第82話 轟雷の派閥
【迷宮踏破】が始まってから凡そ四時間が経過した。
ここまで各〈派閥〉の衝突や、魔物との激闘の一部始終を見ていた第一訓練場の観衆────基、生徒や教師陣は大変な盛り上がりを見せていた。しかし、そんな熱狂的な空気とは裏腹に、【迷宮踏破】に実際参加していた男────〈轟雷の派閥〉達は実に静かなモノであった。
当初は彼らが無差別に迷宮内を独走し、呆気なく【迷宮踏破】の決着がつくかと思われたが、そんな予想に反して彼らの迷宮攻略は実にゆったりとしていた。まるで、日課の散歩をする老紳士のように緩慢な足取りは見る者を退屈させ、行きすぎれば反感を買うほどだ。
「おいおい、〈轟雷の派閥〉はやる気があるのか!?」
「ふざけんな!俺の人生が賭かってるんだぞ!!」
「死に気でやれ!!」
漸く魔物と接敵したかと思えば、その雄姿を観測しようと追随する魔道具が彼らを補足する前に肝心の戦闘は終了してしまっている。
それが更に観客の不満を助長した。激しい非難が訓練場に飛び交う中、非難を浴びている当人たちの耳にその声は届くことはなく。しかして、緩慢な足取りながら着実に、確実に歩みを進め、たった四時間で第四階層へと続く連絡通路を下っていた。
これには今まで文句を垂れていた観衆も思わず口を噤んで驚愕した。既に第四階層へと足を踏み入れた〈派閥〉は存在するが、それでも彼らの道程を考えればやはり驚愕せざるを得ない。先んじて四階層へと侵入した二つの〈派閥〉よりも彼らの迷宮攻略はあまりにもなさ過ぎた。そうして、やはりそんな観衆の気など知らずに〈轟雷の派閥〉の主であるジェイド・カラミティは詰まらなさそうに欠伸を吐いた。
「漸く最深階層か、今回の迷宮踏破は退屈だな……」
「まあ、俺達からしてみれば低級も低級の迷宮ではあるからな……だからと言って油断はできんぞ。既にこの下には他の〈派閥〉が────」
「あー、分かってる。分かっているからそう敏感にならないでくれロウシェ」
辮髪が特徴の大男の小言にジェイドはあからさまに表情を顰めて片手を振る。
それに呆れるように辮髪の男────ロウシェは溜息を吐いた。そんな彼を見て黒髪の女生徒が口を開く。
「この前のジェイドに喧嘩を売った彼はもう下にいるのかな?」
「クレイム・ブラッドレイか……どうであろうな。迷宮に入る前に見た彼の〈派閥〉はかなりの粒ぞろいばかりだ、それを考えれば別にいても不思議ではないが……」
女生徒────ミラルの疑問に返事をしたのはロウシェだ。彼が思案気に腕を組んで考え込んでいるとそれを見てジェイドは嘲笑した。
「ハッ!いるにしろいないにしろ、この【迷宮踏破】に参加してんならそのうち会うだろうさ。なんなら王冠を奪取してあいつの〈派閥〉を待ち構えるのも面白そうだ」
「随分とクレイムくんが気に入ったんだね~。最初に会った時はあんなに怒ってたのに」
「うっせえな。最初のあれは挑発してきたあいつが全面的に悪いだろ。それに剣を交えたらすぐに分かった、あいつは同類だってな。早くこの前の続きがしたいぜ……」
どこか浮足立った様子のジェイドを見てやはり堅物そうな辮髪の男が口をはさむ。
「その前に目的の達成だ。ここまで王冠の奪取は魔道具によって知らされてはない。なればこの下……四階層に入ってすぐ〈派閥〉との戦闘が待ち受けている。今一度気を引き締めて────」
「あーはいはい。分かってる、わーってるよ。ロウシェはもう少し心に余裕を持つべきだな」
そうしてやはりジェイドが適当に聞き流してロウシェは唸ることしかできない。
「ううむ……そうはいっても幼い頃からの性分で────」
そんなやり取りはこの〈轟雷の派閥〉ではよくある光景であった。
それぞれが生まれや身分が違う。けれども幼少からの連れのように親し気な彼らは、根っからの性分として気が合うのだろう。まあ、今のようなやりとりも軽いじゃれ合いのようなものである。
談笑を交えながらも足は勝手に連絡通路の階段を下りきり、気が付けば第四階層へと続く大扉の前だ。この先に四階層────牽いては今回の目的である王冠が設置されている。この先に待ち受けてるのはどの〈派閥〉か。
〈青銅の派閥〉? それとも〈明星の派閥〉だろうか? 〈妖艶の派閥〉は……多分途中で寄り道をしてそれに夢中になっていることだろう。ならばジェイド本命の〈龍滅の派閥〉が先んじて王冠を奪取する直前だろうか? それとも虚を突いてまだ誰も四階層にはたどり着いていないか?
