第73話 勧誘とは

〈派閥〉に引き入れる……と言っても、適当な人員を勧誘するのではダメだ。


 俺は別に見栄えを気にして数合わせの為に〈派閥〉に入ってくれる生徒を探しているわけではない。やるからには全力で……なんなら今回は〈龍〉が絡んでくるので絶対に勝たなければいけない。


 それを抜きにしても単純に倒したいと思える好敵手を相手にするのだから、勝てる人員を〈派閥〉に勧誘して入れなければ、相手に失礼だし、意味がない。意味がないのだが────


「まあ、そんな簡単にいるわけないよな……」


 無事に〈派閥〉結成の手続きを済ませて、空き教室にて唯一のメンバーであるフリージアと現状の確認が終われば、俺達は直ぐに残りの人員補充の為に学院内を奔走した。しかし、やはりと言うべきか結果は芳しくなく……と言うか、全くと言っていいほどに収穫がなかった。


「……どうするの?最終選定がないけど?」


「そうなんだよなぁ……」


 気が付けば夕暮れ時。珍しく疲れた様子のフリージアに俺は気のない返事しか返せない。改めて、現状としてはギリギリだ。何もかもが期限がすぐそこまで迫ってきている。その癖、良い感じのメンバー候補が見つからない。この焦燥感は気に食わなかった。


 ────こんなことなら変な意地なんか張るんじゃなかった。


 もっと直ぐに腹を括って〈派閥〉を作り、メンバー集めに注力していればこんなに頭を悩ませる必要はなかったかもしれない。


 しかし、後悔したところでもう遅い。俺と言う人間はいつもこうだ。一度目のトラウマの所為で自分の保身を優先してしまう。それが悪いことだとは思わないが、それに固執しすぎて本来の目的を達成できなのなら本末転倒だ。


 ────今一度改めろ、俺は龍を殺すためにここにいるんだ。


 腐りかけていた性根を叩き直し、俺は気持ちを改める。そうして、机にだらしなく身を投げ出したフリージアを見た。


「今日はこれ以上動いても良い結果にはならないだろうから解散だ。明日、明後日で候補が見つからないようなら、覚悟を決めて俺とフリージアで最終選定に殴り込みを仕掛ける」


「……それも悪くないわね!!」


「今はその戦闘狂ぶりが本当に頼もしいよ……」


 何故か乗り気の戦闘狂に呆れながらも少しは気がまぎれる。今回ばかりは彼女のこの邁進ぶりを見習うべきかもしれない。


 足早に教室を後にして学舎を二人並んで歩く。やはりと言うべきかもう夕刻だと言うのに学院内はまだまだ活気に満ち溢れている。活気……と言うには聊か物騒すぎるかもしれないが、何故かそれを聞いて隣の戦闘狂はそわそわと落ち着かない様子だ。


 ────そんなに戦いたいのか?


 彼女の戦闘狂ぶりに改めて引きながら、俺は歩みを止めた。


「それじゃあ、また明日な」


「ええ!また明日!!」


 男子寮と女子寮の狭間にある分かれ道で互いに手を振って解散する。何となく後ろを振り向けばまだフリージアは一生懸命に手を振っている。


 ────本当に色々と変わったよな……。


 ふと、一度目の記憶が蘇る。一度目の人生ではこうして帰り道を共にすることすらなかったのに、二度目の今回はこれが当たり前のようになっていた。そんな差異に違和感を覚えつつも、悪くないとも思えていた。


「はあ……」


 依然として手を振り回すフリージアに再度手を振り直して、俺は今度こそ男子寮へと歩みを進めた。


 ・

 ・

 ・


 気が付けば夜も更けて、寮の門限はとっくに過ぎた頃。自室には俺一人だけで、同室である勇者殿の姿はそこにない。


 ────今日は遅くまで決闘みたいだな。


 最近は〈昇級決闘〉もあってか基本的に部屋に二人揃うことが少ない。


 俺は早々に決闘から解放されたが、ヴァイスは一日に何十もの決闘を夜が耽るまでやっているみたいだった。最近はそれに拍車がかかり、俺が寝静まったころに帰ってくることもザラではなかったのだが────


