第76話 クロノス・クロノスタリア

 一度目の人生に於いて、俺がクロノス殿下と実際に剣を交えた回数はそれほど多くはなかった。どちらかと言えば、彼は自らが武力を誇示するよりも他人の素質を見極めて、運用する能力に長けていたように思える。


 所謂、参謀型な訳だが、決して戦闘能力がないと言うわけではなく寧ろその逆で、王家の血統魔法の能力を考えれば余裕で〈比類なき七剣〉に成れるほどの実力があったと記憶している。


「はじめ!!」


 つまり、油断なんてのは微塵もできないと言うことだ。


「「ッ!!」」


 フリージアの合図で俺と殿下は一気に地面を蹴って間合いを詰める。


「行くぞクレイム・ブラッドレイ!!」


 互いの刃が交じり合うその瞬間、クロノス殿下が裂帛の気合で叫び、を確かに感じ取った。


「ッ────初っ端からか!!」


 出し惜しみはなしと言うわけだ。予想外の初手に意表を突かれていると、こちらの動揺を上塗りするかのように今まで眼前にいた殿下は瞬く間に。唐突に、何の予備動作もなく、不自然に、それはまるで────


「チッ……!!」


 


「もらった!!」


 不意に背後から殿下の叫び声と、魔力の熾りを感じ取る。そうして反射的に、本能的に旋転してみれば視界の端には殿下が剣を振り下ろす姿が映った。


「ッ────!!」


 それを何とかギリギリで反応して血剣を這わせて防御に成功する。


「クッ……これに反応するのか────!!」


 殿下は悔し気に俺の反応速度を称賛するが、回避は本当にギリギリだった。その証拠として俺はまともな体制で防御できておらず、依然として攻防は殿下の優勢だ。


「はあぁぁああああああああッ!!」


「……!!」


 こちらの体制を整わせまいと間隙なく刃で斬りつけてくる。それをやはり何とか捌きながら、先ほどの一連の流れを脳裏で反芻する。


 ────さて……情報を整理だ。


 唐突の背後強襲。それは一度目の頃から彼の常套戦術であり、初めて戦う相手とは必ずと言っていいほど使用していた技だ。実際にやられてようやく思い出した。しかしこれは────


「分かっていても、すぐに反応は無理だな……!」


 正に反則、王の強権と呼ぶに相応しい権能。その名を────


「本当に反則級な魔法だ!!」


 【瞬空魔法クロノアーツ


 時間と空間を任意のタイミングで飛び越える魔法。説明としては単純、しかしてその汎用性は無限大。色々と制約は存在するが、だとしても初見でこの反則的な魔法を攻略することはほぼ不可能だ。


「君のその馬鹿げた戦闘能力に比べれば可愛いものさ!!」


「チッ……」


 一度目の俺では終ぞこの魔法を前にまともに戦うことすらできなかった。何度彼の魔法に苦しめられ、辛酸を舐めさせられたことか。死にかけたことなんて数えきれないほど存在する。


 ────嫌なことを思い出した……。


「今度は仕留める!!」


 再び姿を消し────空間を飛び越えてクロノスは俺の頭上へと跳躍した。不意に脳裏を蘇るトラウマに苦虫を嚙み潰した不快感を覚えるが、すぐにそれを振り払う。


 よく考えろ、一度目の人生では全く反応できなかった奴の魔法を今の俺はギリギリとは言え回避することができた。つまりは────


「まだ血の疼きが足りねぇなぁッ!!」


 一度目の時とは全く、そもそも前提条件が違うと言うことだ。今の俺ならばやはり、やりようはいくらでも模索できる。


「おらぁ!!」


 雄叫びを上げて血剣を揮う。そうして二度目の空間跳躍による攻撃も防御に成功する。しかも初撃と違い、今度は完璧にだ。


「なッ……クソ!!」


 その酷く整った表情を驚愕の色に染めたクロノスは慌ててもう一度魔法を使った。今度は攻撃にではなく回避にだ。自由に空間を飛び越えることが可能な〈瞬空魔法〉は正に攻守のバランスが良い。即座にどちらにでも転じられる。魔法の予兆を感じ取って俺は一足早く動き出す。


「出たり入ったり、ぴょんぴょん飛び跳ねたりで忙しねぇなぁ!!」


 前述した通り、瞬空魔法は好きな場所、好きなタイミングで空間を跳躍することができる。そう聞かされると、次にクロノスが飛び出す瞬間や場所が特定できずに、一方的に攻撃されるだけのように思えるがそれは全くの見当違いだ。


 ……いや、確かにあの魔法の構造や発動条件を理解していなければ何が起きているかもわからないまま、ただやられるだけだろうけれど、分かってしまえば対処のやりようはいくらでもある。


 ────まあ、一度目の俺はそれができずに好き放題にボコられたわけだが……。


 やはり、今なら分かる。この六年半で培った魔力制御と感知能力、そして無数に蓄えられた経験が反射的に些細な魔力の機微を察知する。


「────そこだろ?」


「な、んで!!?」


 先回りした地点で予想通りクロノスは空間から飛び出してきた。待ち受けていた俺を見て奴は更に困惑し叫ぶ。


 彼は大層驚いている様子だが、別に慣れてしまえば今俺がしたことは難しいことじゃない。なんならそれはクロノスが未熟な証であり、何度も魔法の行使を間近で見ればその瞬間に熾る微力な魔力を感じ取ることも容易だ。


 これに加えて、瞬空魔法には致命的な欠点がある。


「飛び出す地点に自分の魔力でマーキングをしておかないと魔法の発動条件が満たされないんだろ!!?」


「ッ……たった数度の観察でもうそれを!?」


 予想正しく、クロノスは歯噛みした。


 その反応で答え合わせは十分だ。どれだけ反則的に思えても、完全無欠な魔法なんてのは存在しない。そうでなければ帳尻が合わない。


 ────なんなら今でさえ合ってないけどな!!


