第112話 本選一回戦

「さあ陽が沈み始めて今年の〈刻王祭〉も終盤へと差し掛かってまいりました!皆さん!盛り上がっていますかぁぁあああ!!?」


「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」


 休憩インターバルが終了し、再び戦闘地帯に姿を現した司会のスピカ・ラウダ―。彼女の問い掛けに観客は楽し気に歓声を上げた。それを聞いたスピカは満足げに笑って言葉を続ける。


「ただいまよりクロノスタリア剣術大会の本選を始めたいと思います! まずは熾烈な予選争いを勝ち抜いた四人の剣士たちの登場だ!!」


 大きな身振り手振りで入場口から四人の男女が現れる。その瞬間、会場の熱気が一際大きくなった。


「今年こそは優勝しろよグレイフロストの〈氷鬼〉!!」


「ガルダウィンドの次男坊も頑張れよーーーー!!」


「やっぱり顔が良すぎますヴァイス様ーーーーー!!」


「また変な剣術を見せてくれ着流しの嬢ちゃん!!」


 飛び交う歓声を向けられた出場者たちはそれぞれの反応を示す。手を振り笑顔で答えたり、不機嫌を隠さずに怒鳴り散らしたり、応援の声にどう反応すればいいかわからずに苦笑したり、あっさりと一礼だけで済ましたり……本当に様々である。


 しかし、一貫して彼らの集中は既に相当なモノであり、これから始まる本選に備えているようだった。観客席からでもその気迫が伝わってくる。それを真横で感じていた司会のスピカは剣士たちの気を削ぐまいと直ぐに良く通る声で続けた。


「この四人で今大会の王座を争っていただきます! 気になる第一回戦の対戦カードは────」


 先ほどまでの休憩中にあらかじめ決められたであろう対戦の組み合わせが発表される。


「次期〈比類なき七剣〉候補!暴風剣士とは彼の事!フレイル・ガルダウィンド! 対するは魔剣学院の生徒らしからぬ甘いマスクが魅力なヴァイス・ブライトネスだ!」


 名前を呼ばれた二人の剣士はその場に残り、互いに敵を認識をして自身の武器を抜き放つ。それを見て他の司会や残りの出場者は戦闘地帯から離れる。開戦はすぐそこだ。


 ・

 ・

 ・


「────ヴァイス・ブライトネスだ!」


 名前を呼ばれとき、思わず心臓が飛び跳ねた。


 意気込んでこの剣術大会に参加したは良かったものの、イマイチ本選に進んだのだと言う実感が薄かった。けれど、それは名前を呼ばれる前の話であり。こうして相手が決まり、剣を抜き放ち対峙すれば嫌でも実感は湧いてくると言うものだ。


 敵は自分よりも四つ上の騎士────それも〈錬魔剣成〉の期待の新星と呼ばれる強者だ。確実に今まで対峙してきた中で一番の強者であろうことは間違いない。


 ────大丈夫だ、行ける……。


 今日まで大師匠の鍛錬を耐え抜いて強くなった自信はある。少し前の自分ならば対峙する前から勝負を放棄して逃げていただろうが、今はそんな弱気になれるほど楽観的でもない。


 ────多分、そんなことすればもっと酷いことが待ち受けている。


 なんなら状況としては以前よりも自分に厳しくなったともいえる。けど、自分にはそれぐらいの逆境がすぐそばに無いとダメだとこの数か月で理解できた……できてしまった。


 だから、何も恐れることはない。改めて眼前の敵へと視線を向ければ────


「いい勝負をしよう、ヴァイス・ブライトネス!」


 対戦相手のフレイル・ガルダウィンドは好戦的な笑みを浮かべていた。


「……はい、よろしくお願いします!」


 挨拶はそれだけで十分であった。


〈錬魔剣成〉?〈比類なき七剣〉の弟? 彼の有名なガルダウィンド辺境伯家の秀才? 関係ない。俺は未だ弱者で挑戦者だと言うことは変わりはしない。今更、相手の身分がどうだとか、歴史ある家系だとか、そんなの気にするだけ無駄だ。ならば、


「それでは、第一回戦開始ぃい!!」


 ただ全力でやるだけだ。


「「ッ!!」」


 激しく耳朶を打つ空気の破裂音が開戦の合図。俺は反射的に地面を蹴って、眼前の騎士へと突っ込んだ。最初の予選では魔法の使用は禁止だった。


 ────一気に決める!


