第81話 剣撃の騎士

 レイル・ブレイシクルの抜剣を合図に他の下僕もクソ女を守るように戦闘態勢に入った。それを認めて俺も即座に指示を出す。


「レイル・ブレイシクルは俺が相手をする。ヴァイスと殿下とグラビテル嬢は他の取り巻きは殺さず、捕縛。フリージアはあのクソ女……レビィアを逃げないように足止めだ」


「「「了解!」」」


「何で私だけ仲間外れなのよ!明らかに弱そうじゃない!」


 文句を垂れる戦闘狂を一瞥して俺は標的を睨み直す。


「油断するな。あの女は血統魔法の〈継承者〉だ。俺の予想が正しければお前には効果がないだろうが……何が起きるかはわかんない」


「継承者!?」


「……間違っても殺すなよ」


「分かったわ!!」


 血統魔法と聞いて目の色を変える戦闘狂は不満を飲み込んだ。これで眼前の敵に集中できる。


「────!!」


 合図なんて公正を期す為のものありはしない。これは明確な命の殺り取りだ、瞬く間のうちに眼前の傀儡は俺に刃を突き出してきた。


「あ、ぶね……!!」


 それを寸でのところで躱す。反撃と言わんばかりに顕現させた血剣を振り上げるが難なく防がれる。


 ────おかしい……。


 その一連の攻防だけで違和感が這って出てくる。


 以前戦った時よりもレイル・ブレイシクルの動きは数段も洗練されている。別に以前の時に手を抜かれた覚えはなかったし、確かにあの時のレイル・ブレイシクルは本気で戦っていた。


「だとすると……」


 愚直に攻め込んでくる剣撃の騎士。その対応に思考を割きながらも高速で推察を弾き出す。


 ────あのクソ女の血統魔法は対象人物を魅了するだけでなく。強化バフまで施すのか? それも、魔法の侵食度が対象に深ければ深いほど……。



 だとしたら────


「やっぱり出鱈目な魔法だな!!」


 人間と魔物の魅了に加えて、魅了した手駒の能力を超えた強化効果と来れば欠点がなさすぎるだろう。極めれば自分にだけ従順な軍隊を作ることなんて容易い。それどころか一国を好きに操ることだってできてしまうだろう。


「ふざけるなってんだ!!」


 なんだその馬鹿げた魔法は、血統魔法だからって性能を盛りすぎだ。使い手がこのクソ女だからまだ世界は混乱に陥っていないだけのような気がしてきた。やはりこいつは生かしちゃおけない。


「レビィア、ニ、近ヅクナ!!」


「漸く喋ったと思ったらそれかよ!!」


 鋭く、迫りくる刃とは別に不可視の刃が空気を歪める。


 警戒していても、こう不意に〈剣撃魔法〉を使われるとやはり対処が難しい。それに魔法の方まで強化されているではないか。


「もう何でもありだな!!」


 実態のある二つの刃に気を取られて不可視の刃にまで気を回せない。何とか身体を捻り旋転して、負傷を最小限に抑えるがそれでも傷は浅くない。


「俺の時はこんな至れり尽くせりじゃなかったよなぁあ!?」


 思い返せば一度目の人生、俺はここまで圧倒的な力を手に入れた覚えはない。と言うことはあのクソ女、そこまで俺と言う手駒を重要視していなかったのではないだろうか? そもそもあの女の傀儡になるなんてのは御免だが、それを抜きにしても腹立たしい。


「マジでふざけんなよ……」


 明るみになる新事実に怒りは増していくばかり。加えて、魔改造された〈剣撃魔法〉による超連撃だ。傷は増すばかりで、出血量は尋常ではない。何が言いたいかと言うと────


「こっちはテメェの所為で処刑までされてるんだよなぁ!!?」


 血が昂ってきた。


 一度目の怒りがふつふつと湧き上がる。それも結構不当な扱いを受けていたと分かれば猶の事である。


 ────もう許さん。同じ穴の狢だと思っていたがお前らは全然違う!!


 敵だ。明確なあの女と同類の敵とみなす。操られているとかもうどうでもいい。お前らは一度目の俺と比べれば恵まれすぎている。嗚呼……何たる屈辱、何たる仕打ちだろうか!!


