第106話 完成品

 例に漏れずこの商業区画も〈刻王祭〉によって色とりどりに装飾されて、多くの露店や人で賑わっている。それと比較すると商業区画の奥のこじんまりとしたところにあるこの〈赤羽の蝙蝠〉はとても静かで、祭りによる色鮮やかさが反映されずに寂しさを覚えてしまう。


「いるか、アイゼル?」


 中に入ると殊更、静寂が際立つ。帳場には誰も居らず、今日の祭りの為に働きづめだった職人たちも、今日ばかりは休み────祭りを楽しむ側へと回っているのだろう。大広場やここまで来るのに歩いた通りの至る所には彫刻像オブジェが展示されており、それらは全てここの職人の手作りであり、大いに祭りの雰囲気づくりに貢献していた。


「おお、来たか」


 一見、明らかに休業であろう店内だが、少し遅れて奥の鍛冶場からここの主が出迎えてくれた。仏頂面の土人族ドワーフはここ数日まともに睡眠をとっていないのかその眉間は偉く険しい。


「……大丈夫か?」


 三日前より明らかに具合の悪そうなアイゼルを見て、俺は思わず尋ねてしまう。しかし、件の土人族は絶好調だと言わんばかりに歪に笑った。


「がはは……無問題。寧ろ、最高な気分だ!」


「それならいいが────ッ!!」


 そうして奥の鍛冶場から一緒に持ってきた細長い布包みを帳場にゴロンと寝かせる。それが何かであるのかは尋ねるまでもない。


だ。完璧に仕上げたつもりだが……最後にお前の目で視て、手に取って確認してくれ」


「あ、ああ……」


 怪しげな笑みを依然として湛えるアイゼル。その様子は合法ではないブツを取引する密売人宛らだ。


 ────おい、やめろ。悪人面が二人集まれば傍から見ればマジで洒落にならない光景だから。


 その証拠に隣のフリージアが訝しむようにこちらを見ている。通報とかやめてね? 別に怪しいものじゃないから……本当だから!!


 内心、彼女がいきなり店を飛び出して衛兵を連れてこないかとひやひやとしながら、帳場に置かれた布包みを丁寧に剥がしていく。しかし、すぐ隣の人見知り系公爵令嬢様も流石に剣の出来栄えが気になるようだ。……あと、近いから少し離れてね。


「────あ……」


 さり気なく距離を取りながらも露になったソレを見て、俺は息を呑む。


 一言でこの剣を言い表すならば素朴シンプルだ。無駄に奇をてらうことの無い意匠、それは言い換えれば洗練されていると言えて、目的を達成することだけを考えているとも捉えられる。赤と黒が交じり合い、深くなった刀身に、鍔は単純な作りながらさり気なくと龍の牙を思わせる造りで主張をしている。単純な中にも職人の遊び心が感じられる。


 それが余計に琴線を揺さぶった。一瞬にして周囲の何もかもがどうでもよくなり、眼前の一振りの剣にしか目がいかなくなる。


「ははっ、何をためらう必要がある。そいつはお前さんの剣だ、遠慮なく手に取りな」


「ッ……!!」


 それは一つの芸術作品であり、一度触れれば淡く崩れてしまいそうな繊細さを持ち合わせていながら────


「……」


 恐る恐る柄を握り取れば、そんな不安が杞憂だと一蹴されるほどの存在感を放った。


 ────これは、凄いな……。


「手に、吸いつくようだ……」


 重さ、刀身の間隔、握りの深さ、揮った時の違和感の無さ。まるでその剣は初めから俺のモノであり、長年扱ってきたと錯覚さえさせる。


「そりゃあそうだ。ソイツはお前の、お前の為だけに生まれてきた一振りだ。しっかりと要望通りに造らせてもらった、その剣は世界を見下す七龍を斬り殺せる一振り……名を────」


 けれど、これを造った張本人からすればそれらは別になんら不思議な事ではない。寧ろ、当然とさえ言えたのだろう。


「────龍殺剣〈断影タチカゲ〉だ」


「タチ、カゲ……」


 その名を聞いて息を呑む。すっと納得できた。忌々しい影を断ち、斬り伏せると言う意味が込められた一振りの剣。実際に確かめたわけではないが、確かにこの剣ならば……或いは龍を────


