第77話 昇級決戦

〈昇級決闘〉が始まってから今日で一ヵ月が経った。以前にも前述した通りこの一ヵ月は謂わば一次と二次の選定の意味を含んでおり、期間中に学院生は振り分けられた〈学院階級カースト〉を上げていき、〈派閥〉に所属、または結成するまでが目標となる。そうして〈派閥〉に所属する生徒だけが最終選定へと挑戦することができる。


 その期限がちょうど一ヵ月、一次、二次の〈昇級決闘〉は終わりを告げて、本日、次なる最終選定へと参加する〈派閥〉が第一訓練場に集められた。出そろった〈派閥〉は全部で六つ。計三十名が最終選定へと参加することになる。


 ────随分と絞られたもんだな。


 学院には千人近くの生徒が在籍していながら、〈学院階級〉を【第四級】まで昇級できたのはたったの三十人。それだけで最終選定に参加するのがどれだけ難しいか分かってもらえるだろう。


 正に精鋭、魔剣学院で上位の実力を誇る猛者たちが第一訓練場に一堂に会し、それを見ようと観衆ギャラリーも多く集まっていた。


「本当に熱心なことで……」


 ほぼ全生徒がこれから始まる最終選定を一目見ようと集まっているのだから、その注目度は相当なものだ。まあ、この最終選定を経て、学院の最強の五人が決まるのだから、否が応でも気になってしまうのだろう。


「ジェイドせんぱーい!!」


「エリューレ様ぁああああああ!!」


「早く始めろぉおおおおおお!!」


 何やら至る所から歓声や黄色い声が飛んでくる。


 そんな諸々の関係で本日の授業なんてのはもちろん中止で、学院内は一種の祭りのような盛り上がりを見せていた。場の雰囲気は最高潮、そこに仮設壇上へと一人の老爺が上った。


「今年も一度目の〈昇級決戦〉が始まる。数時間後にはこの魔剣学院の最優たる生徒────〈最優五騎〉が決まるとなれば私も興奮せずにはいられない」


 グイン・ブレイシクルの珍しく熱のこもった言葉にそれを聞いていた生徒たちは色めき立つ。


「今回の〈昇級決戦〉に参加する各〈派閥〉の諸君には悔いのないように全力で挑んでほしい。そして、惜しくも一度目の〈昇級決戦〉に参加できなかった生徒諸君も腐ることなく、努力を続けていつか今日決まるその座を奪い取ってくれ!」


「「「おおおおおおおおお!!!」」」


 歓声が上がる中、挨拶もほどほどに学院長自ら今回の〈昇級決戦〉で行われる内容が発表される。


 基本的にその年の初めに行われる〈昇級決戦〉の内容は毎年違うものが選ばれる。聞いた話によれば、去年は団体戦で、一昨年は乱戦だったとか。今年もそのどちらかが競技として選ばれると予想されているらしいが────


「今回の〈昇級決戦〉は【迷宮踏破ダンジョンアタック】を行う!!」


「「「おおおおおおおお!!」」」


 果たして、グイン・ブレイシクルの口から放たれたのは予想外なモノであった。


 ────マジか……。


 それを聞いて思わず眉間にしわが寄る。


【迷宮踏破】


 一度目の人生、まともに〈昇級決戦〉に参加してこなかった俺でもその種目は知っていた。何なら、これと似たような実習が二年生になれば行われるのだが、その時は酷いものだった。死屍累々とは正にアレの事で、簡単に言ってしまえばトラウマの一つ。それが今回の選定で選ばれてしまった。


「勘弁してくれ……」


 嫌なことを思い出して項垂れる中、そんな俺の反応などお構いなしに学院長の説明は続く。


「その名の通り、これから〈派閥〉の諸君らにはこの山脈の中にある学院が管理している迷宮ダンジョンの一つを攻略してもらう────」


【迷宮踏破】の概要を要約すればこうだ。


 ・一斉に迷宮の中へと入り、何処の派閥が一番早く最深層にある、学院側が用意した王冠トロフィーを持ち帰ることができるかを競う。


 ・迷宮の中では殺しさえしなければ、たいていの事は許容される。


 ・最後に所定の位置へと王冠を持ち帰った〈派閥〉が今年最初の〈最優五騎〉に成れる。


 詰まるところ何でもありの争奪競争ってことだ。全くもって物騒極まりない。こんなことなら普通に団体戦や乱戦の方がまだ単純で分かりやすい。


 ────なんだって今回なんだ……。


 胸中で止まることのない愚痴を零していると、大筋の説明を終えた学院長は満足げに壇上を降りて、入れ替わるように一人の女生徒が登壇した。


 その女生徒は右手に声を拡張する風の魔道具を以て声高らかに宣言する。


「これより、〈昇級決戦〉の開会を宣言します! そうしてここからはクロノスタリア魔剣学院二年生のアナ・ベルリンドが司会進行を努めます!どうぞ本日はよろしくお願いします!」


