第113話 本選二回戦
「き、決まったーーーーー!!激しい剣戟を制したのは〈光の勇者〉!ヴァイス・ブライトネスだ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
〈闘技場〉に鳴り響く大歓声。一回戦目から激しくも、実に剣術大会らしい勝負に観客や司会達の興奮は青天井に跳ね上がる。その実、俺も今の一戦に驚いていた。
「なんつー高度な肉弾戦だ……」
予選とは違い、ヴァイスとフレイルの両者は数段階も上の次元で戦闘を繰り広げていた。派手で威力のある魔法技は無く、剣に重きを置いた戦闘は見ていて心躍った。それになによりも────
「予想以上の伸び具合だな」
予選の時点で分かっていたことではあるが、まさか〈錬魔剣成〉をも凌ぐほど剣術の腕を上げているとは思わなかった。
〈血統魔法〉を巧みに扱いながらであればその限りではないと思っていたが、純粋な剣技でアレだ。あの爺さんはとんでもないバケモンを誕生させてしまったみたいだ。
「さあ第一回戦から白熱した勝負が繰り広げられましたが、この勢いのまま直ぐに第二回戦へと参りましょう!」
司会スピカ・ラウダ―の無駄ない進行で即座に二回戦の対戦者の紹介が始まる。
「まず戦闘地帯に姿を現したのは前回の大会で上位入賞を果たした今大会の優勝候補!〈氷鬼〉フリージア・グレイフロスト! 対するは遥か極東の孤島からやってきた流浪の剣士イブキだ!!」
白と黒、対照的な長髪を揺らして戦闘地帯に現れた二人の少女に歓声が降り落ちる。
怒号にも似たその声だけでこの二人の組み合わせがどれだけ期待されているのかわかる。片や、今大会優勝候補、片や、謎の剣技で予選を勝ち抜いた異色の剣士だ。一回戦目の二人には申し訳ないが、観客の反応の差も頷ける。
「さて、お前はこの剣士をどう攻略する────フリージア?」
戦闘地帯にて一定の距離を保ち対峙した二人の女剣士。今か今かと開戦の合図が待たれた。
・
・
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対峙した瞬間にこの女は異常だと感じ取った。
「ッ!!」
出で立ちからして、佇まい、纏う雰囲気が今まで戦ってきた剣士とは別物であり、別格……と言うには違和感が凄い。何よりも不思議なのは眼前の剣士からは微塵も魔力の熾りを感じられないことだ。
────どんな達人でも完全に魔力の熾りを消すことはできない。それこそ、龍のノロイによって魔法を封じられなければ……。
それじゃあ眼前の女剣士はその身にノロイを刻まれているのかと言われればそういうわけではないだろう。だと言うのにこれは一体どういうことのなのか。本当におかしな感覚だ。
「はえー……都会は凄いところと父────師匠が言っていたが、まさかこんな別嬪な
いつ鳴るかも分からない合図を聞き逃すまいと集中していると、何とも緊張感のない声が聞こえてきた。
「……は?」
思わず呆けた声を零すと対峙した女剣士は恥ずかしそうに頬を綻ばせた。
「おおっと、もしかして聞こえてましたかな?申し訳ござらん。某、こう言った大きな街、祭りや催物に出るのが初めて故、見るものすべてが新鮮で仕方がなくてですな……」
照れくさそうに頭をかく仕草は何処にでもいる普通の少女そのもので、今から戦いをするものの態度とは思えない。
────敵とすら認識されていない?
思わずそんな不愉快な疑惑が脳裏を過るが、すぐにそれが間違いであると思いなおる。
「いやはや、本当に申し訳ない。師匠にもいつも怒られるんでござるよ、「お前は聊か緊張感と準備が遅い!」と……」
からからと笑った女剣士はここら辺では珍しい刀を弄ぶ。更に奇妙なのは刀の柄頭には銀糸の鈴がぶら下がていることで、刀が揺れるたびに『凛、凛』と澄んだ音を響かせることだ。
「でも安心してくださいな。別に某は貴殿の事を侮っているつもりはりゃあせんし、本気で貴殿を倒しに行きます故────」
女剣士は敢えて刀を抜かずに腰を深く卸して構えたままだ。その動作で柄頭にぶら下がった鈴がやはり『凛』と綺麗な音色を鳴らした。それと同時に開戦である破裂音が不意に鳴った。
「ッ────!!」
その音と同時に私は反射的に地面を蹴って眼前の敵に肉薄しようとする。
「常在戦場────常に我が身は剣戟鳴り止まぬこの世界に在る……」
しかし、それは次いで急に沸き起こった膨大な殺気によって咎められる。
「無颯一刀流────推して参る!」
飛び出した私に対して、女剣士は刀を抜き放ち横一文字に空を斬る。
まだ私と彼女の互いの刃が届く間合いではない。けれども彼の剣士は刀を振り抜き────そうして次の瞬間、不自然に私のすぐ目の前の空間が不自然に揺らぐ。
「なッ────!?」
咄嗟に私は後ろに飛び退く、そうしてその後直ぐに私が通過しようとしていた位置に斬撃が発生した。
────なに、今の!?
