第107話 闘技場

〈赤羽の蝙蝠〉を後にした俺達は何とか剣術大会が始まる十分前に〈闘技場〉へとたどり着くことができた。


「お兄様!こちらです!」


「合流できてよかったよ!」


「お、お待ちしておりましたレイ様!」


 やはり多くの人で賑わう会場の出入り口の到着と同時にアリスたちと合流できたのは運が良かった。


 三人は俺達とはぐれたと気が付いた時には既に最終目的地であるこの場所へと移動を開始して、ここでずっと俺とフリージアの事を待っていたらしい。それを聞いて、変に寄り道やアイゼルのところで長居していたことが申し訳なく思えてくる。と言うか────


「本当に申し訳ございません」


「ございません」


 確実に謝るべきなので俺とフリージアは一斉に頭を下げて謝罪をする。


「気にしないでください。お兄様とお姉さまを一緒にするのは計画ど────んん!お二人がお祭りを楽しんでくれたのならいいのです」


「アリス……!!」


 そんな俺達を見てアリスは笑顔で顔を上げるように促してくる。


 流石は我が妹、兄が遊び惚けていてもそれを咎めるどころか許してくれるとはなんと度量の広いことだろうか。やはりアリスしか勝たない。途中、言葉を濁している部分があったが気にしない。だってアリスはいつも俺に優しいから!!


「それじゃあ、俺達はこっちだから」


 ……なんてことを考えていれば、俺達はせっかく合流できたのに闘技場で二手に分かれることになる。と、言うのも大会に参加するフリージアとヴァイスは大会参加者の集まる控室があり、既に大会が始まる十分前と言うこともあって係員に連れていかれてしまったのだ。


「ほんとに参加しないのレイ!? やっぱり参加した方がいいんじゃない? そうよ、その方がいいわ!!」


 別れ際までフリージアは俺に大会参加を進めてきていたが、それを適当に受け流して、俺はアリスやレビィアと一緒に観覧席へと移動しているわけだが────正直に言えば、俺の心は揺らいでいた。


「よろしいのですか、お兄様?」


「ん、何が?」


 何故だか案内されたのは一般の観覧席ではなく、一部の上位貴族や国賓などが案内される特別席で変な違和感を覚えながら向かっている途中、アリスが尋ねてくる。俺がわざとらしく首を傾げると彼女はさり気なく俺の剣を見遣った。


「アイゼル様に造っていただいた剣、試してみたいのではありませんか?」


「……」


 彼女の察したような言葉に俺は言葉を詰まらせる。流石は俺の妹君、よく人の事を見ている……と言うよりも空気を敏感に感じ取っている。


 確かに、彼女の言う通り俺は新しい剣に心躍り、試してみたいと思っている。けれど、その欲求は別にこの場で直ぐに解消しないといけないわけではない。もう下手な子供じゃないんだ。新しい玩具で直ぐに遊べないからと言って喚くような歳でもない。そう思えれば、俺は剣術大会に出てまで剣を試す気はさらさらなかった。


 ────剣術大会に出て変に悪目立ちするのも嫌だしな……。


 もう手遅れかもしれないが、まだ俺は平穏な未来を諦めてはいないのだ。それに、剣術大会に出ることと龍を殺すことに直接的な関係はない。不要ならば変に出しゃばる気はないのだ。そもそも────


「いや、大丈夫だよ。一緒にフリージア達の応援をしよう」


 外にいるときはアリスの側を余り離れたくなかった。既に今日、その目標は一度失敗しているのだが、だからこそ俺は彼女の側に居たかった。もう、あんなクソみたいな思いは御免だ。