「出血量は十分────」


〈血流操作〉はいつも通り最高潮、度重なる戦闘で魔力は消費しているが無問題。これ以上、敵に戦況を優位に進められるのは気に入らない。ならば────


「技を借りるぞ────クソジジイッ!!」


 最大火力で一気に片を付けるしかあるまいよ。


 殲滅である。


 ここまで噴出した血をかき集める。地面に慕った血痕、周囲に飛び散る血の雫、今も傷口から際限なく流れ出る血、余すことなく徹底的に集約させる。それら全ての血が俺のモノであるならばさほど難しいことじゃない。問題にすら成り得ない。


 ────それでも血が足りない……!!


 全く消費の激しい魔法だ。こんな大雑把で荒々しい魔法を好んで使っていたとは────


「本当にあのクソジジイは脳筋だな!!」


「ッ!何ヲ……!?」


 莫大な魔力と血の集約。流石におぼろげな意識の中であろうとも剣撃の騎士ともなればこの魔力の熾りに警戒をせずにはいられないらしい。


 それでも、もう遅い。


 この魔法は全方位、正しく全てに、平等に暴力を振りかざす。


紅血覇道ブラッドロードッ!!」


 空気が張り詰める。大気の魔力が揺らぎ、とある一転に集中する。


 爆発的な集約、そしてそれは俺の周囲に大乱の如く顕現する。正に血の嵐。周囲一帯が真紅の血色に染まる。それはブラッドレイ家の秘伝魔法技であり、次期当主か〈比類なき七剣〉にならなければ扱うことを許されない絶技だ。


「死なない程度に、悉く死ね」


 回避など、防御など、そんなことをしても意味はない。


 無限にも等しい血の暴力が眼前の騎士に襲い掛かる。時間にすれば僅か数秒の出来事、瞬きをすれば終わってしまうほどの短さ。けれども、レイル・ブレイシクルはその血の嵐を前にどうすることも出来ず────


「カ、ハッッッ!!?」


 ただ打ち砕かれ、ゆっくりと地面に平伏した。それで勝負は決する。


 ヴァイス達三人は心配する必要もない。彼らなら問題なく仕事をこなしてくれる。


 ────問題は……。


 一つ呼吸をして、重大任務を任せた戦闘狂へと視線を向けると、


「そ、そんな……レイル様が負けるなんて……」


「ふふん!どう見た!?レイは凄いんだから!」


 絶望した様子のクソ女と何故か得気な戦闘狂。そんなやり取りが写り込んだ。


 どうやら彼女はしっかりと俺の指示を覚えて守ってくれていたらしい。漸く、これでゆっくりと話を聞くことができる。


 ・

 ・

 ・


「レイくん、指示通りに他の人たちの拘束は終わったよ」


 三階層の最奥で襲撃してきた〈剣撃の派閥〉の迎撃は完遂。問題なく拘束も終えて一仕事を終えた勇者殿にお礼を言う。


「ありがとうヴァイス。それじゃあ少し休んどいてくれ。俺はこれからこの女の尋問を始める」


「う、うん。ほどほど……にね?」


「わかってるよ。何も取って食おうってんじゃないんだ」


 ヴァイスは苦笑を浮かべると俺の側から離れる。そうして他の〈剣撃の派閥〉の連中と同じように身柄を拘束し、隙を見て魔法が発動できないように目も伏せさせた状態のクソ女へと向き直る。


「ご、ごめんなさい……許してください……嫌だ、暗いのは嫌、何も見えないのは嫌、使、せめて眼だけは拘束を解いてください……」


 彼女は酷く震え、泣きじゃくりながら懇願してきた。これでどちらが悪役か分かったものではない。被害者面は気に食わないが、流石にこのまま泣きじゃくって話にならないのも面倒だ。


「その言葉に二言はないな」


「は、はい!ありません!」


「もし約束を破れば今度こそ、その首を刎ねる。分かったな?」


「わ、分かりました!だから早く……」


「はあ……」


 円滑に話をする為に俺はクソ女の眼を開放する。


 そうしてすぐに身構えるが奴は一向に魔法を発動させる気配を見せない。それどころか目が見えることが本当に嬉しいのか、心底安堵した様子である。そんな彼女の様子に拍子抜けしながらも、俺は一つ咳ばらいをして言葉を続けた。


