘクトさんの言葉に反応できず、俺は沙織を凝視する。
これから沙織が相山と会うのを目の当たりにするのか。果たして、俺は二人の仲の良い様子を黙って見ていられるだろうか。今、この時点でも沙織を引き止めたくて体がうずうずしている。
黙って見ていると不意に目の前にビニールが出てくる。驚きで思わず声が出そうになるが、両手で覆い、何とか息を止める。落ち着いたところで見るとビニールはヘクトさんが差し出しており、彼女は俺をニヤニヤ見ていた。
「歯痒い気持ちはわかるけど、我慢してね。昼過ぎたし、腹ごしらえにどうぞ」
ヘクトさんの視線に羞恥心が込み上げる。沙織への想いは表面的にも出てしまっていたようだ。恥ずかしさを隠しながら、ビニールを受け取り、中を見る。中には餡パンが入っていた。
本当にこの人は、この状況を楽しんでいるのだな。
形も刑事になりきっている彼女に微笑ましい気持ちになりながらも封を開け、パンを口にした。
****
沙織は予定通り、駅の方まで歩いていった。
電車に乗り、三駅ほど進んだところで降車。改札をくぐると誰かを見つけたのか大きく手を振った。彼女の先には見知った顔の人物がいる。彼の私服姿は初めて見た。青と黒のチェックにジーパンとはいかにも彼らしい服装だ。
「彼は誰?」
「相山です。恭司の言っていたことは当たっていたんだな」
「……なるほど。第一段階はクリアってことだね。お楽しみはここからか」
「俺にとっては、まったく楽しくないことですけどね」
「そうだったね。ごめん、ごめん。とにかく後をつけよう」
ヘクトさんに同意して、俺たちは沙織と相山の尾行を続けた。
二人はアミューズメントパークへと足を運んでいった。まずは、二人してボーリング、ビリヤード、そして、ゲームセンターの方へと足を運んでいく。
ビリヤードの際、沙織に教えるフリをして彼女の身体に触れた時、俺の心は強く揺れた。これがこの先も続くのかと思うと虫唾が走る。今すぐにでも、相山の元へ行って一発殴ってやりたい気分だ。
「気持ちはわかるけど、もうちょっと我慢してね」
拳を強く握っている俺を察したのか、手を握っていないもう片方の手にヘクトさんの手が触れる。冷たくも柔らかい肌感に思わず脱力した。それを見計らい、ヘクトさんは拳を解いたもう一方の手も繋いだ。
「これで飯塚さんとあいこだね。彼女の目を盗んで女の子と手を繋いじゃうなんて」
ヘクトさんはいやらしい視線を俺に向ける。俺は羞恥のあまり思わず、彼女の手を振り払った。俺は相山への怒りも相まって、ヘクトさんを睨みつける。ヘクトさんは「やり過ぎたかな」というように両手をあげ、観念するような素振りを見せた。
「飯塚さんの家でも言ったけど、今日一日は我慢してね。お願い」
あげた両手をくっつけ、あざとくお願いするヘクトさん。そんな彼女に対し、鬱憤を晴らすようにため息をつくと、小さく「わかりました」と返事をした。
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