第111話 〈氷鬼〉と〈勇者〉の思い
一番最初に剣術大会に出たのは私が十歳の頃だった。
出た理由は単純明快。強くなる為であり自分よりも遥かに実績と経験のある強者と戦いたかったからである。今思えば、なかなか生意気でませた子供だったと思う。
だってそうでしょう?
毎年の〈刻王祭〉で必ず開かれるこの剣術大会は基本的な年齢制限はない。子供から老人まで、正に老若男女が出場できる。けれど、実際に剣術大会に出場するのは自分よりも一回りも二回りも長い間戦いに身を投じてきた歴戦の武人ばかりで、私のような子供は午前の部で行われる幼少の部に出るのが必然とさえ言えた。
けれども、私は父や母、姉、心配する周りの反対を押しのけて午後から執り行われる本当の剣術大会の出場を頑なに譲らなかった。
「レイみたいに強くなるなら、私も本気で戦える大会に出る!!」
言うことだけはとても志が高く、一丁前。本当にませた子供だと思う。けれどそれだけじゃあ何も意味はない。
下手すれば……いや、〈血統魔法〉と言う特別な力が扱えるからと言っても、たかが十歳の子供が大人の中に混じって剣を揮うとなれば普通の怪我では済まないことが殆どだ。最悪の場合は死ぬのと同じくらいに辛い目に遭うかもしれない。それでも私は剣術大会に出た。
結果と言えば当然、予選なんて突破できるわけもなく、なんなら周囲の出場者に気を遣われながら大敗北を喫した。
「嬢ちゃんにはまだ午後の部は速い。来年は大人しく午前の部に出場するんだな」
「ッ────!!」
一人の剣士に軽くあしらわれ、予選に敗れる。あれほど屈辱的な思いはなかった。
そこから私は更に鍛錬に鍛錬を積んだ。
毎年欠かさずに祭りの剣術大会に出場して、確実に着実に経験を積んでいった。そうして去年、漸く初めて予選を突破して、本選に出場。
────まあ、すぐに学院に入学してその考えは甘いと思い知るのだけれど……。
それでも、ここまで私は、私なりに、私の歩幅で色々な強さを積み重ねてきた。
学院に入ってからはそれが更に濃密になり、今までの数年分がたったの数か月の密度で経験と成って私を成長させてくれた。彼に追いつきたい一心で〈昇級決闘〉も死に物狂いで頑張った。途中で躓き【第四級】に成れないかもと思った時は本当に焦ったし、正直、涙を流したこともあった。
「じゃあ、俺の〈派閥〉に入らないか?」
だから、彼から派閥に誘われたときは本気で泣きそうなほどに嬉しかった。何とか強がって笑って見せたけれど、あの時は本当に危なかった。
そうして一年生の中でも粒ぞろい、最強と言っても過言ではないメンバーで〈派閥〉を結成し、異常事態がありりながらも〈昇級決戦〉を勝ち抜いて〈最優五騎〉に成れた。本当に、彼と初めて決闘をした時から比べれば見違えるようだ。だから……と言うわけではないけれど、私は不意に思った。
今、私は、フリージア・グレイフロストと言う一人の剣士は何処にいるのだろうか?
