第110話 予選経過

 剣術大会の予選は順調に進んでいった。


 予選二回戦は〈錬魔剣成〉の期待の新星────フレイル・ガーロットのいるグループであり、


「オラァ!どんどんいくぜぇ!!」


 予想通りと言うべきか彼の剣技は騎士らしからぬ荒々しさで敵を切り伏せていた。


 ────人のことを言えたもんじゃないが、随分と大味な戦い方だな……。


 騎士団の特別部隊ということもあって〈錬魔剣成〉は日常生活から始まり、普段の戦い方や剣術など、特別で厳しい指導を受けていると聞く。


 その為、剣捌きや戦闘法なんかもある程度は矯正され、洗練されたものになるとジルフレアは言っていた。


 実際、〈比類なき七剣〉達の剣術には似通った癖のようなモノが存在し、歴々と受け継がれてきたとても理にかなったモノでもある。そんな剣術を納め、更に抜きんでた才を見出し、磨き上げれたものが〈比類なき七剣〉に成れるのだとか……。


「うーん……まだ精進中か……?」


 まだ入団して一年と少しなのだから当然と言えば当然だが……それにしても、フレイルの剣術は乱雑で自由奔放、〈錬魔剣成〉の掲げる教えとは反しているように思えた。


「こりゃあ決まりだな」


 それでも十分強いのだから、やはり彼は成るべくして今の地位を手に入れたのだろう。


 既に半数以上の出場者が戦闘地帯に平伏している。残った者ももう顔を青ざめさせて、戦意喪失だ。


「何ということでしょうか!一回戦目のフリージア選手と同様に、二回戦も一方的な殺戮!!フレイル・ガーロット選手!圧倒的です!!」


 程無くして、二回戦の勝者は確定した。司会のスピカ・ラウダーの言葉を隣で聞いていた実況の役の二人は渋い顔をしていた。


「「……」」


「よっしゃーーーーー!!」


 それだけで彼が騎士団でどのようなキャラなのか分かる。


 ────ご愁傷さまです。


 内心でジルフレアに同情する。だからほら、そんな今からあの問題児をどう諭そうかみたいな感じで頭を抱えないで。


 公共の場、それもこんなお祭りの催物で憧れの騎士のそんな姿、誰も見たくないよ。


 ・

 ・

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 三回戦。次はヴァイスのいるグループである。


 屈強な戦士や厳つい顔の荒くれ者が多い印象の三回戦グループ。そんな中に見た目が美少女と相違ない彼がぽつんと浮くようにいると違和感が凄い。


「え、犯罪……?」


「私知ってる。あの男の娘は今から周りの厳つい男たちに────」


「脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ脱げ────」


 息が荒く、目を血走らせた一部の淑女の皆々様方が色めき立っている。


 お前ら本当に貴族の淑女か……とは思わなくもないが、寧ろこういう富裕層の方が性格や趣味嗜好が歪みがちなのである。


 ────触れないでそっとしておこう……。


 触れてしまったが最後、こちらまで腐らされてしまう。


 しかし、眼下の戦闘地帯では火に油を注ぐようなやり取りが繰り広げられる。


「ぐへへ、可愛い顔してるじゃねかよぉ~。お前、本当に男かぁ?」


「ふひひ……身包み剥いで確かめないとなぁ?」


「俺達は理解があるからよぉ。お前が男だろうが女だろうが関係ないんだぁ、多様性の時代だからなぁ。寧ろ、そういう方が滾るぜぇ……!!」


「ッ!クズ共が……」


 ────え?これ本当に大丈夫そう?


 まだ開始の合図も鳴っていないのにやる気満々の厳つい男たち。それらに取り囲まれた勇者殿は眉間に皺を寄せて剣呑な視線を飛ばす。


 うん、実に血気盛んで剣術大会らしいけど会話の内容可笑しくない? やめてね? まだ昼まで小さい子供見てるんだからね???