 俺の扱う【紅血魔法ブラッドアーツ】なんて欠点まみれで使い勝手が悪すぎる。それを考えれば跳躍地点を事前に設定しないといけない発動条件なんてのは欠点と呼ぶのも烏滸がましい。


「さあ、種は割れた!ご所望通り本気で────」


 そう考えるとなんだか腹が立ってきた。


 こうして絡まれてる理由もよくわからないし、優れた魔法でマウントを取られた気分になるし、本当に踏んだり蹴ったりだ。端的に言えば────


「この一撃でぶっ潰してやるッ!!」


 ────血が昂ってきた。


「ッ!!」


 咄嗟にクロノスは防御姿勢に入る。しかし、それをしたところでこの一撃は防げはしない。


〈血流操作〉は漸く加速し始めてきた、魔力の巡りもこの瞬間に満足のいくもになった。右手に携えた〈血戦斬首剣ブラッドソード〉を球体上に変化させる。うねる液体状のようにその身を歪ませる球体は血の塊でもあり、《魔力の塊でもある》。


「〈血戦衝撃ブラッドバースト〉!!」


 謂わば衝撃エネルギーの塊であり、その塊をクロノスの防御の上から乱雑にぶつける。


「これは────!!」


 瞬間、真赤な球体はべちゃりと弾けて、それと同時に体を無条件に吹き飛ばすほどの衝撃が発生して無造作にクロノスを襲った。


 やはり防御は不可能、回避なんて以ての外だ。衝撃の発生源に晒されたクロノスはそのまま学舎を支える柱へと激突して────


「か────はッ!!?」


 打ち付けられる。


 簡単に立ち上がるのは難しい。


「全く、全然、到底……だなぁ。勝てそうにない……」


 崩れ落ちた瓦礫に埋もれながらクロノスは悔し気に呟いた。


 ・

 ・

 ・


「す、すいませんでした……」


 開口一番に俺は五体投地して殿下に土下座した。それを見て全身ボロボロな殿下は慌てた様子だ。


「や、やめてくれレイ!俺が本気で来いと言ったんだ!君は何も悪くない!」


「で、ですが……」


 流石に本気でやれと言われて、王族相手に本当に本気でやる馬鹿がこの世界にどれほど存在するだろうか。


 ────少なくともここに一人いるわけだが……。


 それは別に誇るべきことではない。世辞や方便を理解できず、剰え本気にしてしまっては目も当てられない。これは言い訳にしか過ぎないが、彼の魔法を間近で見て感じてしまえば我慢が出来なかった。最近はどんどんと何処かの戦闘狂のように見境が無くなってきていた。


 ────今一度、自制しなければ……。


 心の内で猛省していると、殿下は言葉を続けた。


「それにこれで今の自分の現在地が確認できた。レイには感謝してもしきれない。本当にありがとう」


「そ、そんな!俺は別に何も……」


 負けたとは思えないほど爽やかに笑い、今度は殿下が頭を下げる。それを見てやはり今度は俺の方が畏まってしまう。


 いったい彼が何を思い、今回こんなことをしたのかは分からないし、聞こうとも思わない。王子には王子にしか分からない苦悩や葛藤があるのだろうし、気休めに尋ねたところで俺のような平凡な人間にはどうすることもできない。


 ────あと、これ以上深入りするのは危険が危ない。


 下手に触れて、自分の首を絞めるのは御免だ。本能で直感して、俺は話を逸らす。


「そ、それで結局のところ殿下とグラビテル嬢は俺たちの〈派閥〉に入ってくれるのでしょうか?」


「今の俺では〈派閥〉を作ったところで〈最優五騎〉にはなれないだろう。けど、レイと一緒ならばその確率は跳ね上がる。もう迷いはない、貪欲に勝ちに行くと決めたんだ。是非、君と言う勝馬に乗らせてもらえないだろうか?」


 殿下は逆にこう言って再び頭を下げた。何ともむず痒いが、この二人が〈派閥〉に入ってくれるのは願ったり叶ったりだ。これであの〈派閥〉に勝てる確率が跳ね上がった。


「勿論です。目的の為にお互い最大限に利用していきましょう」


 こうして俺の〈派閥〉は二人の加入も決まった。改めて見るとものすごいメンツだ。


 ────全員が〈血統魔法〉の継承者とか一度目の人生では考えられない共演だな。


 そう思わずにはいられない。


 予想だにしない殿下との決闘がありはしたものの、意外というべきか〈派閥〉が結成してからたった二日でメンツが揃った。



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