「レビィア・ハイデンロット。俺はこれからお前にいくつかの質問をする。それにお前は嘘偽りなく全て真実で答えろ。いいな?」


「は、はい……」


「もし、お前が嘘を吐いていると俺が少しでも違和感を覚えれば、即座にその細い首を斬り飛ばす。それをしっかりと理解したうえで質問に答えろ」


「ひぃ……!」


 またしても悲鳴を上げるクソ女を見て眉間に皺が寄る。まるで俺が悪役だ。急上昇してきた怒りをぐっとこらえて俺は質問を始めた。


「まず、事実確認だ。この三階層に来てから異常なほど魔物に襲われた。その手引きをしていたのはお前たち……いや、お前の仕業で違いないな?」


「は、い。その、通りです……」


 漸く観念したのかクソ女は俯ぎながら頷いた。分かり切っていたことではあるが、それでも疑問は尽きない。


「随分と魔法を使うんだな? まさか人だけではなく魔物まで自由自在に操れるとは」


「ッ……!!」


「以前、俺と初めて会った時もその魔法を使っていたな。その血統魔法はいったいどんなものなんだ?」


「ま、魔法の名前は【誘惑魔法アトラクティブアーツ】と言います……ブラッドレイ様の言う通り、ハイデンロット家が先祖代々受け継いできた〈血統魔法〉です」


「詳しい効果は? 発動条件に、どんな欠点が存在する?」


 俺の立て続けの質問にクソ女はためらうように言葉を紡ぐ。しかし、そこに嘘はないように思えた。


「この魔法は相手を深層心理に干渉し魅了して、好きなように魅了した相手を掌握できます。掌握度が高ければ高いほど、私の魔力で魅了した相手の強化バフなども可能です……。発動条件は魅了したい相手の眼を見て、魔力と言葉で相手の心の隙に入り込み魔法を掛けます────けど私の魔法は未完全で……異性にしか効きません。それに一度でも魅了が失敗か解けてしまえば二度と魔法をかけ直せないし、そもそも拘束力が弱くて成功率が低いです」


「な……」


 説明を聞いて俺は絶句する。


 大体、予想はできていたがそれでもこいつの魔法でまだ不完全だと言うのは信じられない。欠点が欠点になっていない。実際にこの女はこの学院の最強格の一人を完璧に魅了して見せたのだ。しかし、魔法にばかり気を取られてはいられない。


「んん!それじゃあ次の質問だ。どうしてお前はこんなことまでして俺に絡んでくる?」


「それ、は────」


 そもそも彼女がどうして俺をしつこく付け狙うのか。その理由を尋ねるが彼女は今までの従順さが嘘だったかのように口を噤む。それに違和感を覚えて俺は血剣を奴の首元に突き付けた。


「話せないなら……死ぬか?」


「ッ……は、話します!」


 クソ女は顔面蒼白になりながらも一生懸命に頭を振って、絞り出すように喉を鳴らした。


「め、命令……なんです」


「どんな?」


「あ、貴方を暗殺することが……」


「誰の?」


「私の家の……帝国の────影龍様の……です」


「ッ!!」


 その絞り出したか細い声を俺は聞き逃さなかった。確かに忌々しい名を聴き取り、そしてその単語が出てきた瞬間に俺は正気が保てなくなる。


「お前、今なんて言った……?」


「わ、私だって本当はこんなことしたくなかった! でもそうしなければ家族に捨てられちゃう! もう一人になるのは嫌だったの! たとえ龍にその身を捧げる事でも、それしか私には……これしか生き残る方法が────」


「黙────」


 互いの感情が爆発する。泣き喚き、剰え言い訳をしようとする女の首を斬り飛ばそうとするが────


『BIBIBIBIBIBIBIBIBIBIBI!!』


「ッ!?」


 それは突然、魔道具────迷宮妖精ダンジョンピクシーから鳴りだした救難信号によって遮られる。


「レイくん!救難信号が!迷宮内で何かが────!!?」


「……クソッ!!」


 困惑する仲間を無視して女の首を斬り飛ばすのは憚られた。俺は依然として泣きじゃくる女を一瞥して、状況の把握に努める。


 どうやら、この迷宮内で異常事態が発生したらしい。

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