「た、ただいま……」


 例に漏れず今日も勇者殿は一日が終わるその瞬間まで剣戟の最中に身を投じていたらしい。噂をすれば予想通り汗だく、制服には無数の血痕がこびり付いて、見るからに疲弊している様子の勇者殿が帰ってきた。


「お帰り」


 最近ではその常人ならざる決闘の数に、生徒の間では〈決闘狂い〉と呼ばれているらしく、件の勇者殿は今日もどこか満足げな様子だ。


「今日もぎりぎりまで決闘か?」


「うん!」


「結果は?」


「全勝!!」


「そりゃ凄い」


 素直に感嘆するとヴァイスは嬉しそうに破顔する。そうして上機嫌な勇者殿は言葉を続けた。


「それでねレイくん!俺も今日で【第四級】になったんだ!!」


「おーそうか……って、は???」


 とりあえず諸々の汚れを拭うためのタオルを投げ渡すと、ヴァイスはそれを受け取って興奮気味に言った。俺は予想外の彼の言葉に思考が止まる。


 ……いや、もう少しで【第四級】になれるとは聞いていたがまさか本当にこの短期間で昇級しまうとは思わなかった。次々と俺の周りの奴らが【第四級】になるから感覚が麻痺するが、普通はそんな簡単に上がれる階級ではないのだ。それこそ、自分よりも一年、二年と技術や経験で勝る上級生を無敗で倒し続けることが難しい。


 ────そりゃあ〈決闘狂い〉なんて呼ばれるはずだ……。


 勇者の血統魔法を扱えるようになったヴァイスにはもちろんその潜在能力が十二分にあったが、まさか昨日の今日で【第四級】になるとは思わなかった。


 どうやら俺は勇者の血統を甘く見ていたらしい────いや、それだけじゃあ説明が付けられないほど、彼が努力してきた結果だった。依然として驚いていると件の勇者殿は何処かぎこちない様子でこちらを見てきた。


「そ、それでなんだけどさ……レイくん、新しく〈派閥〉を作ったんでしょ?」


「あれ?俺、その話したっけ?」


 昨日もヴァイスは夜が遅かったし、今日の朝も早くに決闘に出かけていたので話す会はなかった。首を傾げるとヴァイスは食い気味に言葉を続けた。


「し、してない……けど!何となくそれっぽいことを言ってたからもしかしてと思って!それで俺、急いで【第四級】になったんだ!!」


「お、おう」


「だからもしよかったら俺をレイくんの派閥に入れてくれないかな!?」


 意を決したようにヴァイスは声を大にして言った。そこで俺は思い出す。


 ────そうだよ、勇者ほど心強い強者はいない。何が何でも勧誘しなければ。


 弟子であるヴァイスの成長が嬉しすぎて〈派閥〉の勧誘が普通に抜け落ちてしまっていた。彼ならば大歓迎である。文句の付けようがない即戦力になってくれることだろう。だから俺の返答は決まっていた。


「勿論だ。寧ろ、お願いするよ。俺の〈派閥〉に入ってくれないか?」


「ッ────うん!」


 手を差し出すとヴァイスは勢いよく俺の手を掴み取って頷いた。


 雲行きが怪しかった人員集めも、何とか一人確保することができた。それも今、絶賛急成長中の勇者と来れば〈派閥〉の強化としては申し分ない。


 ────なんとか最低限の人員確保はできたな。後は……。


 残る二枠を都合よく見つけることができるか。この出来次第で全てが決まる。明日は更に力を入れてメンバー集めをしなければならない。


 士気は、今しがたの勇者殿の加入で最高潮と言っても過言ではなかった。

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