 そんなやり取りをしていると気が付けば、一般の観覧席よりも見晴らしがよく座席も高級感の溢れる特別席付近に辿り着く。


「えーっと俺達の席は……」


 流石は〈刻王祭〉の中でも取り分け人気の一大行事と言ったところか、一般観覧席はほぼ満席は当然ながら、この特別席も多くの貴族や国賓で埋まっている。


 正直こんなお偉い人たちのいる席で見るくらいなら、一般席で見た方が気は楽なのだがブラッドレイの人間と言うことで勝手にここに案内されてしまった。流石は〈軍事統括総督〉の家名と言ったところか、名乗っただけでこれである。全く勘弁してもらいたいものだ……。


「ほ、本当に私なんかも一緒にいいんでしょうか……?」


「まあ、問題があったら止められてるだろうから大丈夫だろ」


 当然ながら、大会に参加しないレビィアも俺達と一緒に観戦するわけで────


「で、ですかね……」


 彼女は自身の場違い感に酷く顔を青ざめさせていた。


 ────その気持ち、分からなくはない。寧ろとても親近感を覚えるが……。


 不安だからと言って服の裾を掴むのはやめてほしい。普通に近いからね? あと近い。無意識だとしてもお前にそれをされると昔の事を思い出してしまう。なまじ無意識だと言うのと完全に怯え切っている彼女の様子を見るに、その手を振りほどくのは躊躇われた。


「やめだやめだ……」


 こんなくだらないことで気をもむのもアホらしい。


 ────もう勝手にやらせておこう。


 今はアリスのエスコートに全神経を集中だ。如何なる外敵が襲ってきても俺はこの身を挺して大切な妹を守るのだ。


 そう思考を切り替えて、案内された席に座ろうとすると────


「おや、奇遇だねレイ」


 何故か真横から覚えのある声が聞こえてきた。反射的に首を声のした方へとぎこちなく向ければそこには、


「────お久しぶりですね殿下……グラビテル嬢も……」


 我が〈龍滅の派閥〉、延いてはこの国の重鎮とその婚約者殿に遭遇した。どうして彼らがここに────なんて疑問はするだけ無駄だ。場所を考えれば別に不思議な事でもないし、二人がこの〈闘技場〉に可能背は十二分にある。だからここでこの二人に遭遇しても何ら不思議ではない。


 ────しかし……。


 そうは言っても彼らと俺達の席が隣同士になる確率は如何ほどだろうか?


「隣の方たちは……?」


「お初にお目にかかります。兄、クレイム・ブラッドレイの愚妹────アリス・ブラッドレイと申します。お会いできて光栄でございます、クロノス様、シュビア様」


「じゅ、従者のれ、レビィア・ハイデンロットでしゅ!!?」


 呆ける俺を他所にそんなやり取りが繰り広げられる。流石は我が妹、突然の国の王子との遭遇にも動じることなく礼儀正しい。お兄ちゃんと基本性能が段違いだね。あと、誰が誰の従者だ、このアホ女。


「そう畏まらず、肩の力を抜いてくれ。堅苦しいのは苦手なんだ」


「お心遣い痛み入ります」


「あ、ありがとうございます!!」


 恭しくお辞儀カーテシーをしたアリスはこちらに振り返って微笑む。


「それじゃあ座りましょうか、お兄様?」


「あ、ああ……」


 どうやらこれからの席替えは不可能であり、俺は妹に促されるままに殿下の隣へと腰掛けるしかないらしい。


 やけに座り心地の良すぎる椅子に座ったのと同時に周囲から不躾な視線を感じ取る。さり気なく周囲を一瞥すれば、それは殿下の様子を伺い、話しかける機を狙っていた貴族たちのモノであり。不意に彼の隣に陣取った俺を見て明らかに剣呑な視線を向けてきていた。


 ────え、帰りたい……。


 分かっていたことではあるが帰りたい。だって仕方ないじゃん、案内された席がここっだったのだ。文句を言うならここの係員に言いつけるか、俺達が来る前に席を勝手に占領してればよかったのだ。


「はぁ……」


「二人の活躍が楽しみだな!」


「え?ああ、はい。ソウデスネ……」


 そんな俺の気を知ってか知らずか何故か殿下は上機嫌だ。それが更に俺の胃をきりきりとさせた。

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