第72話 結成

 まずは一か月でこの学院の頂点を決めて、そこから一年間はその玉座を生徒間で奪い合ってもらう。このクロノスタリア魔剣学院の一年間は「闘争」と「競争」であり、戦人としての本能を悉く刺激してくる。


 しかもこの学院の王者になった特典が、騎士を志した少年少女ならば喉から手が出るほど欲しいものなのだから、死に物狂いにならざるを得ない。


 この一回目の〈昇級決闘〉が終わって、見事にこの学院の頂点に君臨しても今後一年間は平穏とは程遠い日常を送ることになる。来るもの拒まず、挑戦者を悉く打倒してこそ本物の強者である……と言うのがこの学院の考えらしい。


 ────本当に物騒が過ぎる。


 だから二度目の人生で平穏をこよなく愛すると決めた俺の本音としては、こんな物騒極まりない学院行事なんぞには参加したくなかった。


 それが気が付けば、自分から望んで物騒な道に飛び込もうとしているのだから本当に救えない。やはり世界とはクソであり、そもそも俺や、俺の大事な人たちを傷つけた龍がすべての元凶であり、やはりあのクソトカゲを殺さなければこのもやもやとした気分が晴れることはない。まあ結局、何が言いたいのかと言うと────


「それじゃあ、この紙にサインをしてくれ。それが済めば晴れてお前たちの〈派閥〉の結成が正式に受理される」


「────はい……」


 もう俺は踏み入れてはいけない領域まで、退こうにも退けない領域きまで強制的に足を踏み入れようとしていた。


 既に学院が取り決めている〈昇級決闘〉の一次選定はあと数日で一端の終わりを迎え、それと同時に二次選定の〈派閥〉決めも終わろうとしていた。この二つが終われば、二次選定を勝ち残り、お互いに認め合った五人で構成された〈派閥〉による最終選定が行われる。


 このことから分かる通り、俺に残された時間は少なく。そして、先日の一件や他の派閥の視察を経て出した答えは「自分で派閥を作るしかない」だった。そう思った矢先に、ほんと丁度よく【第四級】に昇級したフリージアと遭遇したものだから勢いでまだできてもいない〈派閥〉に誘ってしまった。彼女の返事は即答で了承。なんなら待ってましたと言わんばかりの乗り気具合で怖いくらいだ。


 ……いや、正直に言えば彼女ほどの実力者がなんの迷いもなく〈派閥〉に入ってくれるのは喜ぶべきことなのだが、やはり数々の前科が彼女には存在するので勘ぐってしまうのは仕方がなかった。


「なんで自分から話を持ち掛けてきたくせにそんな嫌そうなんだよ……?」


「いやー……」


 そんなこんなでフリージアを誘った翌日。〈派閥〉の発足に最低限必要な人数が集まったので、そのままの勢いで〈特進〉クラス担任のヴォルト先生のところまで赴き、諸々の必要な手続きをしていたわけだが────


「何をためらう必要があるのよレイ!名前を書くだけなんだから簡単でしょ!!」


 最後の最後で変な抵抗感が出てきていた。


 言い換えれば、それは自己防衛本能と言っても過言ではない。心のうちに住まうもう一人の自分が囁くのだ、「ほんとにやっちゃっていいの???」って、「お前の平穏消え去るけど大丈夫そ???」って!!


「……フリージアがサインしてくんない???」


 俺のすぐ後ろで騒ぎ立てる戦闘狂にペンを差し出してみる。 


 そんなに言うならねぇ! お前がやってみろって話なんだよ!! 傍から見れば名前を書くだけに思えるかもしれないが、こちとら結構な覚悟が必要な事なんですわ!!


 半ば逆切れ気味な態度を現すと彼女は至極正論で俺を突き刺してくる。


「なに言ってるのよ。レイなんだからレイがサインしないと意味がないでしょ。私が代筆しても大丈夫ならやってあげてもいいけど……こういう時はしっかりと殿方が度胸を見せる者じゃない?」


「うぐ……偶にまともなことを言いやがってこの戦闘狂は……」


 彼女に「なに言ってんだこいつ?」みたいな困惑の眼差しを向けられると無性に腹が立つのは何故なのだろうか。いや、今回に限れば全く彼女の言う通りなのだが、普段が普段なのでそれを加味すると本当にムカつく。


 なんてことを考えていると眼前のヴォルト先生がため息を吐く。


「夫婦漫才をするのは結構だが、その前に早くサインをしてくれ。俺だって暇じゃないんだぞ?」


「あ、スイマセン……」


 流石にうじうじとしすぎている俺にしびれを切らした先生の圧に気圧されてしまう。そうしてその勢いのままに最後の書類に半ば投げやりにサインをしてしまった。……あと、夫婦はやめてください。


「嗚呼、ついに書いてしまった……」


「これで私たちの〈派閥〉が結成ね!!」


「おめでとう。数日後の最終選定でお前たちの活躍を期待しているぞ」


 項垂れる俺に、飛び跳ねて喜ぶ戦闘狂、そしてどこか誇らしげな教師と反応は様々だ。そのまま、ヴォルト先生は教室を後にして、俺とフリージアはその場に取り残される。


「やってやりましょう、レイ!!」


「ああ、うん……ソダネ……」


 闘志が漲って仕方がないと言わんばかりに興奮した戦闘狂を見て、俺はやはり項垂れる。


 後悔が凄い。もっと違う選択肢があったのではと思ってしまうが、これが最善策、しかもなんなら自分の我を通すために選んだ選択なのだからそもそもこうして後悔するのもお門違いなのだ。


 ────わかってはいる。わかってはいるけれども……!!


 理解はできても納得はできない、自分で言うのもなんだが、思春期の男と言うのは至極面倒な生き物なのだ。逆張りして「俺は周りと違うんだよ(達観)」をして恰好を付けたいお年頃なんだよ。本当はみんなの仲間に入れてほしいのにその気持ちを素直に言葉にできない悲しき生物なのだ。……一体俺は何の話をしているんだ???


「ともあれ……だ────」


 目的達成の為の最低限の準備は整った。後は、残された時間でできる最大限の準備をして、好き勝手に暴れてこの学院の頂点に君臨するだけである。もうどうにでもなれだ。


「次は〈派閥〉のメンツ集めだな」


「そうね!」


 席に深く座り直してぼんやりと言う。


 当然の如く、俺の派閥の人員は俺とフリージアのみ。流石に二人だけで乗り切れるほど最終選定は甘くなく、相手の事を考えると猶のこと難しい。だからせめてあと一人、欲を言えばちゃんと五人を集めきって最終選定には望みたい。その為には残されたわずかな期間で〈派閥〉への勧誘をしなければいけないのだが────


「誰か〈派閥〉に引き入れるのに、宛てとかあるか?」


「ないわね!!」


「だよなぁ……」


 そもそも【第四級】まで昇級している生徒がこの時点で少ないし、いたとしても既に派閥に所属していたりする。


 何より、俺とフリージアにはその手の人脈があまりにもなさ過ぎた。所謂、ぼっち同士が徒党を組んでできた集団みたいなものだ。傍から見れば悲しい集合体である。世間の評価は残酷だね。


「何とかなる……か?」


 やはり、泣く泣く覚悟を決めたところで俺の人生は前途多難であるらしい。


 本当にふざけんじゃねぇ。

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