「『気に入ったか?』なんてのは、どうやら愚問みたいだな」


「ああ。気に入った、最高だアイゼル」


 今まで武器に頓着は無かった。ただ敵を切り伏せられれば何も問題はないと思っていたが、実際にこんなものを見せられ触れてしまえば考えも変わると言うものだ。


「綺麗……」


 隣のフリージアもその剣を見てぼんやりと呟く。


「持ってみるか?」


「え、いいの……?」


 剣を促すとフリージアは不安げにこちらを見た。そんなに羨ましそうに見つめられたらそうしないとダメな気がしてくる。


「ああ」


 俺が頷くと彼女はおずおずと〈断影〉に触れた。


「……ちょっとこれ、重すぎじゃない?」


「そうか?俺からすれば丁度いいけどな」


「まあ、レイの剣なんだから当然か……」


 少し力みながらもなんとか剣を持ちあげるフリージア。まあ彼女は細身で取り回しやすい剣を好んで使っているし、その感覚で言えば俺の剣は重いのかもしれない。どこか危なっかしく剣を帳場に置いたフリージアを見て、アイゼルは彼女の疑問を解消するように口を開いた。


「お嬢ちゃんの言う通り、その剣は他の剣と比べれば重い。何せ、生物の中で龍に次いで硬いと言われる〈黒鐵の岩窟兵アダマンデスゴーレム〉のコアにクレイムの血と魔力を大量に沁み込ませて鍛えた魔鋼鉄を大量に使ってるからな。硬度は世界屈指、それこそ龍の堅牢な鱗やそれを超えて肉骨を問題なく切り伏せらるだろうさ」


「なるほど……」


 アイゼルの説明を聞いてフリージアは頷く。


 改めて聞いても馬鹿げた剣だ。主な素材は今言った二つで他にも大量の素材が使われているら。あの剣一本で大豪邸……小国の国家予算ぐらいの価値はあると聞かされた時は流石に気を失うかと思った。


 ────父様がよく許可を出して、お金を出してくれたな……。


 明らかに事前に貰っていた予算を超過したと言うのにジークは苦言を呈することなく嬉々として追加の予算を出してくれた。


 一度目では考えられないことだ。今まで変な我が儘を言わずに無欲に過ごしてきた善行が実を結んだと言ったところか……。それにしたって大盤振る舞いすぎるし、普通に気後れしてしまう。そんな俺の気を知ってか知らずか、アイゼルは清々し気に言った。


「久しぶりに十徹なんかしたが、その甲斐あってか俺の人生で史上最高の一振りができた。こんな機会は滅多に訪れるもんじゃない、感謝してるぜクレイム」


「いや、俺の方こそこんな最高の剣を造って貰ってなんて感謝を言ったらいいか……と言うかそんなに寝てなかったのかよ!?今すぐ寝ろ!死ぬぞ!!?」


 アイゼルの言葉に眼を剝く。職人たちからは「寝てない」と聞かされていたが、まさかこれほどとは思っていなかった。俺の驚いた様子を見てアイゼルは更に楽しそうに笑った。


「わはは!たったか十日寝ないぐらいで死なせんわ!」


 いや、流石に死ぬと思うが……だってふらふらと身体が揺れて体幹が今にも崩れそうだし。まあそれを指摘したところで色々と規格外な……言うなればあの爺さんと同じ人種に分類される彼に何を言ったところで笑われるだけだ。


「まあ、いいや。本当に感謝しているよアイゼル。大事に……はできるか分からんが、思い切り使わせてもらう」


「おう!思う存分使い倒して、ぶっ壊れたらまた持ってこい!完璧に治してやる!!」


「それはありがたい」


 握手を交わして、オマケで付けてもらったこれまた上質な鞘に剣を収める。


 そうして俺達は〈赤羽の蝙蝠〉を後にした。気が付けば〈剣術大会〉の時間まで残りわずかである。


「急ぐか」


「ええ!」


 もうアリスたちは闘技場にいる頃だろう。

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