「おおおおおおおお!!」


「アナちゃんキターーーーーー!!」


「俺と結婚してくれぇぇえええええッ!!」


 今まで賑やかながらも何処か緊張感を孕んだ雰囲気とは打って変わって、全力で楽しむような歓声が上がった。と言うよりかは一部の彼女の熱烈な信者が大盛り上がりだ。アナと名乗った女生徒はその歓声に気をよくして、ノリノリで言葉を続けた。


「さあ!今回の〈昇級決戦〉への参加する〈派閥〉は皆さんご存じの通り、全部で六つ! 今からそんな各派閥の紹介をいたしましょう!」


 神聖な学院行事ではあるが、もうこうなってしまえば完全に娯楽の域だ。アナの言葉で観衆は一気に訓練場の中央に集められた〈派閥〉へと注目する。


「まずはエルフの国のお姫様、エリューレ・グランドフォレストが率いる〈妖艶の派閥〉!何やら淫らな噂が絶えないこの派閥だが、果たしてその美貌を以てして王冠を持ち帰ることができるのか!!?」


「エリューレ様ぁああああああ!」


「また滅茶苦茶に抱いてくださいぃぃいいいいい!!」


「全員俺の嫁に来てくれぇえええええええ!!」


 アナの紹介で再び歓声────特にむさ苦しい声が一層大きくなる。


 件の〈妖艶の派閥〉は優雅に手を振ってその歓声に応えて見せた。


「……」


 一瞬、〈派閥〉の頭目であるグランフォレスト先輩の絡みつくような視線がこちらに飛んできたような気がするが、間違いなく気のせいなので無視する。


 そうして次々にアナの紹介によって各派閥が紹介されていく。二つ目に〈青銅の派閥〉、これは最初期から存在した派閥であり、三年生の男子のみで構成された派閥。三つめは〈明星の派閥〉、こちらも〈青銅の派閥〉と似たような構成の派閥だ。そうして四つ目の派閥が────


「さあ!お次はグイン学院長の血縁者であるレイル・ブレイシクルが率いる〈剣撃の派閥〉!何やら隣には超絶美少女がいるが彼女はいったい何者なんだぁあ!?」


「────なんであいつがいる……」


 何故かクソ女レビィアを侍らせたブレイシクル先輩だ。


 あからさまにこちらに敵意の視線を向けてくる二人に気が滅入ってしまう。最近は漸くその存在を上手いこと忘れられていたというのに、どうしてこうもしつこく絡んでくるのか。と言うか、あれだけ殴られておいてよく俺の前にその面を出せたものだ。


 ────やっぱり殺しとくべきだったか???


 思わず物騒なことを考えてしまうが、それを吹き飛ばすほどの歓声が上がった。


「そして五つ目は今回の〈最優五騎〉最有力候補!〈天災〉ジェイド・カラミティ率いる〈轟雷の派閥〉だ!!やはり、下馬評通りの結果を私たちにたたきつけてくれるのか!?」


「お前が頂点だ!!」


「他の〈派閥〉なんて蹴散らしちまえ!!」


「全財産お前の〈派閥〉に賭けたんだ!負けたら承知しねぇからな!!」


 やはり司会の言葉通り、彼らに注目する生徒は多い。


 それもそのはず、何でもこの〈昇級決戦〉の裏では一部の有志によって大賭博が執り行われているらしく、〈轟雷の派閥〉に全財産を賭けた生徒が結構いるのだとか。


 ────もうやりたい放題だな……。


 呆れていると、ついに俺達の派閥が紹介される。


「最後が、入学早々から絶えぬ噂────基!絶えぬ悪評!!〈残虐非道の首切り〉クレイム・ブラッドレイが率いる〈龍滅の派閥〉だ!『龍を滅ぼす』とは大層な名前だが、今回も滅茶苦茶なことをしでかしてくれるのか!!?」


「おお、アレが噂の……」


「まあ、しけない程度に頑張れ~」


「頑張ってくださいアニキ!!」


 他の派閥と同じように結構な盛り上がりを見せてくれるが、紹介された当事者としては複雑な気持ちだ。


 ────こちらとしては大真面目なんだけどな……。


 個別で呼称するために各派閥は事前に、その派閥の象徴となる名前を付けるのだが、如何せん名前が名前なので俺達の派閥が冗談を言っているように取られてしまう。まあ別にそれ自体は構わないのだが、複雑な心境である。


「以上が今回の〈昇級決戦〉に挑戦する派閥だ!この十分後に彼らは学院の裏手にある迷宮へと足を踏み入れる!果たしてどんな結果が待ち受けているのか乞うご期待!!」


「「「うおおおおおおおお!!」」」


 司会進行のアナはそう締めくくり、各派閥は職員に案内されて迷宮の入り口まで移動となる。


 勝負はもう直前まで迫っていた。

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