「ふぐあぁ!?」


「恥辱に晒されそうな美少年の睨む顔……良い!!?」


「やっべ、鼻血止まらんのだが……」


 あと、昼間っから発情してるアホ共はマジで自重しろ。アリスに悪影響が出たらどうする。


「……お兄様?周りの方々はどうしてこんなに盛り上がっているのですか?」


「うん。みんな、ヴァイスの活躍に期待してるんだよ……」


「それじゃあ私たちも一生懸命応援しなくてはですね!!」


 意気込んでやる気を見せる妹君の姿に、俺は汚く荒んでいた心が洗われるような思いである。


 ────マジで俺の妹が純粋天使すぎる。ヤバい、もう本当に可愛すぎて耐えられない、ツラい……。


 今ふしだらな感情を無差別にばら撒いてる腐海の原住民は本気でうちの妹を見習え。


「いや、寧ろ崇め奉れ」


「さあ!既に我慢ならない武人たちの戦いの火蓋が今、斬って落とされたぁ!!」


 思わず心からの本心が漏れ出ていると軽い破裂音が〈闘技場〉に響く。予選二回戦が始まった。


「ヒャハハ!さあ全裸公開ストリップショーの始まりだ!!」


 まるで示しわせたかのように二回戦の出場者達がヴァイスの周囲を取り囲む。


 明らかな狙い撃ちに、観客は非難するどころか盛り上がっている。既に箍が外れた彼らには正常な判断はできない。しかして、件の勇者殿は至って冷静であった。


「ハァ……落ち着け。この一週間の成果をレイくんに見せるんだッ!」


 そうして全方向から襲い掛かってくる荒くれ共を睥睨し、勇者殿は横一閃に剣を揮い────


「悪いけど、速攻で終わらせてもらう!!」


 それだけで覆いつくさんばかりの荒くれ達は場外へと吹き飛ばされる。


「「「ッ!!?」」」


「な、なんとういう膂力だぁああ!?」


 異常な光景に参加者は勿論、観客や司会も驚愕を隠せない。しかし、何ら不思議なことなどない。


「と言うか、お前らヴァイスの事を舐めすぎだよ」


 思わず笑みが零れる。


 俺の一番弟子であり、この夏季休暇に入ってからずっと爺さんの直接指導を耐え抜いてきた彼がこんなところで好きなようにやられる道理がない。それは今の一揮りを見て確信に変わる。


「また、強くなったなぁ」


 これは本格的に追い越される日は近いかもしれない。全くもって油断ならないね。


 その後もヴァイスは今まで屈辱を晴らすかのように荒くれ者を滅多切りにし、見事に予選を勝ち抜いた。


 ・

 ・

 ・


 さて、色々と思うところがあった三回戦を経て予選四回戦である。


 前のメンツと比べると如何せん迫力が欠ける、目立った出場者が居ないと観客たちは思うだろうが、俺としては一番楽しみにしていた予選グループである。


「さて、どうなるかな……」


 流れる視線の先にはこの辺では見慣れない着流しに、これまた東方独特の手法で鍛え上げられた、その柄頭にぶら下がった鈴を弄ぶ女剣士だ。


 気配までも巧みに誤魔化して、上手く周囲に隠れている。俺が言及したから殿下や他の一部の貴族は彼女に注目しているが、それが無ければ気が付くのも難しいだろう。全くもって興味の尽きない剣士だ。


 果たして、その実力は如何に────


「それでは予選四回戦、始めてください!!」


 司会のスピカ・ラウダ―の号令で破裂音が響く。食い入るように眼下の戦闘地帯を見る。そして、次の瞬間に飛び込んできた予想外の光景に息を呑んだ。


「ッ!!」


「なッ……こ、これはどういうことだぁ!?」


 好き勝手に動き出そうとした出場者たち、しかして次の瞬間には着流しの女を中心にして伝播するかのように倒れだしたのだ。


「……」


 一見すれば着流しの女は何もしていないように見える。とても不自然な光景に映るだろう。けれども、俺は見逃さなかった。


 ────なんだ、今の……?


 それでも理屈までは分からない。恐らく、俺よりも近くでその光景を見ていた〈比類なき七剣〉の二人ならば分かったかもしれない。


 、あの女剣士は刀を鋭く抜き放ったかと思えば、次の瞬間には周囲にいた彼女の近くの出場者から勝手に倒れ始めた。


 剣圧や風圧で出場者を卒倒させたのはない。それよりも上のハッキリとした攻撃があの剣士以外の全員に襲い掛かった。


「どういう原理、理屈かは分からないがこれは大番狂わせだぁ!細身な女剣士が運よく予選を勝ち抜いたぁあ!!」


 一気に静まり返った〈闘技場〉にスピカ・ラウダ―の声が無常に鳴り響く。


 観客は何が起きたのか状況が理解できずに呆けるばかり。この状況を唯一説明できるであろう実況であり来賓ゲストの最優の騎士二人も実況を放棄して黙り込むばかり。


 あれは何か考え込んでいるときの反応だ。普段ならば仕事をしろと文句を言いたいところだが、心中お察しである。


「最優の騎士でも直ぐには見抜けない未知の剣士ってわけだ……」


 これは随分と楽しくなってきた。思わぬ強者の登場に俺の心は興奮し高鳴っていた。

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