 けれどもこの本選ではその縛りは解除される。


 全身に魔力を巡らせて加速させる。瞬き一つで互いの剣が届く間合いだ、眼前のフレイル・ガルダウィンドからも魔力の熾り、魔法の予兆が感じられた。相手も小手先の牽制などない、初っ端から本気の殴り合いをご所望のようだ。


「ッ────いいねぇ……!!」


 思わず頬が引き攣る。気分が体内を駆け巡る魔力と一緒に加速度的に昂り、思考を飛び跳ねさせる。脳内に得体の知れない物体が分泌されていって、変な気分にさせていく。発動する魔法は基礎にして基盤────


「〈明光〉!!」


 剣を振り抜いたのと同時に俺達の極僅かな間合いに光の球体が出現させて、激しく光り輝かせる。


「眩し────」


 フレイル・ガルダウィンドは諸に俺が発動した〈明光〉の発光を目の当たりして、目を反らす。普通の相手ならば動揺して、気が動転した隙を狙って攻撃を仕掛けて終わらせるだけだが────


「〈暴風〉!!」


「くッ────!」


 流石は〈錬魔剣成〉と言ったところか、咄嗟に防御魔法を展開して強制的に間合いを離される。初めて見るはずの【輝明魔法ブライトアーツ】にこんな咄嗟に対応するとは────


「経験値の差か……!!」


「ははッ、なんだ今の!? 光? 全然目が見えないな!!」


 それも視界を奪われたと言うのに全く動揺した様子もない。逆に────


「なんだ今の光は!?魔法?まったく訳が分からない!!」


「ああ、今のは彼の〈血統魔法〉で────」


 今俺が使った魔法一つを見ていた観客の方が煩いくらいに騒いでいる。


 何気に初めてこんな公の場で魔法を使ったが、既に事情を知っているジルフレアさんが一生懸命に説明してくるし、全部丸投げしてしまおう。今はそんな心配よりも、


「驚かしてくれたお礼に今度は俺の番だな!!」


 眼前の騎士に全神経を集中させなければ直ぐに負かされてしまう。


「なッ……!?」


 初っ端の〈明光〉でフレイルの視界は奪った。回復するにしても後一分は必要なはずだ。だと言うのに────


「視界が見えないから逃げると思ったか? 残念!! 寧ろ突貫して相手を驚かせる作戦でしたぁ!! 正に脳筋戦法!!」


 一瞬にして暴風の騎士は俺の眼前へと肉薄し、荒々しい連撃で攻めかかってくる。


 風魔法の名家ガルダウィンドの名は伊達じゃない。一見、無謀で自殺行為的な肉弾戦にも思えるが、その実、この騎士は自分の周囲の風を操作し敏感にこちらの動きを把握しながら戦闘を行っている。目を失っているのに、疑似的に視界をもう一つ再現しているようなものだ。


「デタラメだな……!」


「あんたの〈血統魔法〉には負けるよ!!」


 しかも戦闘の最中でジルフレアの説明もしっかりと耳に入っている。風を纏った刺突がこちらの腹を抉り飛ばさんと走る。それを間一髪躱して毒づけば彼は笑う。気が付けば騎士の双眸は爛々とこちらを射抜いていた。


 奇襲は失敗、速攻速殺は叶わなかったが無問題。この一週間と少しの間に培ったのは魔法の技術ではなく、どちらかと言えば戦闘技術の方なのだ。全身に駆け巡る魔力を全て身体強化に費やす。一番最初の〈明光〉が攻略されたのならば他の魔法も難なく対処されてしまうだろう。何よりも、あの騎士の周囲に展開されている風の防壁を今の魔法技術で突破できる気がしない。


 ……いや、無理を通せばその限りではないが、不完全な技術に頼るのは心もとない。ならばもっと単純に攻め入るのみだ。


「じゃあ変な小細工はナシだ!!」


「そう来なくっちゃなぁ!!」


 魔力を帯びた互いの刃が激突する。防御をかなぐり捨てて、どちらが先に多くの攻撃を当てられるかに重点が置かれていく。


 さまざまな傷ができる。逆に敵の刃が届き鮮血が飛び散る。眼前の騎士は本当に楽しそうに笑ってる。きっと自分もこんな顔をしているのだろう。


 ────楽しい。


 確かにそう感じた。けれどもそれと同時に自分の未熟さを痛感する。脳裏に過るのは延々と繰り返された大師匠との模擬戦。それと比べると、いささか余裕が生まれる。思考は一気に整理されていき、眼前の騎士の動きを冷静に見極められるようになる。


 ────そこだ!!


「ハ、ァアアアアア!!」


 裂帛の気合を上げる。狙うのはフレイルの振り下ろされる剣の綻び。風纏う彼の刃のほんのわずかな気流の乱れを利用して────


『キンッ!!』


 下段から振り上げた俺の刃との衝撃で弾き飛ばす。


「ッ────!?」


 驚愕の色に染まるフレイルの表情。即座に彼は弾き飛んだ剣の回収に向かおうとするが、それを許す道理もない。


「勝負、ありです」


「……いやー、ちょっと熱くなりすぎた……完敗だよ」


 フレイルの背後に周り、剣を突き付ければ彼は降参と言わんばかりに両手を上げた。


「き、決まったーーーーー!!激しい剣戟を制したのは〈光の勇者〉!ヴァイス・ブライトネスだ!!」


 そこで勝負は完全に決まる。なんだか大層な渾名まで付けられているがそれを気にする余裕はまだ戻らない。


 息も絶え絶え、俺は何とか〈錬魔剣成〉に勝利した。

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