思考が追いつかない。今、目の前で一体何が起きたと言うのか。
「む、今のを躱しもうすか……やはり先ほどのように上手くはいかないでござるな。それならば────!!」
状況の整理をしたかったが既に勝負は始まっている。眼前の剣士は打って変わって飛び出し、肉薄しようとしてくる。その間も無数に空を斬って私の周囲を歪めめ斬撃が発生する。
「チッ……〈氷壁〉!!」
それを咄嗟に魔法で防御する。私の周囲に発生した氷の壁は不可視の斬撃に呆気なく砕かれる。それでも時間稼ぎとしては有用、今の斬撃と奴を見てある程度の事は分かった。
「あんたのその変な攻撃、魔法だったのね!」
「ご名答!某の家系は他とは違った特別な妖術を扱い申す!」
咄嗟に叫んだ言葉に返答が返ってくる。氷の壁が砕け散り、視界が開けると直ぐ眼前に女剣士がいた。大上段から鋭い刃が迫りくる。それを咄嗟に迎撃した。
「ッ……まさか、血統魔法の〈継承者〉だったとは……!」
「血統……継承……よく分かりはせんが、我が一門秘伝の技────空間を飛び越える一振りのことを言っているのは分かる!」
今まで微塵も感じられなかった魔力の熾り、それが刀を振る度に微かであるが彼女の全身に魔力が駆け巡るのを感じ取れた。
確かな魔法の発露────しかも属性魔法に類さない所謂〈血統魔法〉と来たものだ。平静を取り繕うが、内心は動揺しっぱなしである。
────見た限り、【
【剣撃魔法】は任意のタイミングで無数に不可視の斬撃を繰り出す魔法、ならば今この剣士がやったことは────
「指定した空間に干渉する魔法……って言ったところかしら?」
地面から氷の針山を出現させて、ぐんぐんと迫りくる剣士を牽制する。
「おおっ、と。これまた物騒な妖術を繰り出す。その可愛らしい顔に似合わずなかなか刳いことするでござるな……」
眼前の剣士は咄嗟に後ろに飛び退くことでこちらの魔法を軽々と回避……けれどもそれでいい。初めから当てるつもりなど毛頭ない。距離が稼げれば十分だ。
────空間を飛び越える一振り……言い得て妙ね。
新種の血統魔法に加えて、この剣士、剣術の腕も相当なものだ。幼い頃から剣にずっと触れてきた人間の剣であり、微塵も隙など無く、その洗練された鋭さはどこか彼と似通ったものを感じる。
「ッ……気に入らないわね」
「おろ?」
それがどうしようもなく腹立たしくて、そう感じてしまった自分に苛立つ。首を傾げる剣士に私は飛び込む。
「絶対に私が勝つ!!」
それは随分と幼稚で下らない嫉妬心。だけれど私にとっては何よりも譲れないものだ。眼前の剣士は意味も分かっていないだろうに爛々と破顔して、
「真っ向勝負と言うことですな!?望むところでざる!!」
楽しそうに刃を振り上げた。数舜のうちに一足一刀の間合いだ。勇んで私は刺突を放つ。それを眼前の剣士は引くどころか迎え入れるように一歩踏み出して刀の腹で受け止める。
「ハッ、ァアア!!」
「ははッ!いい気迫でござるなぁ!」
そのまま突進した力に逆らわず、滑らすように刀を立ててすれ違いざまに横っ腹を斬られる。
「クっ……!」
鋭い痛みと血が噴き出る感覚。傷はそこまで深くなくとも、違和感を引き起こして微妙に思考を鈍らせる。それを誤魔化すように私は剣を下段から掬い上げるように揮った。
「うむ!その意気やよし!」
しかし、それすらも軽く身を引かれて交わされる。手ごたえは僅か、剣士の前髪を数本霞めた程度だ。
またすれ違いざまに右太腿を斬られる。それを気にせずに攻め入る。無数の斬り結び、
「ほらほら、そんな一振りじゃあ蟲も切れないでござるよ?」
「うる、さい!!」
幾度、剣を揮えど私の剣は眼前の剣士に届かない。
────分かり切っていたことだけれど、やっぱり私なんかじゃあこの剣士に純粋な剣術では勝てない。
それは良く分かった。変な意地を張って突っ込んでしまったが、これだけ負傷を追えば多少は冷静さが戻ってくる。
ならば、如何にしてこの女に勝つか?