その答え合わせは────
「さあ、ご開帳だ────は???」
果たしてそのどれでもなかった。
いや、正確に言うならば確かに四階層には先んじて二つ〈派閥〉が到達していた。〈青銅〉と〈明星〉だ。しかし、そのどちらの〈派閥〉も地面に倒れ伏し、その体には無数の血痕と決して浅くはない傷が見て取れる。
「どういう……ことだ?」
一見、王冠を巡って二つの〈派閥〉が争い、その結果の惨状なのかとも思うが、だとしても様子がおかしい。
同士討ちにしても誰か一人ぐらいは王冠を奪取した者がいてもおかしくはないし、死に物狂いでこの最終選定に挑んでいる者ばかりなのだからそれぐらいの気合は見せてくれるだろう。けれどもその場には平等に五人ずつ……計十人の死体が転がっていた。これが何よりも変だった。
この最終選定に於いて、たいていの事は許されるがその中でも唯一の禁則は「殺し」である。それが今目の前には広がっている。加えて、こういった非常事態を即座に察知する為に迷宮へと潜る生徒全員に魔道具が支給されているのだ。けれど、件の魔道具は「何も異常はナシ」と黙まりではないか。
無意識に視線を巡らせると、二つの〈派閥〉に支給されていたはずの
────これはいったいどういうことだ?
その場にいた全員の脳裏に過るのはそんな疑問ばかり。……いや、一人だけ、この場に違和感を覚えていない者がいた。
「えーっと、お前らも……違うな」
「「「ッ!!」」」
不意に〈轟雷の派閥〉全員がその酷く希薄な声を捉えた。それだけで尋常ではない悪寒に襲われ、自然と身を守るために殺気を曝け出す。
まるで背後からぼそりと聞こえたその声の発生源は、しかしながらどういうわけかハッキリと目前にあった。それを認識した瞬間に全員が一人の騎士の存在を再認識する。
「じゃあ、残念ながらここでサヨナラだ。恨むなら、ちんたら仕事を熟していた無能に死んでから言ってくれ」
そうして一人の希薄な黒灰の騎士は一番近くにいたジェイドに急接近して、胸をいつの間にか切り裂いていた。
「ウ、がッ……!!?」
「ジェイド!?」
明らかな致命傷、けれども〈天災〉と呼ばれる彼がただ無様にやられるようなことを良しとはしない。
倒れる寸前に彼が取った行動は中空に浮かぶ目障りな迷宮妖精を勢いよく握りつぶすことだけだ。それだけで、眼前の騎士に一矢報いる。
『BIBIBIBBIBIBIBIBIBIBI!!』
ジェイドが倒れたと同時にけたたましく鳴り響く警告音。迷宮妖精に備えられていた
「チッ……余計なことを……」
それを聞いて黒灰の騎士は少し不機嫌な声を上げた。
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