第108話 隠れ蓑

「さあ始まってしまいました年に一度の〈刻王祭〉!!本日限りの祭典!楽しんでるかぁ~!!?」


「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」


〈闘技場〉の中央、無数の石板タイルが敷き詰められた戦闘地帯に意気揚々と一人の女性が立ち、観客を煽る。


「ありがとう観客オーディエンスッ!そんな一大行事ビックイベントで、毎年一番の盛り上がりを見せるクロノスタリア剣術大会、これから始まるその司会進行を務めます、スピカ・ラウダ―と申します! どうぞよろしくお願いしまぁぁああああす!!」


 名乗った女性は声の大きさとは裏腹に恭しく辞儀カーテシーをする。そうして即座に顔を上げて二人の騎士を呼び込む。


「そしてそして!今大会を私と一緒に盛り上げてくれる特別解説はこのお二人!皆さんご存じかとは思いますが、この国最強の騎士に与えられる称号〈比類なき七剣〉!その第三席、〈灼熱魔帝〉ジルフレア・アッシュフレイム様と第七席〈風嵐魔帝〉ウィーネ・ガルダウィンド様です!!」


「よろしくお願いします」


「どもどもー!!」


 一人は見覚えのある真紅の騎士に、隣の緑髪の女性も何度か話した覚えがあった。流石は〈刻王祭〉の中でも大注目、大人気の催物だあってか、毎年解説には最優の騎士二人を呼ばれているらしい。こういうところを見る二最優の騎士と言うのも色々と大変みたいだ。


「それでは今一度改めて今剣術大会のルール説明を────」


「それにしても、レイはてっきり大会に参加すると思っていたんだが、予想が外れたみたいだな」


 司会進行のスピカが溌剌と喋る中、隣の王子殿下はこちらに話を振ってくる。それに俺は反射的に返した。


「あはは……滅多に来ない、と言うか祭り事態に参加するのが初めてなので妹と一緒に楽しもうかと……それを言うなら殿下は参加しないんで?」


 依然として周囲の貴族たちの突き刺さる視線によって頬が不自然に引き攣る。無視しようにもやはりこういった視線にはいつまでたっても慣れる気配がない。そんな俺と比べれば、クロノス殿下はもう慣れ親しんだ状況なのか平然としている。


「おいおいレイ、俺と君の仲だ。学院外だからと言って気を使う必要はない」


 それどころかこちらにもそれを要求してくるのだから勘弁してほしい。こちとら今までずっと家に引きこもって鍛錬ばかりしてきた社会不適合者なのだ。学院に通い始めたとはいえ、もうこの社交界のような空間だけでも辛いし、許されるのならば即刻この場を立ち去りたいのだ。


「いや、そういうわけにも……」


 しかし現実は非情かな、一度腰を下ろして会話が始まればそういうわけにもいかない。俺が俺の首を絞めているんだから笑えない。今まで目を反らしてきたツケが回ってきのである。道理だね。


 それも隣にアリスがいるならば猶更である。


 ────情けないところは見せられないのだよ。


 なんて思考を巡らせていると隣の殿下は何故か楽しげに笑う。


「ははっ、まあ君ならそう言うと思ったよ。それと質問に対しての答えは「ない」だな。そもそも「剣術大会に出て優勝するぞ!」なんて柄でもないし、俺は俺で祭りの時だからこそやらなければならないことがある」


 ほんの一瞬だけ視線を周囲に巡らせる殿下。それだけで色々と察せられる。王族の責務……とでも言うべきか、そういう柵やらなんやらがあるのだろう。俺達を見ていた周囲の貴族はわざとらしく視線を反らした。全くもって知ったことではない。


「お邪魔でしたら直ぐに席を空けますが?」


 そこに勝機を見出して、嬉々として申し出てみるが殿下は頭を振る。と言うか面倒ごとに巻き込まれるの勘弁だ。


「いや、その必要はない。寧ろレイが来てくれて助かった。さっきまで代わる代わる挨拶をされて困っていたんだ。ちょっと休憩……隠れ蓑にさせてくれ」


「俺にそんな大役は荷が重いですよ……そもそも抑止力にすらならないかと……」


「いや、十分助かっている。現に君が来てから周りの貴族たちは近づかなくなった」


 ────んな、まるで猛獣が迷い込んできたみたいな……。


 褒められているのだろうが全くそんな気になれないのはどうしてか。ああそうか、褒められてないのか。


「……」


 学院の外でも「ヤバい奴」認定されていることを悲しんでいると殿下は言葉を続けた。


「それに話したいこともあったんだ」


「話したいこと?」


 殿下の視線が眼下の戦闘地帯から反射的にこちらに飛んできて警戒する。また「俺の騎士になってくれ」とか「王位継承権争い」とかそういった面倒な話ではないだろうな。


 訝しむ俺の視線を気にすることなく彼は再び視線を戦闘地帯に向けて言葉を続けた。


「近々、王城に来てほしい。父上がレイに会いたいと言っているんだ」


「……つ、詰んだ────」


 瞬間、俺は深く項垂れる。まさか予想の斜め上、クロノスタリア王自らのお呼び出しとは思いもしなかった。そんな俺の反応を見て殿下は首を傾げる。


「な、なにを勘違いしているかは分からないが別にレイにとっても悪い話じゃ────」


「────」


 訂正するように殿下は言葉を続けるが、その必要はない。


 いや、聞かずとも分かります。今まで清く、慎ましく生きてきたつもりではございますが、国王から直々に呼び出されると言うことは相当な事である。例えば処刑とか、処刑とか、処刑とか……ああそうだ、処刑もあったな。


 ────一度経験している俺には分かっちゃうんだなぁ、これが。


「「「おおおおおおおおおおおお!!!!」」」


 脳内で勝手に盛り上がっていると会場内に歓声が沸き上がる。中央の戦闘地帯に今大会の出場者が出てきたのだ。


 その数は全部で二百を超えているのだとか。流石は国内一の剣術大会と言うこともあり、賞金や優勝した時に得られる名誉、強者を求めて国内外問わず多くの武人が集まっている。そんな中にフリージアやヴァイスもいた。


「さあここにいる内、たったの四名のみが本選へと駒を進めることができ、栄えある優勝を勝ち取れば「この会場にいる好きな相手を指名して特別決闘を申し込める権利」を手に入れます! つまりは、ここにいる〈比類なき七剣〉と戦えるということです! さあ、今大会ではその権利をいったい誰が手に入れるのか!? まずは本選出場者を決める予選から始めたいと思います!!」


 会場内は一層の盛り上がりを見せる。今、司会の彼女が言った通りこの剣術大会の目玉は「〈比類なき七剣〉との決闘」にある。普段は目にすることのない最優の騎士の実力────剣技や魔法を見られると言うのは滅多にない機会だ。これがこの催物が大人気の一因でもあった。


「おっと、どうやら予選が始まるみたいだな。詳しい話はまた後にして、今は俺達の仲間を応援するとしよう」


「は、はぁ……」


 そうして殿下の意識は完全に眼下の戦闘地帯へと向いてしまう。


 勝手に一人で盛り上がっといてなんですが、普通に殿下の話が気になりすぎて俺の心境は大会の応援どころではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る