卓越した剣技に、情報が不確かな血統魔法。防戦一方で、辛うじて隙を見つけても難なく躱されてしまう。
────詰みか?
不意にそんな考えが過る。
「ふふッ……まさか」
けれど私はそんな自問自答を笑い飛ばした。既に攻略法は見えた。別に純粋な剣技でこの剣士に勝つ必要などない。
────総動員だ。私が持っている全てを使って、そうしてこの剣士に勝てるのならば何ら問題ない。
「いつまでもやられっぱなしじゃ、レイに合わせる顔がないもの。そろそろ終わらせましょう?」
「今度は何を見せてくれるでござるか!?」
依然として楽し気に笑みを湛える剣士。彼女は本当に「戦う」と言うことが好きなのだろう。
所謂「戦闘狂」で……彼は私の事もよくこう呼んでいたけれども、純粋度で言えば彼女には敵わない。だって私は誰でもいいわけではないのだ。彼に勝ちたいから強くなったのだ。彼と戦いたいから剣を取ったのだ。私の行動指針の根本には全て
悠長に剣士が私の出方を伺っている次の瞬間、
「────
私は、戦闘地帯全域を凍てつかせる魔法の言葉を唱えた。
「これはッ────!!」
「今更、遅いわよ」
咄嗟に剣士は発動させた魔法の範囲から逃れようと動き出すが間に合わない。彼女が動き出そうとした右足から私の魔法は凍てつかせ、次いで左足、両腿、腰、腹、胸、腕へと伝染するように氷が這い寄る。剣技、近接戦闘は大したものだ。私なんかでは到底、敵わない。けれども────
「あなた、魔法戦闘なんて微塵もやったことないでしょう?」
「な、にを?」
こと、魔法が混じればその限りではない。
最初に感じた違和感、希薄すぎる魔力の熾りに、物珍しそうな魔法への反応、そして決定的なのが、
「その〈空間を飛び越える一振り〉だったかしら?その魔法、帯刀した状態じゃないと上手に使えないんでしょ?理屈は分かんないけど」
「ッ!!」
彼女自身の魔法の不慣れさ。先ほどの近接戦闘、この剣士が魔法による一撃を使用していれば、数えきれないほど私を倒し切る致命的な瞬間は存在した。けれどもこの剣士はまったく魔法を使う素振りを見せなかった。
単純に剣士として純粋な剣で勝負をしたかったと言うのもあったのだろう。けれどもつまりはそういうことなのだ。魔力の熾りが微塵も感じなかったのはそもそも魔力制御が十分に魔力を扱える練度に達していなかったからなのだ。謂わば、この剣士の魔法技術は赤子も同然と言うことである。ならば、勝てない道理はない。
「剣術大会と銘打っているけれども、この国の剣士や騎士は魔法も自在に扱えて漸く一人前なの。その理論で言えば、貴方は私より強いけど、私より半人前よ」
完全に魔法による拘束が終わり、身動きの取れなくなった剣士の首元に剣を突き付ける。
「参り、申した……」
これ以上の戦闘が無理だと言うことは本人が一番良く分かっていた。そこで勝負は喫する。
「決まったぁあああああ!激しい剣技のぶつかり合い!そして最後はグレイフロストの秘伝技で勝利を手繰り寄せた〈氷鬼〉の勝利だーーーーー!!」
途端に歓声が沸き起こる。会場全体が私の勝利を称賛してくれる。けれども、手放しに喜んでも居られない。
「手ごわい相手が続くわね……」
次は彼の弟子であり、〈勇者〉としての片鱗を見せ始めてきたヴァイス。ブライトネスとの勝負なのだから。
ふと、彼が座っているであろう場所に視線を投げる。はるか遠く、国賓席に居心地悪そうに座っている彼は直ぐに見つかった。そうしてその距離が今と私の明確な差を現しているようで────
「俄然、やる気が出てきたわね……!!」
挫けるどころかやる気が湧いてくるのだから、やはり私の原動力は彼なのだと思う。
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