絶対に隣に並び立ち、彼を支えたいと決意した日から────私は目標にどれだけ近づけたのかと。私の
だと言うのに、彼は引っ込み思案で目立つことを嫌うから私の誘いを断るし、やはり一筋縄ではいかない。だから、強行突破だ。
「絶対に優勝する」
そうすれば、彼は私の挑戦を受けざるを得ないのだから。だからどんな強者が相手だろうと負ける訳にはいかないのだ。
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夏季休暇。
俺がブラッドレイ家のお世話になり始めて感じたことは、やはり彼は貴族で────それもこの国の重鎮である侯爵家の嫡男なんだと言うことだ。
大きな屋敷に綺麗な庭園、屋敷で働く使用人の数は決して多くはないがそれでも全員が仕事人然としている。本物のメイドさんなんて初めて見たし、本当に実在したんだと感心したくらいで……極めつけはこの裏庭だ。
────そりゃあ、ずっと家に引きこもるよなぁ。
流石は〈軍事統括総督〉の住む屋敷なだけあって、その広さは学院の訓練場と遜色はない。寮の裏庭と比べれば雲泥の差だ。
彼は幼少期、「ずっと家に引きこもって、ここで鍛錬をしていた」と言っていたけれどもそれも納得だ。これだけ設備が整っていれば、強くなることを第一に考えている彼には、わざわざ外へ出る理由がほんと無くなってしまうだろう。
────それに最高の師匠もいるしね……。
明確な言葉にはしないが、彼は自身の師匠をとても尊敬している。それは普段の言動や行動……そして屋敷に戻ってきてからの姿を見れば一目瞭然だ。
その気持ちも分かる。
実際に彼の
────それもこれも、全部は彼の師匠……フェイド・ブラッド────今はグレンジャーか────の指導力の高さが異常なのだ。
彼はこの国の英雄を「出鱈目でメチャクチャ、乱暴で粗暴」だと酷評していた。彼の言い分に「流石に言いすぎでしょ」と半信半疑であったが、実際に経験してみると納得した。
憧れの〈紅血魔帝〉に指導してもらえる喜びと贔屓目を抜きにしても、この老兵に一週間と鍛えられれば素人でも一端の騎士見習いには成れるだろう。それぐらい本当にヤバい。そうして大師匠の元で鍛錬を始めてからなんだかんだで一週間以上が経過した。そこで俺はふと思ってしまったのだ。
────今の俺はレイくんにどれだけ通用するのか……。
いや、正直、生意気を言っている自覚はある。高々、学院に入ってまともな訓練を始めたばかりの俺なんかが彼の足元には到底及ばないのは重々承知している。
けれども、一度沸き起こった知的好奇心は止められない。俺だって男だ、強者に挑み、剰え勝ってみたいと思う。
────それに、いつまでも憧れのままじゃダメなんだ。
そんな感じの思いの丈を大師匠に言ってみると、彼は大変楽しそうに笑った。
『そんなに気になるなら勝負を挑んでみればいいだろう』
それに俺は何とも言えない気持ちを覚えた。
確かに大師匠の言う通りだ。気になるのならば直接確かめればいい。けれども実際問題として、多分……と言うか十中八九、彼は俺の挑戦を本気で受けてはくれないだろう。まだたった数か月の付き合いであるが一緒に居れば分かってしまう。
彼は普段の生活ではどこか一歩引いたような、力を抑えている節がある。それは別に俺達の事を侮っているとか、舐めているとかそういうわけではないと思う。彼には明確な目的がある。その目的に関係すること以外では自分の全力を使わないようにしているんだと思う。
何故か────と聞かれたらその理由は分からないけれど、彼はいつも何かに怯えているように見えるんだ。あれだけ強くて、どんな困難も乗り越えられそうな精神力を持っていると言うのに心の底ではいつも一人寂しげに怯えている……ような気がする。
『まあ、あながち間違いじゃあない。あいつは強いが、その根底にあるのは弱虫で超が付くほどの臆病なんだ』
大師匠はそう言っていた。まるで全てお見通し……いやその通りなのだろう。
『怖いからこそ、レイは強くなることを選んだ』
それは当たり前の事のように思えるけれど、とても難しくて、とても苦しいことだ。一昔前の俺がそうだったからその気持ちは良く分かる。だからこそ、猶更確かめたくなった。
今の自分はどれだけ彼の強さに近づけたのか。どれだけ彼に頼って貰える存在に近づけただろうかと。
そう思ってしまうのは自分勝手で独りよがりな
「だから、絶対にこの大会に優勝するんだ」
そうすることが本気の彼と戦えるまたとない
それが、彼が信頼する相棒であり婚約者であるフリージアさんがさんでも。
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全ての予選が終わり、本選へと駒を進める四人が出揃った。
予想に対して何ら面白みのない結果となったが、最後の着流しの女のあの一振りは驚いた。そうして、三十分の休憩を挟んでからこの剣術大会の目玉である本選が始まる。
あれだけ高かった日差しも傾き始めて、辺りを夕色が照らしつくす。知り合いが二人も本選に出場するとなれば、見る側としても心持は変わる。
果たしてこの大会にどんな結末が待ち受けているのか、今から楽しみであった。
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