第71話 最後の確認

 唐突な死闘に、使われていない学舎を崩壊させたりと、色々なことがあった翌日。今日は授業をサボって一日鍛錬をしていた。


「15620、15621、15622、15623、15624────」


 既にお馴染みとなった学生寮の裏庭にて、邪念を振り払うかのように鍛錬に集中する。早朝から、今まで無心で、休憩なんか取らずにずっと素振りにをしていた。


『ほどほどにね』といつも通り授業に出席したヴァイスに釘を刺されてしまうが、まあそんな訳にもいかずにこんな時間まで鍛錬をしてしまっている。けれど、今日の俺は彼に釘を刺されるほど昨日の事を引きずっている様に見えたのだろう。


 まるで、昨日で燃焼しきれなかった熱を無理やり発散しようとしていることが見透かされたような……その実、確かに俺は昨日のジェイド・カラミティとの決闘を引きずってはいたが、授業をサボったのは理由はそれが全てではない。


 ────漸く気が研ぎ澄まされてきた……。


 自身の中でぐちゃぐちゃに絡まった思考を一旦整理するのならば、無心で素振りをするに限る。今日、鍛錬をすることにした大体の理由は集中して考え事をしたかったからだ。


 ────鍛錬中に考え事なんて普通ならゲンコツものだが……。


 ここにクソジジイはいないし、本日の議題は俺の今後を左右するかもしれない重要事項なので致し方なしだ。


 そんなこんなで鍛錬を続けて思考を整理、考えがまとまったころには気が付けば放課後である。


「んじゃまぁ、軽く残りも見てみるか」


 寮にいても分かるぐらい学舎の方が騒がしくなった。


 不意に素振りを切り上げる。予定通り、今日の放課後は今この学院に存在する残り二つの〈派閥〉をだ。


「死ねおらぁあああ!!」


「お前が死ね!!」


「……もう誰も気にせず暴言を吐き散らかしているな……」


 やはり今日も学舎の方は賑わっている。偶に決闘の途中で放たれた魔法がそれて周囲に飛んでいって二次災害を引き起こしていた。


 時折、それらを避けたり、霧散させたりして目的地に進んで行く。既に他の二つの〈派閥〉の情報は仕入れてある。昨日の失態で事前の情報収集の重要性を改めて思い知らされた俺に抜かりはない。


 やはりというべきか、残り二つの〈派閥〉も一度目の記憶には無く、事前に調べておいて正解だった。そんなこんなで一つ目の〈派閥〉が屯している二年学舎の裏に向かっていた。


「なるべく早く済ませよう……」


 でなければまたいつあの痴女集団と遭遇して、痴女られるか分かったものではない。


 割と新しいトラウマが再発しそうになるが、それを紛らわせるように今から見学する〈派閥〉の概要を思い出す。二年学舎に来たのだから今から見る〈派閥〉は二年生で構成されていた。しかもまだ定員の五人が集まっていないと聞いたし、交渉次第では派閥に入れる確率が高いかもしれないが────


「鬼が出るか蛇が出るか……」


 ただ派閥に入れるだけでは意味がなくなってしまったのも事実である。できれば期待のできる結果だと嬉しいのだが……。


 ・

 ・

 ・


「はあ……」


 気の滅入るため息が思わず吐いて出てしまう。体も自然と重苦しく感じてまともに姿勢を保っていられない。今の俺は宛ら日中堂々学院内を徘徊する不死者アンデットのように見えても可笑しくはない。それぐらいには姿勢と、表情と、目が死んでいた。


 前述した通り、意外にも時間はまだ夕刻。予定通りに二つの派閥を見てきたのだが、今の俺の反応からお察しの通り結果は芳しくなかった────こんなことを言うのは大変失礼なのだが、正直に言えば残り二つの〈派閥〉に入ったとしても俺の望む結果は得られないだろう。それがはっきりと明確になり、選択肢が強制的に一つに絞られてしまった。


 ────まあ、こうなるような気はしていた。


 二度目の人生、こう言った問題ごとでうまく行った試しがない。やっはり俺は世界に嫌われているのだ。


 それでも抗ってみたいと、無駄ながらも反抗してみたいと思うのが子供心である。……まあ、一度目の人生から数えると、今年で三十を超えるおっさんな訳だが、そんなの傍から見れば関係ないし、知りようのない事実なので無視だ。


「まあ今更嘆いたところでな話ではあるか……」


 そして、どうしようもないことに気を取られることほど無駄なことはない。ネガティブ思考も程々に、今後のことをしっかりと考えていく必要がある。


「そうなるとやっぱり……」


「あ!見つけたわよ、レイ!!」


 気持ちを切り替えて、寮へと踵を返そうとしたその時、聞き馴染みのある声が背後からした。


「フリージアか」


 振り返るとそこにはやはり戦闘狂系お嬢様が仁王立っており、彼女は何やら興奮したようすで近づいてくる。そうして首からぶら下げた護符を俺の眼前に掲げた。


「見なさい!ついさっき、私も【第四級】になったわ!」


「おお」


 フリージアの言う通り、掲げられた護符は銀色に変わっている。彼女の実力ならば【第四級】に昇級するのは何ら不思議なことではないが、こうもタイミングが良いと色々と思うところもある。


 ────こう言う時ばかり都合よくことが進む。


 気味が悪くなる事運びに軽く愚痴が溢れそうになるが、何も上手くいかないよりはマシである。こうなればどうとでもなれだ。


「これでようやくあなたと同じ────」


「フリージア」


 何やら勢いよく捲し立てようとしたフリージアの言葉を遮る。普段よりも幾分か真剣な雰囲気を出すと彼女は何かを察したように静かになった。


「何よ?」


 尋ねてくる彼女に俺は一呼吸してから言葉を続けた。


「もう、入る〈派閥〉は決めたか?」


「まだだけど……?」


「じゃあ、俺の〈派閥〉に入らないか?」


「っ!!」


 真剣な雰囲気を出してみたが、それが無意味に思えるほど何となく、まるで世間話でもするように、これから一緒にお茶でもどうですかと尋ねるように誘う。


 そんな色気もへったくれもない口説き文句に、しかしながらフリージアは驚いたように目を見開いた。まあ、いきなりこんな事を言われれば驚くのは当然だ。それでも、彼女は直ぐに楽しげで好戦的な笑みを浮かべる。


「ようやくになったのね……それで? いったいレイは誰をぶちのめしたいの?」


「もっと言葉を選べ公爵令嬢……いや、今更か……」


 やはり戦闘狂な彼女はいつも通りだ。俺が何を言おうとも、それが戦いや勝負ごとに関することならば乗ってくる。


 しかし、今はそれが頼もしく思える。これぐらいの気概がなければ、あの〈派閥〉を打倒することはできない。


「今回は────」


 そうして俺はフリーシアに事の経緯を説明するのだった。果たして彼女の返答は────なんて、聞かずとも彼女の表情で既に答えは出ていた。


 まずは一人。たまたまそこで遭遇して、丁度よく【第四級】になった戦闘狂系公爵令嬢を仲間に引き入れた。

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