第109話 予選開始

 お浚いするがこの〈刻王祭〉は本日限りの開催であり、よって剣術大会も本日限りだ。そしてこの催物は午前と午後の部で分けられる。前座的な立ち位置で午前に十四歳未満の少年部が行われ、午後から年齢無制限の部が行われる。言わずもがな、注目度で言えば午後からの部の方が注目度は高く、年齢制限がないので出場者の数も多い。つまり、何が言いたいかと言うと悠長にきちんとした決闘形式で予選をしようものなら確実に一日なんかでは終わらないということである。


 所詮、予選なんてのは前座であり観客の殆どがそれほど興味なんて示さない。やはりメインは本選であり、言ってしまえば誰もがその結果で決まった勝者と〈比類なき七剣〉の一戦を楽しみにしている。詰まるところ────


「予選はクロノスタリア剣術大会の名物の乱戦!一グループ約五十人に分けて、その中で最後まで立っていた強者のみが本選へと進めます!」


 本選へと進む出場者を決める予選は結構大雑把に行われる。今回の大会出場者は凡そ二百人、そうして今しがたの説明通りにグループを分けた結果、本選に出場できるのはたったの四人ばかりだ。


 ────まあ、円滑に進めるならこれが一番手っ取り早いか……。


 予めグループ分けが決まっていたのか、すんなりと出場者たちはそれぞれの組み分けに分けられていく。どうやらヴァイスとフリージアは別々のグループらしく、これで二人が本選で戦う可能性が出てきた。


 ────と、言うか二人はほぼ確定で本選に出場だろうな。


 やけにクッションの効いた椅子に深く座り直す。特に今から予選を勝ち抜かんとする二人の仲間を応援する素振りのない俺を見て、隣の殿下がこんなことを聞いてくる。


「おや、婚約者と弟子の晴れ舞台だと言うのに随分と落ち着いているな? まるで、もう二人の本選出場が決まったようだ」


「揶揄わないでください……殿下もお気づきでしょう。周りと比べたらあの二人は実力が数段飛びぬけている」


 これは贔屓目でも世辞なんかでもなく、事実だ。


「ほう、その心は?」


 確実に隣の王子殿下もそれを理解してるだろうに、それでも分からないふりをして尋ねてくる。


 ────次は何を企んでいるんだ?


 とんだ茶番だと思いながらも周囲の視線があるので俺は殿下の子芝居に付き合うことにする。


「二人は一学生であり、栄えある魔剣学院の生徒と言えど、世間からすればまだまだ未熟に映って見えるでしょう。現に他の参加者はあの二人より実践経験もあるだろうし、乗り越えてきた修羅場も違う」


「それなら……」


「でもまあ、それを考えても余りあるほどの潜在能力が二人にはある。決して周りの出場者が弱いとかではなくて、二人が規格外なだけです。それにフリージアは去年の大会で上位入賞しているし、そんな去年よりも強くなっている。ヴァイスも爺さんにこの短期間でだいぶしごかれて実力を伸ばした。他の参加者には同情しますね」


「なるほど」


「「「おお……!!」」」


 俺の説明を聞いて態とらしく頷く殿下と、それに聞き耳を立てていた貴族たちの唸る声。いつの間にか周囲には名も知らぬ身なりの良い大人たちに囲まれていた。


 ────なんだこれは……。


 変な盛り上がりを見せる貴族たちを尻目に、気が付けば件のフリージアがいるグループの予選が始まる。


 流石に四つのグループ一斉に予選はできないので一グループずつで予選は行われる。制限時間は三十分で、予選は魔法の使用は禁止。己の肉体と剣技のみで周囲の出場者を蹴散らす必要がある。


「こんなところで躓くようじゃレイにバカにされちゃうものね!!」


「な、なんて荒々しさだ!?」


「〈氷鬼〉の名は伊達じゃないってか!!」


「つ、強すぎる!?」


 戦闘の開始を告げる風魔法の空砲。それと同時に戦闘狂は意気揚々と剣を揮い、周りの参加者を薙ぎ払う。それに同じグループの参加者は為す術がない。時たま、何合か切り結ぶ張り合いのある手合いもいるにはいるが────


「こりゃあ三十分もいらないな……」


 もうこれ以上は何も語るまい。結果は見るよりも明らかだ。


「流石は前大会上位入賞者のフリージア・グレイフロスト!強い!速い!圧倒的だぁあああああ!!」


 白熱する実況の声に混じって、左隣に座っているアリスが不意に疑問を零した。


「お兄様の言う通り、お姉さまとヴァイス様が本選に出場が固いのは分かりました。それでは残り二つのグループは誰が本選まで勝ち上がると思いますか?」


「お!それは俺も素直に気になるな」


 我が妹の問題提起に右隣の殿下や周りの貴族も興味津々である。


 ────え、これなんかの座談会?


 とは思いながらも愛しの妹に聞かれたからには答えなければ兄が廃る。アリスに聞かれたお兄ちゃん、無条件で何でも応えちゃう。


「まあ、そうだな。残りのグループも一人ずつ目ぼしいのはいる。それもフリージア達に匹敵……それ以上かもしれない猛者がな」


「「「おお……!!」」」


 もう全く隠すつもりのない周囲の反応にゲンナリとしながらも俺は視線を待機しているグループの一つに向ける。その中の一人────この国に住む人ならば知らない人はいない〈比類なき七剣〉、その登竜門と言われる騎士団の特別部隊〈錬魔剣成〉の騎士服に身を包んだ男を指さした。


「まずは彼だな、名前は知らんが〈練魔剣成〉に入るだけあって相当な実力者だと思う」


「フレイル・ガーロットだな。騎士団入団してまだ一年だが、それなりに成果を上げていると聞く。所謂、期待の新星ってやつだな」


「へえ……」


 殿下の補足説明に俺は頷く。謂わば、彼は俺達の先輩にあたる訳で、そんなガーロット先輩には是非とも頑張ってもらいたい。そうして最後のグループへと視線を移す。


 その中の一人────東方の国では一般的な装い、着流しを着た黒髪の女を指した。


「そんで一見パッとしない最後のグループはあの長髪を一つ結びにした女性だな。あいつは相当な曲者だ。全く覇気や気力を感じないのに、妙に堂に入った佇まい……」


「レイにそこまで言わせるとは相当だな……」


「お兄様でも勝てるかわかりませんか?」


 純真無垢に小首を傾げるアリスに俺は食い気味に答える。


「あっはっはっ!全然ヨユーだし?そもそも魔力すらまともに扱えない未熟者なんてお兄ちゃんの手に掛かれば一分と立たずに瞬殺だが???」


「お兄様……」


 ちょっと妹の前でカッコつけた過ぎて調子に乗ったことを口走ってしまった。


 ────いかんいかん。


 アリスの呆れたような溜息に精神をゴリゴリと削られながら俺は咳払いをして誤魔化す。


「ま、まあ、あれだ。勝負は時の運でもあるから俺の見立てが一概に正しいとも限らない。だから、。なので当方、今言ったことに責任は一切持ちませんし、そういった賭け事は自己責任でお願い申し上げます」


「「「ッ!!」」」


 俺の忠告に周囲の貴族たちは分かりやすく動揺する。ほんと、学院だろうが外だろうがこういった祭りごとで行われることと言うのは一緒らしい。


 ────ロクでもないな……。


 そんな事実に呆れていると気が付けば一回目の予選が終わった。


 結果は勿論、フリージアの圧勝である。

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